第一章 (2)試しの儀
現場の事務室の内鍵を掛けてレントはサリティに切り出した。
「問題は僕たちの顔を見て殴り合いの喧嘩をしたと思った人が居るって事だと思うんだ。まぁ、確かに2人とも顔が腫れ上がっては居るんだけどさ、」
「そればっかりじゃねえだろうな。現場自体の空気が最近気になるんだよなぁ。」
「実は僕もそれは気になってるんだよね。」
「最近は採掘量が上がったにも関わらず大して賃金が上がらない不満も聞くしな。」
「若い人たちの仕事はきつくなるし古参の賃金が大幅に上がってるからねー」
「だからって俺らに何か出来ることあるか?」
「僕たちで鉱山を占拠して独立採算でやろうか?軍隊が乗り出すかもしれないけど。」
「傭兵時代が懐かしいぜ。だがまぁそれはつまらん。それをやるぐらいなら有り金全部カッパいでトンズラするほうが楽だよ。」
「まぁ、そりゃそうだ。」
なんとも物騒な会話だが半分は本気で、意見が合えば実行する。そうでなくては元々こんな話などしない2人なのだ。
腕を組んで頭をかしげていたサリティがポツリと言った。
「ガス抜きをするってのはどうだ?軍隊でも良くやっただろう。」
「あ!!さすがサリティ!それだよ。それで行こう!」
「ふむ、具体的な考えがありそうだな。言ってみなよ」
「ちょっと待ってくれ、今頭の中で整理してるから・・・・・・」
レントは立ち上がり2人分のコーヒーを作ってテーブルに乗せた。
「よし、まとまった。」
「はええよ!ま、いい。聞こうじゃねえか。」
「近隣の住民を招待して全額鉱山持ちでパーティーをしよう。もちろん所長には事後連絡だ。若い娘も来るだろうし現場のいがみ合いなんかも緩和されると思う。それと、サリティにやってもらいたい事もある。」
「俺に?」
「ああ、例の要らない金で若い人たちを連れて町で遊び倒してくれ。合わせてちっとばかり説教でもしてくれればありがたい。」
「任せろと言いたいが事後承諾とか所長に同情するぜ。」
「事後承諾じゃない。事後連絡だ。どうだ?やるか?」
「やるぜ。こんな楽しい事やらずにぁいられねえよ。」
「よし、じゃあ10日後の休日で開催しよう。さっそくチラシを作るよ。」
レントは立ち上がるとテキパキとチラシ作りに取り掛かった。
「あれ?レント、それどうしたんだ?」
サリティはレントの首からぶら下がってるペンダントを指さした。
「ああ、多分例の娘が落としたイヤリングだと思うんだけど革紐を通して身に付けてるんだよ。チラシを作ったらイリア村に持っていきながら返そうと思ってる。」
「ふーーーーーん」
「な、なんだよ、」
「近隣の住民を招待するとかチラシを作るとかってのはその娘に会う口実かな?」
「ち、違うよ!違わねえけど・・・・いいじゃないか・・・・・」
「わはははははは、いいねえいいねえ」
土地の者の間ではイリア村と言うのは避けたい土地柄らしい。
案内どころか話に上るのも嫌なようだ。
レントがポツリポツリ聞いたのも村人の男の大半は傭兵で女の大半は魔法使いだと言う事、周りの村との交流はほとんど無いと言う事ぐらいだった。
少なくとも近隣の村人がイリア村を恐れているのは良くわかった。
(この辺のはずなんだけどなぁ・・・・・)
地図を片手にレントは道の真ん中で立ち止まった。
(まっすぐな道のハズなのに何で着かないんだろう?)
首をかしげながら歩き出す。やがて道が2つに別れている所まで来た時、レントは誰かに心臓を握られたぐらい驚いた。来た道を戻ってしまっていたのだ。このまま進めば鉱山に戻ってしまう。
(魔法か?だけど、どうすればいい?)
思案した後レントが取った方法は30歩進む毎に地面に数字を書くと言う物だった。
46まで書いて前に進んだ時に足元に1と書いてある所に出た。
(なるほど、45から先に何かがあるんだな。)
再度45の地点に戻り地面に座って考えた。
ふと気が付くと首から下げたペンダントが不自然に揺れている。
ペンダントを外して手に下げる。そして周囲を探ってみた。
左に一歩、ペンダントはただゆらゆらと揺れるだけ。
回り込むようにさらに左に一歩、そして更にもう一歩左に向いた時、まるで何かに操られているかのようにグルグルと勢いよく回りだした。
指し示す先には木が立ち並び、その向こうには大きな川が流れている。
迷いはなかった。木の間を抜けてそのまま川に踏み出した。
だが川はもう川ではなくただの道になっていた。
目の前には46と書かれた地面があった。
そしてその先に村が見えた。
村の入口に老婆と数人の子供が居る。
何かをして遊んでいるようだ。
「こんにちわ、ここはイリア村ですかね?」
「はいはい、こんにちわ。ここはイリア村ですよ。」
老婆がにっこりと挨拶を返す。
「ああ、良かった。僕は向こうの鉱山で働いてる者ですが10日後の休日に皆さんと親睦を深める為のパーティーを行う事を伝えに来たんです。」
そう言ってビラの束を布鞄から出して子供たちと老婆に配った。
「そうかい、嬉しいねえ。皆もきっと喜ぶよ。」
子供たちが次々とレントに聞いてくる。
「ねぇ、お菓子もたくさん出してくれる?」
「ねぇ、おにいちゃんは魔法使えるの?」
子供たちに囲まれてちょっと困った顔をしているレントに老婆が声をかけた。
「私はドルテだ。お前さんは何という名だい?」
「僕の名前はレント、レント=オルフィスって言います。」
「レント、いい名前だねぇ。・・・・所でレント。ここに来る途中で道に迷ったんじゃないのかい?」
「ああ・・・・はい。少し迷いました。」
それを聞いたドルテが嬉しそうに笑った。
「そうかい。少し迷ったのかい。お前さんはたいしたもんだねえ。」
レントはハッと気が付いた。
「もしかしてあなたが道に魔法をかけたんですか?」
「ああ、そうだよ。今日は年に一度の戦士の日だから外の人間が間違って来ないようにしてたのさ。初めてだよ、この日に外の人間が入り込んだのはね。」
まるでそれが嬉しい事のようにドルテが言う。
「じゃあ、やっぱり普段は一本道なんですね。でもそうすると僕は来てはいけない日に来たって事ですか・・・・・申し訳ありません。」
「いや、全然構わんよ。それでも来れる者は大歓迎さ。」
レントはホッと息をついた。熟練の魔法使いを怒らせたらどうなるかと心配になっていたのだ。
「それを聞いて安心しました。ところで・・・・・出来ればフェイ、フェイ=ザルドスに会いたいのですが・・・・・」
「ほう、お前さんザルドスの娘を知っておるのか・・・・ふーーーーむ。」
ドルテが考え込んだ。
「あの・・・・駄目なら別の日にまた来ますから・・・・」
「いや、今日お前さんが来たのは何かの歯車が噛み合ったからだと私は思うよ。逆らっちゃいけないんだよ。こう言う事はね、」
そう言うとドルテは杖をついて歩き出した。
「さぁ、ついておいでレント、」
歩きながら少し不安そうにドルテがレントに聞いた。
「レント、お前さんは腕っぷしが強い方かね?」
村の中央に近づくにつれ人だかりが見え、歓声が聞こえて来た。
人だかりの中心で2人の若者が木剣で打ち合いをしている。
「見えるかい?レント。あれが第一の試練だよ。無作為に分けた6グループの勝ち残り、つまり毎年6人だけが次の試練を受けられる。それを乗り越えたものが戦士として認められる。」
ドルテは不意に口をつぐみ、そしてじっとレントを見つめた。
「ドルテさん、どうしたの?」
「ザルドスの娘は戦士なんだよ。そして女の戦士は戦士としか結婚できないのさ、それがどういう事かわかるだろう?」
「え?」
レントの頭の中が真っ白になった。
真っ白になった頭の奥で思った。認められるまでこの村の戦士を斬り殺せばいい。
しきたりなぞ知った事ではない。
「これ、レント、聞いておるのか?」
「ーーーーーえ?」
「私がお前を特別に飛び入り参加させてやると言っているんだ。お前さんザルドスの娘が好きなんじゃろ?だったら戦士の資格を自分で手に入れてみよ。」
ちょうど試合が終わり次の若者が中央に出ようとした時ドルテが声を張り上げた。
「みなよく聞け。今日私の魔法を打ち破ってこの村に来た者がおる。それがこの若者レントじゃ、私は特別に戦士の試練を受けさせる事にした。誰か異議のある者はおるか?」
ドルテが言い終わるやいなや野次と罵声が飛んだ。よそ者に試練を受けさせた前例が無い事、飛び入りは認められないと言う事を口々に言い、レントとドルテを口汚く罵った。その時。
「やめんか!」
一喝して場を鎮めた声をレントは覚えている。横を向くとフェイ=ザルドスがそこに立っていた。
「仮にも戦士を志す者が何だ!向かって来るなら倒せばいい。それだけの事ではないか。ましてや戦いもしない者が口を挟むのはおこがましいぞ!」
フェイはそう言うと踵を返し貴賓席と言ってもいい豪華な椅子に腰を下ろした。
レントが知らなかっただけで、さっきのドルテの態度から見てもフェイはかなり地位の高い存在なのだろう。
「いいではないか。平地の者がどれほどのものか私も見てみたい。」
まさに鶴の一声である。
周りの者は沈黙し、レントに木剣が渡された。
レントは木剣を持ったままフェイの前まで行くと首からネックレスを外した。
「フェイ、君のこのイヤリングのおかげでここに来る事が出来た。」
そしてそれをフェイに渡し、ふと思いついてフェイの腰に差してある剣を抜きストンと木剣を30センチほどの長さに切り詰めた。
剣を返しながら耳元でささやく。
「僕は勝つよ。そして君と結婚できる条件を手に入れる。」
「・・・・バカ、・・・だけど、出るからには勝てよ。」
広場中央に向かうレントの顔が一歩進む毎に鉱山技師から猛将のそれへと変わって行った。ドルテさえもその変貌ぶりに息を呑んだ。
「審判。俺は何人倒せばいいんだ?」
レントの言葉が乱暴になり、僕から俺へと変わった。
フェイのそばに立つ侍女が驚いたように言った。
「お嬢様の言ってた変わった人ってあの方なんですか?」
「ああ、かなり変わってるだろう?」
「はい。でも、あの方と一緒だと毎日がとても楽しそうな気がします。」
「それは言えてるな。・・・・そう言えばさっき私の剣を抜いた時にお前は何も言わなかったな。」
「え?」
「普段なら無礼者!と一喝しそうなものじゃないか。」
「あら、そう言えばそうですね。あまりにも普通で自然すぎて何も言えませんでした。」
「実は私もなんだよ。まったく調子が狂う。」
「それにしてもあのイヤリングはマズイですね。」
「それを言うな。渡したんじゃなく本当に落としたのだ。」
「だとしても・・・・周りの人はお嬢様があの方に愛を告白したと思ってますよ?」
「いや、だから・・・・まぁ、済んだことは仕方なかろう。」
「あの方、レント様にとっては周りの男の方全員が敵になってしまいましたね。」
侍女の言う通りレントの周りに立つ男達はレントに対して殺意を抱いていた。試合のはずみで殺しかねない。むしろわざと殺そうとする可能性さえあった。
「あら?お嬢様。レント様と対戦者の方が何か言ってますよ。」
「ふむ?」
広場中央では対戦者がレントを挑発していた。
「ずいぶんと顔がアザだらけじゃねえか。いじめられたのか?」
「あ?ああ、これは女の子にやられたんだ。」
「はぁあ?お前女にもやられるほど弱虫なのかよ、話にならねぇな。」
少しの間を置いてレントが答える。
「好きになった女の子が殴って来たら黙って殴られる。突いてきたら黙って刺される。男ってのはそういうものだろう。」
「何バカなこと言ってんだよ。オレは弱虫のバカ相手にしなくちゃいけねぇのかよ。」
「別にお前に理解してもらう気はない。」
「お前だと?このや・・・・」
その時審判が割って入った。お互いに軽く注意をする。
見ていたフェイに侍女がささやく。
「レント様は、お嬢様に愛の告白をビシバシですね。私もあんな風に男の人に想われてみたいわぁ・・・・」
「ん・・・・うん。まぁ、正直ちょっと嬉しいかな。」
「お嬢様!レント様の心意気に対して何か言葉をかけて下さい。」
「な?え・・あ・・・何と言えばいいのだ?」
「思った事をそのまま言えばいいのです。
「む・・むむ・・・お前に任せる。何か声をかけてくれ。」
「かしこまりました!!」
試合開始の合図を審判が出そうとしたその時、フェイの侍女がレントのそばに駆け寄ってきた。そして大きく息を吸うと大きな声で叫んだ。
「レント、よくぞ申した。さっさと雑魚を蹴散らして私のそばに参れ、お嬢様がそう申しております。」
その言葉に観衆は拍手と歓声を送り、レントは赤くなり、周りの男達は更に殺気立ち、そしてフェイは頭を抱え込んだ。
「まずい。これは非常にまずい。まるっきり愛の告白ではないか。」
そしてフェイは誇らしげに戻ってきた侍女の頭をベシッと叩いた。
レントの構えは異様なものだった。
右手をかざし、その影になって相手に見えないように木剣を持った左手を添える。
そして対角線には構えずに正面を向いていた。
まるで隙だらけ。誰もがそう思った。
対する若者は木剣を上段に構える。
始め!の掛け声に合わせて若者がさらに振りかぶった時、
レントは若者の後ろに居た。
木剣を振りかぶったまま若者は膝から崩れた。
右手を鞘に見立てての居合いからの抜き胴、ただしその速さを目で追えた者はフェイを含めた数人であった。
他の者にはレントが一瞬で違う所に移動したようにしか見えなかっただろう。
かつてジキール王国の騎士団長シグナスを斬った技である。
「まだやるかね。それとも・・・・・」
「参った。俺じゃあ勝てない・・・・斬り殺されたかと思った。」
次の対戦相手はレントに木切れで両手を軽く打ち据えられて木剣を取り落とした。
もう戦意など無くあっさりと負けを認める。
そして3人目の対戦者、レントは斬撃を躱して木切れの切先を喉元に突き付けた。
だが相手は負けを認めない。切先を押しのけると木剣を滅茶苦茶に振り回す。
通常なら勝負はついているのだが、誰もヤメとは言わない。
レントは相手の両手首を打ち据えた。手から木剣が転がり落ちる。
相手は痛みに顔を歪めながらレントを睨みつける。
睨みながら木剣を取ろうとしたが、その手にレントが打ち込む。
今度は叫び声をあげながら殴りかかってきた。
レントは凶暴な気持ちになっていた。木切れを投げ捨てると相手のスネを蹴った。
転がった相手が立ちあがるのを待つ。
よろよろと立ち上がった相手のスネにまた蹴りを入れる。
それを5回、6回と繰り返した時、とうとう相手は立てなくなった。
青黒く腫れた両足を押さえながらレントを見上げる。
「骨が折れたわけじゃない。痛いだけだ。さあ立て、立てないのなら負けを認めろ。」
負けん気の強い子供が駄々をこねてるのと同じだ。レントはそう思った。
殴り殺したいと思った。
「立てなければ負けだなんてルールは無い。俺は負けていない。」
そう言われた時、レントの中で気持ちが折れた。
「戦場じゃなくて良かったな。お情けで勝ちを恵んでもらうのがお前らのルールか?」
レントは言葉を切った。少し迷ったのだ。
だが迷ったと言う事それ自体がレントを驚かせ、また気持ちも冷めさせた。
「それで満足なら僕の負けでいい。勝ちたくないよ」
そう言うとレントはフェイの所へゆっくりと歩いて行った。
じっとフェイを見つめる。
何も言わなかった。言うべき言葉など何も無い。
それに何か言ったら、何か言われたら泣くかも知れないと思った。
レントはフェイに背を向けて広場から立ち去った。
「レントや、私の家に寄ってご飯を食べて行っておくれ。」
ドルテがいつの間にか横を歩きながら話しかけてきた。
「ドルテさんありがとう。でもお腹も空いてないし明るいうちに鉱山に帰ります。」
ドルテがレントの手を掴んで声を荒げた。
「いいから家に来るんだよ!でないとカエルにしちまうよ!!」
その言葉に思わずレントは笑ってしまった。
「ありがとうドルテさん。じゃあ遠慮なくご馳走になります。」
「よおし、旨い物をじゃんじゃん作るよ。レント、お前さん好き嫌いは無いだろうね?」
「え?・・・・ええと、・・・・黒猫とカエルは食べるのは苦手です。」
「なんてこった。今夜はそれをメインにしようと思ってたのに。」
レントとドルテが顔を見合わせて笑った。
「おい、よそ者、ちょっと待てよ。」
声の方を2人が振り返って見ると30人ほどの柄の悪い若者達が立っていた。
「卑怯な真似して好き勝手な事を言って勝ち逃げかよ?」
勝ち逃げと言われるのはまぁいい。好き勝手な事も言っただろう。だが・・・・
レントは自分の体が燃えながら凍りつくのを感じた。
このままの気持ちでやり合ったら間違いなく殺してしまうだろう。
それも素手で殴っただけで相手は死にかねない。
「お前ら失せr・・・・・」
言いかけたレントを制してドルテが聞き返した。
「聞き捨てならないねえ、卑怯な真似ってのはどんな真似だい?」
「決まってるじゃねぇか。こいつは自分の木剣を短くして戦いやすくした。それが卑怯じゃなくて何だって言うんだよ婆さんよ!!」
こいつら馬鹿だ。2流にも程遠い馬鹿だ。相手にするのはやめよう。
そう思ったレントの横でドルテが肩を震わせた。
怒ってる。魔法使いが肩を震わせるほど怒ったら危険だ。
以前ファウンランドの南の城壁を吹っ飛ばした魔法使いを思い出してレントはゾッとした。どう見てもドルテはその魔法使いより格上だ。
「ドル・・・」
レントが止めようとしたその時、ドルテの口が開いた。
「クックククク・・・・・」
「・・・・テさん?」
ドルテが肩を震わせていたのは笑っていたのだ。
「今日は楽しい日だよ。1日に2回も笑ったのは何年ぶりだろうねぇ。そうかい、短いほうが、プッククク・・・・戦いやすいのかい・・・フハハハハ・・・・」
若者たちが笑われた事で殺気立った。
「ば、婆あ、何がおかしい!バカにしやがるとその小僧と一緒にぶちのめすぞ!!」
言うが早いか一斉に2人を取り囲んだ。
「ほぉ、戦士の試練を受ける勇気は無くても多人数でこの婆はぶちのめす事が出来ると、そう言うんじゃな?」
「なにぃ!ふざけんな。これを見ろよ!!」
そう言って2人の若者が懐から大きな牙の首飾りを出して見せた。
「俺は第2グループで、こいつは第4グループで優勝してるんだ。勇気が無いとは言わせないぞ!」
それを聞いたドルテが深いため息をついた。
「すまんのうレント、最近は若い者の質も落ちてこんなゴミクズばっかりじゃよ、この2人も大方仲間内で譲り合ったり他を妨害したりして優勝したんじゃろ。」
「ふ、ふ、ふざけんな。そんな事してねえし負けた奴は弱いから負けたんだ。」
どうやら図星だったらしい。
「お前たち、もし私たちに負けたら優勝を辞退してその竜の牙を渡すか?」
「おお、俺たちが全員やられたらな、で?そっちは何を出すんだ?」
「このハーデスの杖をくれてやるわ!!」
声を荒げるドルテの肩にレントがそっと手を置いた。
「やめようよドルテさん。結局また嫌な思いをするだけだよ。卑怯な手でその首飾りを奪われたって言われるのがオチさ、」
「いや、それは無い。私もこの耳でしっかり聞いたからな。」
そう言って姿を現したのはフェイだった。
「レント、この者たち全員と戦え。お前たちも今更言い訳は聞かんぞ。さぁ、もう一度広場に戻るんだ!」
皆がぞろぞろと広場に向かって歩き出す。が、レントは動かない。
ただじっとフェイを見ている。気が付いたフェイがレントに歩み寄った。
「どうしたレント?」
「フェイ、一言いって欲しいんだ。」
「レント・・・・私に何を言って欲しいのだ?」
「あいつらと僕が戦う理由。どうしてフェイが僕に戦って欲しいのか、その理由を聞きたいんだ。お願いだよフェイ、」
レントの言葉にフェイが赤くなってうつむいた。
仲裁に入って止める事も出来たフェイがそうしなかった理由。
つまりは結婚できる条件をレントに手に入れて欲しいと思った事。
それをレントに気付かれてしまった事に照れてしまったのだ。
ましてそれを言葉として聞かせて欲しいという。
「・・・・お前は本当に私を困らせる。」
「違う!僕が聞きたいのは・・・・」
「わかっているよ。・・・・レント。・・・・・私の為に戦え、そして勝て。」
レントはそっとフェイに近づくと優しく抱きしめた。
フェイに頬をぶたれる事は無かった。
フェイに抱きついたままレントがささやいた。
「あのさフェイ、お願いがあるんだけど・・・」
ドキンッ
フェイの心臓が大きく高鳴った。
(まてまて、この状態でお願いって言ったら・・・・・いやそれはさすがに今は・・・・・)
ドキドキドキドキ・・・・・
(こら心臓、音が高い。静まれ!こら耳、熱くなるな!レント、顔が近い!!)
「フェイ、聞いてる?」
「あ、ああ・・・・・うん。」
(どうしよう、キスしてって言われたらどうしよう!こらヒザ、ガクガクするな!)
「あのね、僕の事を平地の者って言わないでくれるかな?」
「え?・・・・あ、ああ・・・・・え?」
「僕が生まれ育った所は深い谷底だから、平地の人間じゃないからさ・・・・」
フェイはホッとすると同時にふとひらめくものがあった。
「谷底ってもしかして・・・・レントの故郷って光の谷・・・・なのか?」
「うん。・・・・フェイは僕が怖い?」
「怖くなんかないさ、レントはレントだから。それ以外の事は関係ない。」
「ありがとフェイ、大好き。」
レントはそう言うとフェイからそっと離れた。
広場に戻ったフェイに侍女が心配そうに駆け寄った。
「レント様はあんな30人もの人と戦うんですか?」
「そうだ。だが心配はいらない。・・・・レントは巨人族だ。あいつらが猫ならレントは虎だ。あの程度の相手なら話にならない。」
「まさか。信じられません。レント様はどちらかと言うと小柄じゃないですか。」
「まぁ、見ていればわかる。」
フェイはそう言うと自信ありげに再び貴賓席に腰を下ろした。
広場では若者たちがそれぞれ好きな武器を選んでいた。
これはレント自身また卑怯だと言われないための措置であった。
レントは当然素手で戦うつもりだったが審判の方が納得しない。
「どんな武器を選んでもいいから素手はやめなさい。」
「ここには僕が使いたい武器がない。だから素手でいいです。」
「どんな武器でも持ってこさせる。何が望みなんだね?」
少し迷ってレントが答えた。
「全員殺して構わないのなら弐路をお願いします。」
「にろ?何だねそれは?」
「2本で対になった鋏のような剣ですが・・・・」
「そんな武器は聞いた事もないなぁ、剣じゃダメなのかね。」
離れて聞いていたフェイが戦慄した。
「お嬢様、旦那様がそのような武器をお持ちでしたよね。私が持って・・・・・」
「シッ 持ってきてはいけない。」
「え?どうしてです?」
「あれは戦場で一騎駆けするための武器だ。間合いに入った者は味方でも斬り刻んでしまう。お前死にたいのか?」
言われた侍女が絶句した。
一方話し合いをしていたレントは組み立てる前のテントのそばに行き、支柱を持って戻った。長さが4メートル程もある鉄製の支柱である。
「さてと、優勝者の2人以外。全員まとめてかかってこい。」
自分たちよりも小柄なレントに対して彼らは絶対に負けないと言う自信があった。
更に数で圧倒できるだろうという過信もあった。
それを責める事は出来ない。だが彼らはその過信の代償を支払う事となった。
「はじめ!」
掛け声と共にレントは肩を軸にして支柱を横に薙いだ。
一気に10人程も薙ぎ倒される。
次いで支柱を先端に持ち替えると足を刈り回す。
レントは支柱を地面に突き刺すと残った者たちの所へ突進した。
呆然とただ立ち尽くす者たちを次々と殴り倒す。
剣を突き出して来る者の腕を引き寄せて投げ飛ばす。
そして立ち上がろうとする者すべてを蹴り飛ばした。
果たして1分もかかったであろうか?
もはや立ち上がれる者は1人として居なかった。
「そこまでだ。」
フェイが声をかけると同時に見ていた者が大歓声を上げた。
村でも評判の乱暴者たちをあっという間に倒すなど誰も思わなかったからだ。
仲間たちが駆け寄り倒れている若者たちに手を貸して引き上げようとしたその時、
若者の1人がレントに毒づいた。
「多少はやるかも知れねぇが立てなくなるまで打ちのめす何てどう言うつもりだよ。」
レントは冷たい声で答えた。
「生きてるから文句も言える。まだ文句を言うつもりなら次は殺す。」
言葉に詰まり舌打ちをして立ち去ろうとした若者をフェイがさえぎった。
目が怒りに燃えている。そして右手は剣にかかっていた。
「お前たち、言いたい事はそれだけか?」
若者たちは圧倒されて何も言えない。ただうつむいているだけだ。
「お前たちの中で死んだ者が居るか!急所を打たれた者が1人でも居るか!お前たちが卑怯者呼ばわりした相手に情けをかけられた事すら気付かんのか!!」
そう言うとフェイは剣を引き抜いた。
「卑怯者呼ばわりした事を詫び、情けをかけてもらった事に礼を述べよ!さもなくばお前たち全員この私が斬り捨てる!!」
レントはフェイを美しいケモノだと思った。
フェイは若者たちの態度次第で本当に斬り殺すだろう。
さすがにレントもフェイが手を汚して自分の仲間を斬るのはまずいと思った。
「フェイ、手加減した僕が悪かったからそのぐらいで許して・・・・」
フェイは涙で潤んだ目でキッとレントを睨みつけた。
「レント、お前は悔しくないのか!私は悔しい!お前の気持ちなど分からずに好き勝手な事を言っている身の程知らずのこの馬鹿共が許せない!!」
そう言いながらフェイはボロボロと涙をこぼした。
「・・・・わかった。わかったからもう泣かないでフェイ。あの2人は本気でやるから、だから落ち着いてよ。」
「うるさい!お前なんか大っ嫌いだ!さっきだってそうだ。あんな意気地なしに勝ちを譲って私に耳飾りを返した。何で一緒に来いって言わなかったんだ!!」
叫んでからフェイは自分で言った意味に気付き真っ赤になって黙り込んだ。
レントは何も言わずにフェイの手を掴んでゆっくり席に戻らせた。
そして肩に手を置いて軽く頷いて見せた。今度は相手を殺すという意思表示だった。
ゆっくりと振り向き広場中央へ歩いて行く。
「これからお前たち2人を殺す。俺は感情を抑える気はないし確実にお前たちを殺す。どんな殺され方がいい?」
一歩近づく
「剣か?」
更に一歩
「槍か?」
さらにもう一歩進む。もう体が触れるほど間近な位置で言う。
「殴り殺されるのがいいのか。・・・・そうか。」
2人は何も答えない。いや、答えられない。
怯えが体中を震わせてさっきまでの虚勢など微塵もなかった。
構わずレントは無造作に殴った。鼻を、目を、口を、何度も何度も殴った。
気が付くと2人ともうずくまって泣いていた。
冷たく見下ろしていたレントがフェイに向かって手を差し出した。
剣を寄越せと言うのだ。
フェイが鞘ごとレントに剣を渡す。レントは剣を抜き振り返ると2人に歩み寄った。
その時数人が2人のそばに駆け寄った。
「助けて下さい。こんなバカな息子でも私達には大事な息子なんです。」
「早くこの人に謝れ!殺されたいのか!」
構わずレントが歩を進める。
「俺はフェイと約束したんだ、この2人を殺すとな。どかなければお前たちも殺す。邪魔をするものすべて斬り捨てる。」
それを聞いて親たちが2人に次々と覆い被さった。
レントの目が険しくなる。
「お前ら親を盾代わりに使うつもりか?」
だが2人とも失禁し、泣きながら震えるだけだった。
「そうか・・・じゃあ自分達の親が殺されるのを見てから死ね。」
そう言うとレントは鞘を真上に放り上げた。
フェイは直感した。鞘が地面に落ちると同時にレントは斬るだろう。
意味もなく鞘を放り上げるハズが無い・・・
「レント!もういい。やめろ!!」
気が付くとフェイは叫んでいた。
振り向いたレントがかざした剣に落ちて来た鞘がストンと収まった。
「きっとそう言うと思ったよ。」
レントはフェイに向かってにっこりと微笑んだ。
フェイもつられて苦笑いをしてしまった。
ドルテが若者のそばにしゃがみこんで言い放つ。
「さてと・・・・お前たちは戦士にふさわしくない。さあ、竜の牙を渡してもらおうか。」
若者の懐から竜の牙を取り出してレントに手渡した。
「ところでレントや、お前さんほど強い男の顔にそんな怪我を負わせるなんて強い者も居ったもんじゃなぁ。一体どんな奴じゃ?」
レントは答えに窮したままフェイに剣を手渡そうとした。
だが赤くなって横を向いているフェイをみて思わず吹き出してしまった。
フェイはレントの足を踏みながら睨んだ。
言ったら許さないと言う事らしい。