第三章 少年時代 1
広間に通されたリンダをハンニバルが驚きと共に喜んで迎え入れた。
「剣聖ハンニバル様がみずからお出迎えとは恐れ入ります。」
恐縮しながらリンダが席に着く。
お茶が出されるのさえ待ちきれずにサンドラがリンダに尋ねた。
「それで、あの、レントの事色々と教えてもらえるかしら?私たちお互いにそういう話をあまりしないも
のだから知らない事ばっかりなの。」
「私はレントの胸にある聖痕の事が気になるのう。教えてくださらんか?」
ドルテも横から口を挟んだ。
「え、はい。ではその話をしましょうか。」
リンダは出されたお茶を一口飲むと思い出しながらポツリポツリと話し始めた。
「私とレント、そしてハイネルド王は士官学校で同期だったんです。
私とハイネルドはある程度将来を約束されている立場だったので、上級生や同期生からのいじめや嫌がらせは無かったんですが何の後ろ盾もないレンちゃんは格好の標的にされました。
彼らは侮辱は死を持って償う、命のやり取りで決着をつけると言う感覚はありません。
文明都市で甘やかされて育って来たものですから。
レンちゃんもあまり相手にはしてなかったんですが・・・・・
入学して半年ほど経った頃、聖星祭と言って夜学校の中央広場で式典があったんです。
とても古そうな巨大な香炉に願い事を書いた木札をくべて焚き上げる行事です。
上級生数人がふざけてレンちゃんの方にその香炉を転がそうとしました。
その時3本ある内の脚が1本折れて私の方に転がって来たんです。
あまりにも咄嗟の事で逃げる事の出来なかった私の前でレンちゃんが両手で香炉を抱えて止めてくれたん
です。その時に香炉に刻まれていた日輪の図柄が焼印のようにレンちゃんの胸に刻まれたんです。
私の無事を確認すると突然レンちゃんが別人のように怒りで荒れ狂ったんです。
香炉を蹴り砕き、その上級生たちの元へ駆け寄ると無言で殴り殺しました。
一撃で死んだとわかる攻撃でした。
あっという間に3人が殴り殺されて、残った者も何が起こったのかわからなかったと思います。
教官の武装兵が止めに入るまでに更に4人の上級生が殴り殺されました。
教官に剣で斬りつけられそうになった時にハイネルドが、そして少し遅れて私もレンちゃんの前に立ちは
だかって止めました。
怒りが収まらないレンちゃんが雄叫びを上げると、教官も私たちも、そして居合わせた生徒のほとんどが
恐怖で足が震えて座り込んでしまいました。
呆然と聞き入って居るサンドラにリンダがいたずらっぽく言った。
「てっきり私の事が好きなんだと思っちゃった。だからすごく残念です。」
お茶を口にしてリンダは悲しそうに横を向いた。
「何よりもサンドラさんがレンちゃんの事を覚えてないみたいだから。レンちゃんかわいそう。」
その言葉にサンドラが驚いた。
「え?レントと私って以前出会った事なんて無いハズよ」
「やっぱり覚えてないんですね。私がサンドラさんをいつか殺すつもりだったって言ったのを覚えていま
すか?」
「ええ、私があなたの親しい人に手をかけてしまったみたいでそれで・・・・」
「そう。その親しい人ってレンちゃんの事よ。」
「ええ?」
「あの日輪の傷跡に見覚えはありませんか?」
「そんな・・・・裸にならないと分からないじゃない。見覚えなんて・・・・・」
「あの時レンちゃんは裸でした。きっとサンドラさんが思い出せないだけです。」
考え込むサンドラにまたリンダがいたずらっぽく笑って言った。
「8年前、ファウンランドの東壁と言えば思い出せますか?」
「え?8年前・・・・・あ!・・・・・あああああああ!!!」
士官学校の営倉から出されたのは香炉事件から3日目のことだった。
レントは油断なく兵士の後ろを歩く。当然後ろにも兵が居るので僅かな気の緩みも許されない。何しろレ
ントが殴り殺した上級生は全員が貴族もしくは軍の将官の子息だったからだ。
いきなり取り囲まれて、最悪は後ろから刺されても不思議はなかった。
だが1歩外に出た時、それが杞憂だと知った。
目の前にはハイネルドとリンダが嬉しそうに立っていたのだ。
引率していた兵士たちは2人に礼をしてすぐに立ち去った。
それがいかにこの2人が何らかの強大な力を持っているかをまさに物語っていた。
「あの、私リンダって言います。レントさん助けて下さってありがとうございました。」
「いや、気にしなくていいよ。それより怪我は無かった?」
「はい。おかげさまでかすり傷ひとつ負いませんでした。」
「それは良かった。」
ハイネルドがいきなりレントの手を掴んで握り締めた。
「俺の名はハイネルド、レントお前凄く強いな。感動しちまったよ。」
「よろしくハイネルド。それよりも僕を営倉から出す為にたいへんだったんじゃないか?こちらこそ礼を
言わせてくれ。出してくれてありがとう。」
「気にすんなって。それよりも牢屋は不便だっただろう。メシとかちゃんと出たのか?」
「スプーンの先が溶けて無くなったり紫色に変色するスープなら出たよ。」
「おいおい、それって明らかに猛毒じゃねぇか。」
「だから牢内の雑草を食べて天井の湿った所から水分を補給してたよ。」
「お前本当にすごいな。」
「実を言うとあと2日待って出れなかったら牢を破って出るつもりだった。」
「それはそれで見ものだろうなぁ。だがまぁ穏便に済ませられて良かったよ」
レントはハイネルドの言葉に複雑な顔をして笑った。
「穏便には行かないだろうなぁ。とりあえずお腹いっぱい何かうまい物食べたらいくさだ。」
「いくさ?誰と?」
「決まってるだろ。僕が殴り殺した上級生の親兄弟だよ。」
「あー、それはいいんだ。」
「良くはないだろう。毒で殺そうとするぐらい恨んでるんだから。」
「いや、いいんだよ。世子の側近に害を成せばどうなるかは彼らの方がよく知っている。」
「世子?側近?」
「俺は16代目の現王エルリックの孫だ。次期国王リシュエール王子の嫡子なんだよ。そしてお前はその側
近だ。少なくともその名目で出す事が出来たんだ。」
「おいおい、勝手に側近にするなよ。」
「そう怒るなよ。便宜上やむを得なかったんだ。それと・・・・」
ハイネルドはリンダを指さしていった。
「リンダは希少なワルキューレ種族なんだ。で、結婚相手を指名できる権限を持っている。もちろん相手
に断る権利はない。断わったら死刑だ。」
「ちょっと待て。なんか嫌な予感しかしないぞ。」
「予感は当たってると思うがお前が結婚相手の第一候補として挙げられた。そんなお前に私怨で挑むって
ことがどういう事かわかるか?」
「国家権力を敵に回すって事か」
「まぁそういう事だ。もちろん2つとも便宜上そう言っただけで気にする事はない。」
「はっきり言うと側近になる気も結婚する気も無い。だが・・・・良かったら2人とも友達になってくれ
ないか?」
その言葉にハイネルドとリンダが顔を見合わせて笑った。
「決まりだなレント、今日から俺たちは友達だ。」
「よろしくねレントさん。ううん。友達になったんだからレンちゃんって呼ぶわね。」
「よろしくハイネルド、よろしくリンダ。」
そう言って3人はお互いに固く手を結び合った。
その途端、レントのお腹がグゥっと鳴った。
3人は顔を見合わせて笑い合った。
はい。何でここで少年時代の話を展開したのかと言うと今後超えなければいけない難関から
一時的に逃げたからです(ーー;)
展開上外せない部分とは言えレントとサンドラの契りのシーンを書くのか書かないのか、
書くとしたらどう書くのか・・・・
サンドラにはモデルになった人も居ますし、このままの展開だとあと2~3話で
2人が共に枕を交わす事になりそうなので・・・
と言う事で、迷い悩みながら少年時代に突入です^^;




