表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/183

第三章 大切な想い 3

それは剣と言うには不可解な形状をしていた。

幅広の槍の穂先を上下に付けた様な刃部分、その後ろにあるこぶし大の大きさの

真珠の様な輝く球体、更にその後ろに鋼の棍杖、柄は棍杖の先に付いている。

サンドラは剣を軽々と持ち上げると柄の上部分の仕掛けをスライドさせた。

球体が白いスパークを発しながら回転を始めた。

刃が半透明に輝く。もう一段スライドさせる。

刃の先に赤く発光する線が浮き上がった。

「ねえ。それ『来訪者の遺物』でしょ?あなたを始末したら私が貰ってもいいかしら?」

二路を体に寄り添う旋風のように振り回しながらリンダが言った。

同じくオーヴァルブレーズをドレススカートのようにひらめかせてサンドラが答える。

「いいけど、あなた私と一合も打ち合う事無く負けるわよ?」

みんなが戦いを見守る中、そっとサンドラに近づこうとする者達が居た。

忌術師である。その先頭を行く者の耳元で囁く者が居た。

「お前の名前・・・・何て言うんスか?墓に名前を刻んでやるッスよ。」

ギョッとして横を向いた忌術師の背後から更に声がする。

「お前さん方は修行不足じゃのう、見ただけで分かるわい。」

忌術師たちを挟み込むようにアイリスとドルテが立っていた。

立ち竦む忌術師たちの前に立ち塞がるカルビが、直接心に響くような低い声で

「邪魔をしたら死ぬだけで済みませんよ。魂を磨り潰されたいの?」

と、問いかけたのがとどめとなった。

言葉の本当の意味などわからない、だが死よりも恐ろしい事があると言う事、

そして目の前の魔獣ならそれを実行できる事を人としての本能で知った。

忌術師たちは震えたまま座り込んで、そのままうずくまった。

一方、お互いの距離を詰めていた2人も必殺の間境を越えようとしていた。

あともう半歩、その半歩を滑るように踏み越えながらサンドラが無言の気合を発して

逆袈裟に斬り上げた。

リンダがそれに合わせていなす様に二路を振り下ろした。

鋼と鋼の打ち合う響きと共に2人が離れる。

正確にはサンドラがリンダから距離を取るように下がった。

構えを解いてリンダに語りかける。

「何が起きたか分かった?」

リンダが膝を折って座り込んだ。

信じられないと言う風に二路と鎧に触る。

「斬られた・・・・鎧越しに、・・・・二路と鎧を素通りして・・・・・なぜ私は生きているの?」

「殺したくなかったから刃に安全装置をかけたの。この赤い線がそうよ。」

のろのろと立ち上がるリンダにサンドラが言った。

「侮辱されたと言うのならもう一度、今度は安全装置を解除してやりましょう。」

「・・・もう一度?」

「私のこの剣が気に入らなければ他の武器でやりましょう。」

サンドラの言葉にうつむいたリンダが剣を落とした。

肩を震わせて声を出さずに泣き出した。ポタポタと涙が地面に落ちる。

「・・・・レンちゃんのバカ。」

キッとレントの方を向いて睨みつけた。

そのままレントに詰め寄ると襟首を掴んで揺すぶった。

「バカバカバカ!何でよりにもよって私が勝てない様な相手を好きになるのよ!」

しがみつき、襟首を何度も揺すってリンダは泣き続けた。

「レンちゃんのお嫁さんになる事だけが私の夢だったのに、あの人からレンちゃんを奪い取るなんて絶対に出来ないじゃないの!!」

沈痛な顔で黙り込んでいたレントが重い口を開いた。

「なぁリンダ、君のタンポポ野原はとても居心地が良かったよ。今度サンドラにも見せてあげたいんだ。連れて行っていいかい?」

黙り込んだリンダが急にレントの服で鼻をかんだ。

「うわっちょっリンダぁ・・・・・」

顔を上げたリンダが涙を拭いてレントに言った。

「タンポポだけじゃなくてレンゲも咲いてるから・・・・・」

「そう、そうだったね。」

「どうしてもと言うのならあの野原を焼き尽くしてイバラを植えます。」

リンダのその言葉にレントは口を閉ざした。

意を決したようにサンドラが歩み寄ってレントに告げた。

「私がそうしてもいいんだけどあなたは皆殺しにしそうだから・・・・」

「・・・・え?」

「あなた、無抵抗で殺されなさい。私はあなたのために斬り殺せるだけ斬り殺して後からあなたのところに行くわ。」

サンドラの言葉を聞いた全員がきょとんとしている。

レントだけが嬉しくてたまらないと言うようにサンドラの手を握って微笑んだ。

「僕の為に殺してくれるの?僕の為に斬り殺されてくれるの?」

「ええ、そうよ。嬉しい?」

「うん。嬉しい。サンドラ、大好きだよ。」

2人のやり取りを聞いていたリンダが取り乱した。

「なに?一体どう言うことなの?」

「え?どういう事も何も聞いた通りだよ。」

そう言うとレントは長衣とシャツを脱ぎ捨てて兵士たちの前に進み出た。

「お前らまとめてかかって来い。遠慮なく斬っていいぞ!」

レントのその姿に居合わせた者たちが息を飲んだ。

レントの胸の中心に日輪のような大きな疵があった。

普通では出来るはずのない疵だった。

ザワザワと囁き声が行き交った。

「聖痕・・・・じゃ・・・・・」

ドルテが呟いてレントの前に跪いた。

忌術師や猟犬、そして兵士の大半がレントの前に跪いた。

呆れたようにレントが言った。

「なぁにが聖痕だよ、ただの火傷だ。リンダもハイネルドも知ってるよ。」

興を削がれたレントが憮然となっている。

「そんな事よりもほら、そこのお前ら、早くかかってこい。」

手近に居る兵士に手招きをする。

「やめろレント、なんでそうやって自ら死のうとするんだ?」

そう言ってハイネルドが駆け寄ってくるのを手で制した。

「わかんねぇか。好きな女が死んでくれって言ってきたら死ぬ。それだけだろうがよ。」

「時々お前がわからないよ。どういう事だよレント。」

「理屈を付けて避ける事も出来るだろうが格好悪いだろ。それにサンドラが一緒に死ぬ事を選んだ事に対する侮辱でもある。」

言われたハイネルドが虚を突かれた様に棒立ちになった。

「リンダ、お前はわかるだろ?」

「え?」

「サンドラはな、手に入らないんだから諦めて俺を殺せって言ってるんだよ。」

「まさかそんな・・・・」

振り向いたリンダにサンドラが静かに頷いた。

「安心して。あなたと王は殺さないわ。それに他の者にも手は出させない。」

「そういう事だ。さぁ、わかったらお前らさっさと俺を斬ってみろ!言っておくが俺はちょっとやそっとじゃ死なねぇぞ。」

レントの言葉に後押しされるように数人の兵士が剣で斬りかかった。

脇腹を斬られ、胸を刺されたレントの顔に苦痛の表情が浮かんだ。

が、それはすぐに怒りの表情へと変わった。

「こ・・・の・・・腑抜けどもがぁ!そんなもんで人が殺せると思ってんのか!」

言うなり傍に居た兵士の腕を掴んで振り回した。

数十人の兵士を瞬く間に薙ぎ倒すと、掴んでいた兵を投げ飛ばして怒鳴った。

「本気で俺を殺さないとリンダと王を殺すぞ!!」

弾かれる様に数人の兵士が突進してくる。

胸を、そして腹を刺し貫かれレントが地面に倒れ伏した。

「レンちゃん!お前たち何て事を・・・・・・」

それが合図であるかのようにサンドラが剣を構えた。

「リンダさん、私が死ん後この剣を貰って頂戴。」

そう言うとレントを刺した兵の元へと静かに足を進めた。

深く息を吸い込んで剣を振りかぶる。

サンドラが雄叫びを上げようとしたその時、足元で声がした。

「あー・・・、ごめんサンドラ。僕斬られても死ねなくなったみたい。」

レントがバツの悪い顔をしてサンドラに言った。

血の吹き出していた傷の周りを黒いタール状の従魂が覆い、塞いで行く。

「以前の怪我もずいぶん治りが早いと思ったらこういう事だったのか。」

呟いてからふと思いついたようにレントがサンドラに言った。

「首を刎ねて遠くに持ち去れば死ぬんじゃないかな?」

その言葉に慌ててリンダが駆け寄った。

「やめて、レンちゃん!」

「ああ、そうだリンダ、せっかくだからお前がやれ。」

そう言ってレントは自分の腰に下げている二路をリンダに手渡した。

泣きながら首を横に振るリンダに叱りつけるようにレントが言った。

「俺はお前のものにはならない。だから殺せ。」

レントの二路を手にしたままリンダがとめどなく涙を流した。

そのまま向きを変えてサンドラの前に踏み出した。ハッとしたレントが叫ぶ。

「やめろリンダ!俺を怒らせて部隊を全滅させたいのか!」

サンドラが手向かいせずに殺されるかも知れない、またその可能性は充分にあった。

だが、意外な事にリンダはサンドラの前に行くと剣を脇に置いて片膝をついてひざまずいた。

腕で涙を拭うと、ひたとサンドラを見つめた。

「サンドラさん。レントって本当に滅茶苦茶な人なんです。」

「初めて会った時から知ってるわ。」

「いえ、・・・・ううん。きっとそうね。」

「どうかしたの?」

「サンドラさん。あなたが思っているよりもずっと前にあなたはレントに会ってるんですよ。」

「え?」

「きっとそれも運命なんでしょうね。悔しいけど私は運命の人じゃなかった。レンちゃんを、いえ、レント様をよろしくお願いします。」

そう言うとニッコリと笑ってリンダは頭を下げた。

「サンドラ様、いつかレント様と王都においでの際はぜひ我が館にお越し下さい。その時は・・・・自慢の蓮華とタンポポの野原で一緒に・・・・お茶を・・・・・」

それ以上言葉の出なくなったリンダの肩にサンドラが手を置いた。

「ありがとうリンダさん。いつかきっと行くわ。さぁ、立って。」

サンドラは手を添えてリンダを立たせると、その手にオーヴァルブレーズを握らせた。

「友情の証よ。受け取ってくれるわよね?」

その言葉にまたもリンダの目から涙が溢れだした。

「ありがとうサンドラさん。ずっと大切に使います。」

「さぁ、もう泣かないで。向こうで温かいお茶でも飲みましょう。」

そう言うと侍女を伴ってサンドラはリンダと共に屋敷へと歩いて行った。

居合わせた者全員が呆然とそれを眺めて立ち尽くしていた。

座ったままそれを眺めていたレントが大の字になって寝転んだ。

続いて片手を上げると手をひらひらさせた。

「さっき俺を斬った奴と刺した奴。こっちに来い。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ