第三章 大切な想い 2
オーヴァルブレーズ(血に飢えた真珠の刃)は鏡の国のアリスからの引用になります。
ジャバウォックの詩に出てくる武器です。
興味のある方は読んでみてください^^
鐘の音を聞きつけた村人たちが広場や石塀へ武装して駆ける中、いち早くサンドラとカルビがレントの元へ駆けつけた。
「旦那様!大丈夫ですか?」
言うが早いかカルビは前足を振りかぶって横に薙いだ。
その目にも止まらぬ攻撃を造作もなく躱してレントに問いかけた。
「レンちゃん。この子あなたのペット?」
「ペットって・・・ま、まぁそんな感じかな?」
「名前はなんていうの?」
「カ、カルビって言うんだ。」
リンダが兜を脱いだ。真っ赤な長い髪が風になびく。
「カルビちゃん初めまして、私はレンちゃんの恋人でリンダって言うの。よろしくね。」
「ふぇ?は、はい。・・・・ご主人様、そうなんですか?」
「違う違う、ただの幼馴染でそんなんじゃ・・・・」
言っている途中で視線を感じてレントは横を向いた。
サンドラが怖い顔をして剣を手にして立っていた。
「そこのあなた。私のレントに気安くしないで、早く離れなさい。」
サンドラの言葉に場の空気が一気に硬化した。
「私の?田舎娘が何を勘違いしているのかしら?世迷言を言っていると、この村ごと始末するわよ?」
「へぇ?あのでくのぼうの軍隊で?痛い目を見ないうちにおうちに帰って軍隊ごっこでもしてたら?」
「おーやだやだ、世間知らずの田舎娘はこれだから嫌になっちゃうわ。レンちゃん早く一緒に王都に帰りましょ。これからは私と兵2万はレンちゃんの指揮下に入ります。さ、早く。」
「レントは行かないわよ。それと私の夫に馴れ馴れしくしないで。」
サンドラのこの一言でまがりなりにも笑顔で話していたリンダの顔が一変した。冷たい目でサンドラを睨みつける。
「私の聞き間違いかしら?いま夫と言ったの?」
「そうよ、レントは私の・・・」
言い終わらぬうちにリンダが抜き打ちに剣を振り抜いた。
サンドラの腕から伸びた精霊の刃がそれを受けて蒼白い火花が散った。
「ふぅん。ああ、そっか。ここって精霊の騎士の村なんだ。私はファウンランドの師団長リンダ・リンクス、あなたの名前を聞いておこうかしら。」
「あなたがワルキューレのリンダなの。名前だけは聞いてるわ。私の名はサンドラ・ザルドス、見ての通り精霊の騎士よ。」
サンドラの言葉にリンダが目を細めた。レントから離れてサンドラの方へ歩み寄る。
「ザルドス・・・・もしかしてあなたハンニバルの・・・・」
「娘よ。それがどうかした?」
その言葉にリンダは青眼に剣を構えた。
「あなたを殺すわ。いつかあなたを殺すつもりだったから手間が省けたわ」
「あら、私あなたの身内でも手にかけたのかしら?」
「まぁそんなところね。覚えてないとは思っていたわ。」
「もしそうだとしても戦場のならいよ。」
「そうね。でも私は許せないの。」
リンダの動きに合わせてサンドラも剣の柄に手をかける。
「だったら戦りあうしかないわね。」
対峙する2人に、慌ててレントが止めに入った。
「やめてくれよ2人とも、大体リンダ、お前まだ諦めてなかったのか?」
「レンちゃんこそ、ワルキューレが決めた相手に断る権利がないって事は知ってるくせに何でそうやって拒むのよ!」
「え・・・いや・・・それは・・・・」
戸惑うレントに後ろから声をかけて来る者が居た。
「まぁ仕方ないな。やり合わないとダメだろこれは。」
「無責任なこと言うなよ、どっちが勝つにしても・・・・ああ!」
振り向いた先にファウンランドの王が立っていた。
「ハ、ハイネルド・・・・王。なんでここに?」
「お前がここに居るって情報が流れてきたんでリンダにせがまれて一緒に来た。お、そうだ。おみやげ持ってきたぜ。」
そう言うとかつてレントが愛用していた鋏型の2本一対の剣、二路を手渡した。エリムン王太后に放って椅子に突き刺さった剣である。
「いやいやいや、ハイネルドってばそれどころじゃないだろう。」
「そう言うお前はあの娘の為に一度も争ったり戦ったりしなかったのか?」
途端にレントが言葉に詰まった。
争ったどころの騒ぎじゃない。この村に災いをもたらしたと言ってもいいぐらいのレベルで暴虐の限りを尽くしたのだから。
「だからレント、あの2人が納得するまでやるしかないんだよ。」
ハイネルドの言葉にレントは黙り込むしかなかった。
対峙しているサンドラとリンダが少し距離をとった。
リンダが後ろを向いて兵士に命令を出す。
「私の二路を持ってきなさい。レンちゃんの、いえ、レント様の最も得意とする武器でこの女を倒すわ。」
サンドラも後ろに控えているルネアに言う。
「ブォーヴァルブレーズを持ってきてちょうだい。失礼の無いように全力でこの人を倒すわ。」
続々と兵士や村人が詰め寄ると2人を取り囲んで静かに見守る。
大きな金属製のトランクを抱えたルネアがレントに声をかける。
「レントさん、そこに居るフードの人たちを遠ざけて。その人たち『猟犬』よ。それと後ろの白いコートの人たちは『忌術師』よ!」
言われた者たちがギョッとして身構えた。
レントが動くよりも早くカルビが男たちの前に駆け寄った。
同時に神殿で見せたおぞましい大きな黒い獣の姿へと変貌していく。
「下がれ。さもなくばこの場で冥府へ送るぞ。」
低く響く声でカルビが言うと男たちの顔に恐怖が走った。
間髪を置かずに速やかに後方へと飛び下がった。
「ファウンランドのお抱えの密殺と破壊のプロ集団か。ハイネルド、こんな物騒な連中を連れて来るんじゃねーよ。」
「そう言うなよレント、物騒さ加減で言うと精霊の騎士だって同じだよ。むしろお前が居れば彼らは必要ないんだがな」
トランクを開けながらルネアが自分に言い聞かせるように言う。
「猟犬だけだったら私一人で何とか出来ますが、忌術師は手に余るかも知れませんしね。」
その一言に周り中が静まり返った。
サンドラとリンダまで動きを止めてルネアを見た。
「あなたの侍女は随分大きな口を利くわね。ここに来ているのは猟犬の中でも選り抜きの、銀狼と呼ばれる最高位の者たちよ。」
リンダはそう言って見下すようにルネアを見て笑った。
「最高位が銀狼?それは変ね。」
ルネアの言葉にサンドラも訝しそうな顔をした。
「だって私はその上のケルベロスだったんですもの。リンクス家のお嬢さんには教えなかったみたいね。」
猟犬たちが驚愕した。ザワザワと小声で話し合った後、1人がルネアに問いかけた。
「なぜケルベロスの事を知っているのかは分からないがその名前で呼ばれていた方は1人しか居ない。お前、何者だ?」
「ああ、久しぶりねシャルル。少しは強くなった?」
そう言いながらルネアがメイド帽を外すと耳の後ろに白い翼があった。
リンダは自分と同じ翼を見て息を飲んだ。
「あなた誰?リンクス家にはあなたのような人は居ないはずよ。」
「そうね。知らないと思うわ。だって私はオセロット家の・・・・」
「ル、ルーク・・・様?ルーク様ですか?」
シャルルと呼ばれた男が叫んだ。ルネアが肯定するように笑う。
「そのお姿は一体・・・・」
「だって男だとお嬢様の侍女になれないじゃない。」
「いや、ルーク様、意味がわかりません。」
「ザルドス家の奥様が死ぬ間際に私に託した任務が、一生をかけて侍女としてお嬢様をお守りする事だったの。ワルキューレは両性だから完全な女性になる為の秘薬を飲んで今ここでこうしてるってわけ。おわかり?」
「いやいやいや、わかんないですよ!ルーク様は猟犬の総帥ではないですか。それが突然行方不明になってしかも侍女とか訳わかんないですよ。帰って来て下さい。」
「無理!大体総帥は男が継ぐ事になってるでしょ。私はもう男には戻れないし帰る気もないですから、後はあなた達で何とかしなさい。あ、それと一応言っておきますけどお嬢様に危害を加えるような事があったら・・・」
言葉を切ってジロリとシャルルを見つめた。
「猟犬はこの世から消えると思って下さいね。」
そう言うとトランクから白く輝く金属の剣を取り出した。
「お嬢様、お待たせしました。オーヴァルブレーズ(血に飢えた真珠の刃)でございます。」
そう言ってサンドラに恭々しく差し出した。




