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第三章 嵐の夜の祈り 1

今回はとても重い話で申し訳ありません。

しかしストーリーを進めていく上で外せない部分なので

書かせていただきました。

性的な表現が苦手な方はお読みにならないようにお願いします。

酒場での事件から2日経っていた。レントは再びハンニバルの家に戻り、1人で、時にはハンニバルと共に剣の稽古を黙々と行っている。

避けている訳ではないのだがサンドラに対しては愛を求めるような素振りを見せないようにしていた。

2つ、不便な事があった。一つは従魂を出す事が出来なくなっていた事。

カルビに言わせると極度の酷使により一種の筋肉痛の様な症状になり、その為一時的な休眠状態になっているらしい。

10日か長くても1ヶ月もあれば再び使えるようになり、その時は数段力が強まっているとの事だった。

もう一つはこの村でレントを知らない村人が1人も居なくなった事だった。

どこへ行くにも何をするにも人目に付いてしまう。

さすがにもう喧嘩を売ってくる様な若者は居なくなったが、遠巻きに怯えの目を向けられるのにはレントも閉口した。


夕立ではなく本格的な雷雨が降っていた。

窓の無い診察室で雨音を聞きながらカルテを見ていたアイリスが、小さくあくびをして振り返らずに言った。

「レントさん、そろそろ来る頃だと思ってたッス、」

そう言いながらカルテや薬品を片付け始めた。

診察室のドアには雨でずぶ濡れになったレントが立っていた。

濃紺に染めた長衣から雨水が滴り落ちる。

「なるべく人目に付きたくなかったんでね。」

そう言いながら長衣をハンガーにかけて壁に吊るした。

「僕が来るって判っていたなら用件もわかるね?」

「私を口説きに来たんスよね?」

一瞬目が点になったレントが慌てて手を横に振った。

「いやいや、そう言うボケは要らないから」

「本気だったんスけどねー。残念ッス」

「男を心底嫌って憎んでいる君が残念に思うのは、僕が口説いてきたら殺す口実が出来ると思ってるからかな?」

この言葉にアイリスが嬉しそうに薄く笑った。

「そうッス。レントさん鋭いッスね。」

「サンドラも君と同じように男を嫌ってる。そして憎んでいる。」

「名前を教えてもらったんスか。姉さんは本当にレントさんが好きなんスね。」

「ああ、彼女がそうやって心を開いてくれた事が僕にはこの上なく嬉しいよ。・・・・ただサンドラの心の底にある重荷をそのままに僕が愛を求めちゃ駄目なんだよ。」

「何でそんな話を私にするんスか?」

「君もサンドラと同じ物を背負っているからだよ。」

アイリスは黙ったままレントを見つめた。

やがて小さくため息をついてレントに言った。

「レントさんは馬鹿ッスね。そんなの知らないふりしてればいいんス。でもそんなレントさんを好きになった姉さんの気持ちはわかる気がするッス」

「僕は不器用だから身体を投げ出すことでしか信用を得る方法を知らないよ。本当にそれしか出来ないんだ。」

短い沈黙のあとでレントはアイリスに言った。

「そいつらは生きているんだろう?知っている事を全部教えてくれ。」

「・・・・やっぱり思った通りの用件だったッスね。」

アイリスは雨用のコートを羽織るとレントに言った。

「案内するッス。後悔はしないッスね?」

「しないさ。何もしなかった事の後悔よりは遥かにマシだ。」


雷雨の夜の林道を明かりなしでアイリスとレントは走っていた。

夜目が利くとは言え無謀な行動と言えた。

「レントさん申し訳ないッス、出来れば明かりをつけたりして人目につきたくないんスよ」

「ああ、気にしなくていいよ。雨は大好きだからね。カルビ、遅れずに付いてきてるか?」

「もっと早くても平気ですよご主人様。」

レントやサンドラのように普段から野山を駆けまわっているのならともかく、そうではない筈のアイリスの走りは少なからずレントを驚かせた。

「君にこんな事が出来るとは意外だな。」

「少し前まで姉さん達とこうやって走ってたもんッスよ。」

「・・・・・達?」

「そう、姉さん達ッス。サンドラ姉さんともう1人、仲良しで慕っていた人が居たんス。」

ぬかるんだ道を走りながらアイリスは続けた。

「私たちは3人とも精霊を宿したんスけど、フェイ・ワイズ姉さんが一番強かったッス。」

「ワイズ家の娘・・・・って事か。」

走り始めてから3時間ほど経った頃、切り立った崖の下に差し掛かるとアイリスが走るのをやめて歩き出した。

雨も遮られて快適に歩く事が出来た。

「このすぐ先に古い寺院のような石窟があるッス。」

「そこが目的地なのか?」

レントの問いにアイリスが頷いた。

石柱が立ち並ぶようになり、その先に大きな門が見えた。

アイリスは中に入ってすぐ横にあるランプに火を灯した。

そして手近の石に腰を下ろしてレントにも座るように促した。

「今から8年前、ワイズ姉さんが突然行方不明になったんス。当時は戦乱がこの村の近くにも来て、頼れる人は戦場に行って誰もいなかったッス。」

アイリスがつらそうに話し始めた。

「2人で方々を探したんスけど手がかりすら無かったんス。その時にサンドラ姉さんがワイズ姉さんの所に魂を飛ばすって言ったんス。禁忌魔法の中でも危険で使うことを禁じられてるんスけど、蔵書の中にあった魔道書を使って出来るはずだって言って・・・・」

「ああ、多分それは最上級の禁忌書だな。持っているだけで重罪になるたぐいの物だろう。」

指定されている禁書のランクでの灰色禁書、黒禁書、国家管理禁書、焚書指定図書などの中でも最上級の要消毒駆除指定図書に当たると言っているのだ。本が存在した事実そのものを無かった事にし、関連施設の取り壊しや関係者の収監、場合によっては一生牢獄から出られない者も居ると言う。

サンドラ達はその危険な本によって禁忌魔法を使おうとしたと言う事だ。

「サンドラ姉さんが詠唱を始めて1時間ほど経った時、突然体を痙攣させて気を失ってしまったんス。目を見開いたままで、意味不明な叫びを上げたまま動かなくなったッス。」

アイリスは来る途中で手にした草をもてあそびながらしばし沈黙した。

「姉さんが意識を取り戻したのは夕方ッス。突然叫び声をあげて飛び起きたんスよ。死んだかもしれないって思ってたッスから、ホッとしたッス。」

そう言いながらもアイリスに苦渋の表情が浮かんだ。

「サンドラ姉さんは剣を腰に差すなり家を飛び出したッス。私も遅れないように一生懸命に追いかけたッスよ。途中で何度も付いて来るなって言われたッスけど、これだけは従えなかったッス。」

アイリスが立ち上がってまわりを見渡した。

「そうしてたどり着いたのがここだったんス。この奥を20メートルほど行った所に石柱が立っていて広くなってるんスけど、そこにワイズ姉さんが居たんス。周囲にはワイズ姉さんの服が散らばっていて・・・・サンドラ姉さんが12歳、私が10歳だったッスけど、何をされたかはわかったッス」

聞いているレントの顔が苦しそうに歪んだ。

「私たちはワイズ姉さんの所に走って行ったッス。かける言葉もないッスけど、生きていればまたいつかきっと笑い合えるって思ってたッス。」

話しているアイリスの目からとめどなく涙が溢れた。

「でも・・・柱の影に倒れていたワイズ姉さんは、・・・・首が斬り落とされていたんスよ。」

アイリスが落ち着くまでレントは黙っていた。

何を言っても、いや、口に出した瞬間にその言葉は他人事になってしまう。

それがレントには耐えられなかったのだ。

言うとすれば俺が殺してやると言う約束だけだが、それすらも言わずもがなである。黙って殺しに行けばいい。それだけの事である。

だが・・・・・

「私はまだマシッス。サンドラ姉さんはワイズ姉さんの中から抜け出せないまま・・・・ワイズ姉さんと同じ苦しみを受けたッス。」

レントの背中がザワリとなった。

「暴力と死の恐怖に怯え、嘲笑され、陵辱され、首を刎ねられたッス。ワイズ姉さんが死んで初めて自分の体に戻れたって後になって教えられたッス」

そこまで言って、アイリスがレントを見つめた。

「レントさん冷静ッスね、よくある話で慣れてるんスか?」

「そう見えるか?」

レントは微笑んでみせた。

怒りが頂点に達して逆に氷のように冷静になっていた。

今は相手もわからず怒りをどこに向けたらいいのかさえわからない。

そんな時に怒り狂うのは負けた人間の八つ当たりでしかない。

むしろそこで怒りを発散させてはいけないのだ。

「アイリス、続けろ。」

低く吐き出されたレントの声にアイリスがビクリとした。

心情は分からないが少なくとも自分が感じたレントに対する不満がまったくの思い違いである事だけはわかった。

「既に男たちの姿は無かったんスけど、ここで複数回同じような悪さをしてる事が分かったんス、奥の葡萄潰しの窪みに何人もの死体が放り込まれてたんス。サンドラ姉さんが男達は8人、その内2人は精霊の騎士だったって教えてくれたッス。」

男達は8人。レントは頭に刻み付けるように心の中でつぶやいた。

「村の人たちに言えば逆に逃げられる可能性もあるし、それでは復讐にならないって姉さんが言ったんス。私もそう思ったッス。だからこの次に付近の娘を捕まえてここに来た時に始末をつけることにしたんスよ。」

「妙だな。サンドラは男たちの顔を覚えていたんだろう?何人か捕まえて仲間の居所を吐かせて殺す。そうすれば・・・・・あ!!」

「どうかしたんスか?レントさん。」

「アイリス、君だよ。サンドラは君にも復讐の機会を与えるために待ち伏せる方法を取ったんだ。僕が今言った方法だと1日、長くても2日のうちにやらないと逃げられる可能性があるし、単にあっさり殺すんじゃ復讐にならないからね。」

そこまで言った時、冷静だったつもりのレントの目から涙が溢れた。

サンドラはそこまで考えていた。

それだけの目に合わされながら、サンドラは平静を装っていた。

恐らくは間近でその男たちを目にする事もあっただろう。それでも機会を待って我慢し続けた。

アイリスの為に。

真の復讐の為に。

それがレントにはどうしようもなく悲しくせつなかった。

「あ、あの・・・レントさん、泣かないで欲しいッス。私まで悲しくなって泣きたくなってしまうッス。」

言いながらまたアイリスが泣き出した。

「僕は男だから、男の発想しか出来ないし殺す事を我慢するなんて出来ないんだよ。サンドラの苦悩を思っただけでこの身が焼かれるようだよ。」

泣いているレントの肩に優しく手が乗せられた。

レントが振り向くと雨に濡れたサンドラが立っていた。

そのまま肩からサンドラがレントを抱きしめた。

「・・・・・サ、サンドラぁ・・・」

レントはサンドラに抱きついて泣き続けた。

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