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第一章 (1)雨

 採掘場から処理所まで、コンテナに満載された鉱石はバッテリーカーで運ばれる。

人が小走りするぐらいのスピードでノロノロと進むのんびりとした感じが

レントはとても好きだった。

鉱山で働く者たちも、時折見かけるこの土地に住む者たちも

レントにとっては生き生きとして見える。

戦場での非情な目、絶望感をたたえた悲しい目とは全く違う世界であった。


 あの夜から3年の月日が流れている。

レントは鉱山の主任技師に、サリティは鉱夫頭となっていた。

処理場の手前にある採掘事務所の前でレントはトロッコを止め、

鞄から報告書を取り出す。

採掘量、アルム鉱の含有量、共に順調だ。


「レント、どうだ調子は?」


 事務所前で立っていたサリティがレントの肩に腕を回して言って来た。


「ああ、いい調子だよ。所長は中かい?」

「ああ。今日はソフィーが来るってんで所長室を掃除してるよ。」

「ソフィー?って、誰だっけ?」

「所長の娘だよ。ほら、あのかわいい娘だよ。」

「あー・・・そう言えばそんな名前だったっけ。」


 そう言いながらレントはある事に気が付いてサリティの顔をじっと見た。


「なぁサリティ、お前もしかしてソフィーって娘が来るのを待ってるのか?」


 レントにそう言われた途端にサリティは真っ赤になって黙り込んだ。


「なるほどね。頑張りなよ、僕も出来ることなら手助けするから。」


 レントはそう言って事務所のドアを開けた。

中に入ろうとしたが、不意に立ち止まってサリティに向き直った。


「今日はこの後で豪雨が来ると思うから作業は早めに切り上げてくれ。」

「こんなに天気が良いのに降る訳ねぇだろう。大体ここ10日ほど全然雨なんか降ってねえじゃねぇか。」

「それが降るんだなぁ。さっきから雨の匂いがするんだ。賭けてもいいよ」

「お前がそう言うんじゃ降るんだろうなー、よしわかった。午後の掘削分が終わったら今日は全員引き上げさせよう。」

「うん、そうしてくれ。じゃあ僕は所長に報告書を出してくるよ。」


 廊下の突き当たりに所長室と書かれたドアがあり、中から機械を破壊するような音や書類をメチャクチャに引っ掻き回すような音が聞こえる。

レントが軽くドアをノックするとひときわ大きな衝撃音が響いた。

やがて小さな声で入りたまえと言う所長の声がした。


「失礼します。」


 様子を伺いながらレントが入ると息を切らしながらも威厳を装う所長のブーメンが椅子に座っていた。


「ああ・・・なんだ・・・・レントか・・・・」


 言いながら机に突っ伏した。かなり疲労しているようだ。


「やれやれ、娘のソフィーが来たのかと思ったよ。今度からはノックじゃなくて声をかけてくれ。心臓に悪くてたまらんよ。」


 ブーメンが椅子の背もたれに寄りかかると同時に後ろの書類棚の扉が音を立てて開いた。そして雪崩のようにエッチな本やデータディスクがブーメンの頭にドサドサと落ちてきた。


「所長・・・・処分するとか言って増えてるじゃないですか。」


 レントは机の上にある本やディスクを腕で拭き取るように薙ぎ払うと、鞄から報告書を出してブーメンの前に置いた。


「こっちの方は僕が片付けますから所長は報告書に目を通して下さい。」

「あ、それはまだ見てないからこっちの引き出しに・・・・」

「所長!仕事を優先して下さい!!」


 本を片付けているレントを気にしながらもブーメンは報告書に目を通す。

だが急にせわしなくページをめくり始めた。


「驚いたな・・・・レント、一体どんな魔法を使ったんだ?アルム鉱石の含有量がまた上がってるじゃないか!」

「たまたま運が良かっただけですよ。僕が魔法なんか使える訳がないじゃないですか。まして直接お金に関わる事で魔法を使うなんて有り得ないですよ。」


 欲に目がくらんだ魔法使いの末路など悲惨なものだ。

生まれながらの素質とつらい修行の果てにやっと才能を開花させても欲に目がくらんだらもういけない。

たちまち魔力は失せてしまい、後に残るのは只の欲深い小悪党である。

時に例外として呪術系の外法を行う魔法使いも居るがごく稀な存在である。

レントが所長に言ったのはまさにこの事であった。


「ワシも使えん所長だがそれなりにプライドはあるよ。だが君に現場を任せてからのアルム鉱の採掘量はワシの5倍以上だ。」


 片付けをしながらレントはまたかと言う顔をしてしまう。本当に良い人なんだけどこのグチさえ無ければなぁと思う。


「ワシだって頑張っておるのだ。だが目をつけた鉱床はことごとくアテが外れるし、作業員は君の方に頼っとる。最近は娘のソフィーも冷たいしカードゲームも負けが込んどる・・・・・」


 尚もグチを言い続ける所長にレントは声をかけた。


「あの・・・・・所長。」

「いや、いいんだよレント君。ワシは無能でエッチな本を見るぐらいしか楽しみの無いつまらない男なんだ。」

「いえ、その事ではなくてですね・・・・先程からソフィーさんが来てるんですが・・・」

レントの横にファウンランドの中央都市から来たばかりのソフィーが立っていた。

「え?」


 状況が分からずに呆然としているブーメンにソフィーの言葉が突き刺さった。


「最低!このエロオヤジ!!」


 そう言うと荒々しくドアを閉めて走り去っていった。


「あぁ・・・ソフィー・・・誤解なんだ・・・・ふぅ・・・」


 誤解ではなくそのままの真実だった。


「なぁレント君、男手一つで育ててきたが片親ってのは良くないのかねぇ?」

「率直に言ってエロ過ぎて奥さんに逃げられた時点でダメだと思います。」

「それは言い過ぎだろう。確かに本当の事ではあるが・・・・・」

「まぁともかく」


 レントはソフィーが置きっぱなしにした鞄を持ち上げた。


「荷物を届けに行ってきますよ。そして出来る限りの弁護をしてきます。」


 本当は弁護のしようなど無いのだが

所長を落ち着かせる為にレントは敢えてそう言った。

気休め程度の言葉をかけてもブーメンはウジウジとしている。


「だがソフィーはワシを許してくれないかも・・・・」

「大丈夫ですよ。友達と一緒に遊ぶよりも所長と一緒に居る事を選んでいるんですよ。」

「そ、そうかな?」

「そうですよ。ちょっとびっくりしただけで本当に怒ってる訳では無いと思いますよ。」

「そうだよな、たった1人の父親なんだものな、うんうん。」


 本当はもう1人新しい父親が居るのだが、せっかく気持ちが落ち着いてきたのにわざわざそんな事を言う事も無いだろうとレントは思った。


「ところでレント君はソフィーの事をどう思うかね。」

「どうって・・・・単に所長の娘さんだと思ってますが。」


 レントの言葉を聞いてブーメンは両手を上に上げて肩を竦めた。


「君は本当にソフィーがワシに会いにこーんな山の中へ来るんだと本気で思っておるのか?」

「え?違うんですか?」

「ああ、違うね。あいつは君に会いたくて来てるんだ。」

「ええ?・・・・いや、ちょっと待ってください。・・・・えええええ?」


 改めて考えてみるとレントには思い当たる事が何度もあった。いや、もしかしたら勘違いかも知れない。とりあえず勘違いだと思うことにした。


「なぁレント君、若さ故の過ちは良くないぞ。だが男は責任と言う物を考えた上なら許される事も色々あるとワシは思っとる。」

「奥さんにも許してもらえなかった人の言葉とも思えませんが・・・・」

「ちょっ それを言うなよ。」


 尚も言い募る所長に背を向けるとレントはソフィーの鞄を持ち上げるとドアの外に出た。そして後ろを振り向くと確認するように言った。


「責任と言う物を考えた上なら許される事も色々あるんですね?」

「え?ああ・・・・そうだ。」

「その言葉、僕の心に強く響きました。ではこれで失礼します。」


 レントはドアを閉め、深くため息をついた。

今まで女性と付き合った事も好きになった事もないレントにとっては単に煩わしいとしか思えないのだ。

自分の机に鞄を置き廊下を通って外に出ると・・・土砂降りの雨が降っていた。


「雨だ。雨だ雨だー!うっひゃー」


 叫ぶなりレントは服を着たまま雨の中に走り出た。


「ひゃー、気持ちいいー!」


 ずぶ濡れになって雨を浴びる。

10分ほど経った頃レントはサリティの呼ぶ声で我に帰った。


「レント、お前またかよ。スコールの降る所の出身はこれだからな」

「ああ、ついふらふふらと、悪い悪い」


 またやってしまったと思いながら照れ臭そうにレントは笑った。

軒下まで行くとレントはソフィーの鞄を部屋まで持って行ってくれるようにサリティに頼み、そして一言添えた。


「所長が言ってたんだが・・・・ソフィーの事だ。責任と言う物を考えた上なら若さ故の過ちも許される事もある。そう言ってたよ。」


 サリティが何を言ってるんだ?という表情になる。


「だからさ、頑張れよ。この鞄を持っていきながら・・・・ぶつかってこいよ。」

「え?お、おう。・・・・・よし、行ってくるわ。」


 言うなりサリティは鞄を持つと真っ赤な顔をして走っていった。


「さてと・・・・」


 レントは処理場までバッテリーカーを移動させ、空のコンテナを坑道に走らせた。

(結構雨が強いから排水ポンプも一応回しておくか・・・・)

坑道に着くと作業員はもう一人も残ってなかった。

サリティの指示もあったのだろうが雨が流れ込んで来たので早々に切り上げて宿舎に戻ったのだろう。

鉱山上部のポンプ室へ丸太を組んで作った階段を登っていく。

ふとレントが足を止めた。

鈴の音が聞こえた気がしたのだ。

鈴の音と口笛は山を崩す。迷信だろうが古参の鉱山夫からそんな話は何度も聞かされてきたレントには山崩れの予兆か?と思った。

だが、登るにつれはっきりと聞こえるようになってきた。

ポンプ室を回り込んだ奥の平地のあたりだろうか。

ゆっくりと階段を登り建物の影から様子を伺う。

何かが跳ねている。2匹のケモノがじゃれ合っているようだ。

鈴の音がシャリン シャン シャリンと耳に心地いい。

しかしこんな雨の中で跳ね回る動物と言うのも珍しい。

レントはそーっと近付いて行った。鈴を付けてると言う事は人に飼われていると言う事だ。おそらく山の民の飼っている家畜か何かが迷い込んだのだろう。

50メートルほどの距離まで近づいた時にそれが1人の女性である事がわかった。

鈴の音だと思ったのは飛び跳ねる女性の装飾品がぶつかり合う音で、

2匹の、つまりもう1匹居ると思ったのは、その女性の極彩色の刺青だったのだ。

美しいと思った。

その刺青も踊りも、そして彼女も。

同時に直感した。彼女も自分と同じように雨を喜んでいることを。

レントはゆっくりと彼女の近くまで歩いて行った。

そして水浸しになっている地面に腰を下ろした。

彼女の歳はレントと同じ20歳ぐらいだろうか

この雨が降ってるのが嬉しくてたまらずに踊っているのだった。

目の錯覚なのか時おり刺青が体から浮き上がって動いてるように見える。

クセのある金髪に雨粒が真珠のように連なり、白い手足はまるで水の中の魚のように美しくスイングしている。

この山の神が雨を喜び人の姿となってこの草原に現れたのかもしれない。そう思えるほどに彼女の姿は神々しく美しかった。

やがて雨足が弱まり空が明るくなってきた。

彼女は両手を広げて空を見上げる。雲の切れ間から天に昇る階段のように陽が差し込み、彼女を照らした。

レントは動けなかった。

何故だか息が苦しくて胸の中に不安に似た異物を感じた。

それは初めての経験であった。

そして彼女から目をそらすことが出来なかった。

ただ石になったように彼女を見つめていた。

上を向いていた娘がすっとレントの方へ顔を向けた。


「お前は平地の者だな、こんなところで何をしている?」


 レントは答えられない。動くことさえ出来なかった。

娘は首をかしげてレントの前に立った。


「お前、私の事をずっと見ていたな。なぜだ?」

「・・・・き・・・・・きれいだったから。女神様かと思って・・・・」


 レントの言葉に娘が取り乱した。


「へ、平地の者は口が上手いな。娘と見れば誰にでもそう言ってるのであろう?」

「言ってない!今初めて言ったんだ!!」


 大声を出しながらレントはいつの間にか自分が立ってる事に気がついた。


「そ、そうか・・・だが・・・・」


 言うと娘は自分の刺青をレントの方へ突き出した。


「これがきれいに見えるのか?恐ろしくはないのか?」

「すごくきれいだよ。それに君も女神様のように・・・・・あ!!」

「うん?どうした?」


 顔を真っ赤にしたレントに娘が問いかける。が、レントは答えない。


「今あ!って言っただろう。何だ?答えろ!」

「いや・・・えっと・・・・言えません。」

「早く答えんか!」


 そう言って娘はレントのえり首を掴んだ。


「あ・・・あの・・・・」

「うん、何だ。」

「僕、あなたに一目惚れしちゃったみたいです。」


 言われた娘も真っ赤になる。


「バババババ、、、バカな事を言うな。」

「しかもごめんなさい。初恋です。」


 言ったレントも言われた娘もどうしていいのか分からず沈黙が流れた。

不意に娘はえり首を離した。顔が近すぎて照れてしまったのだ。


「とりあえず落ち着こうか。悪いが今までこんな告白の仕方をした男を見た事がなくてな。殴り飛ばす気にもなれんのだ。」

「あ、自己紹介がまだでした。僕、レント=オルフィスって言います。」


 そう言ってレントは手を差し出した。


「私は・・・イリア村のものだ。名前は言えない。」

「え?どうして?僕が何か悪い事をしたから?」

「そうじゃない。結婚前の娘は名前を名乗ってはいけないのだ。」

「・・・・そうなんだ。」

「私の事はフェイと呼べばいい。フェイ=ザルドス、ザルドスの娘と言う意味だ。」


 そう言ってフェイはレントの手を握った。


「お前は変わっているがいいやつだな。では縁があったらまた会おう」

「・・・」

「・・・手を離してくれないと私は帰れないんだがな。」

「あの・・・もう少しの間だけでいいから一緒に居て欲しいです。」

「・・・そうか、わかった。少しだけだぞ。」


 2人は手を繋いだまま陽が傾くまで会話もなくじっと立っていた。

お互いに言葉など要らなかった。互いの気持ちを確かめるように時々目を交わすだけで良かった。夕日が沈みかけ山の稜線を照らしている。


「本当に、もう帰らなくてはいけない。レント、お前の気持ちは良くわかった。お前の手からお前の気持ちが流れてきた。」

「僕にもフェイの気持ちが流れてきた気がする。ありがとう。」

「・・・・手はまだ離してくれないのか?」

「さよならがしたくなくて・・・・・・」

「お前は私を困らせても一緒に居たいのか?自分の気持ちを押し付けて私の気持ちはどうでもいいのか?」


 言われてレントが仕方なさそうに手を離した。


「ごめんなさい。」


 謝るレントの肩にフェイは手を置いて首を横に振った。

怒ってはいないと言う意味だ。

その時レントは自分でも驚く行動をした。

そのままフェイを抱き寄せてしがみついてしまったのだ。

瞬間レントはフェイに頬をぶたれた。さらにこぶしが襲いかかってきた。

倒れたレントをフェイが怒鳴りつける。


「調子に乗るな!バカ!」


 そのままそっぽを向いて10歩ほど歩いてフェイは立ち止まった。

ゆっくりと振り返ってレントに言う。


「・・・いきなりそんな事をするな。私にだって心の準備ってものがあるだろうが。」


 フェイはそう言うと疾風のように駆けていった。

野のケモノでさえ追いつけないような速さで山々を駆け抜けた。


 翌日レントは所長に呼び出された。

所長室に入るなりブーメンは深刻な顔でレントに言った。


「どちらが悪いにせよ、現場の主任技師と鉱夫頭が殴り合いの喧嘩をするなど、とんでもない事だ。」


 いきなりのこの話が理解出来ないレントがふと横を見ると椅子にサリティが座っていた。どういう事だと言おうとしたレントの方を向いたサリティの顔が痣だらけになっていた。しかも小さな手のひらの跡が付いている。

サリティもレントの顔を見て目を丸くした。


「ぷぷぷっサリティー!何だその顔!」

「レント、お前こそ、ぶははははは」


 お互いの顔を見て笑い合う2人にブーメンが怒り出した。



「バカモーン!君たちは反省する気が無いのか!!」

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