表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/183

第二章 魔王の宴 5

ハンニバルは周囲に立ち込める恐ろしい、そして悪意に満ちた気配に気分が悪くなっていた。

「ここより先、私の屋敷まで皆避難するのだ!けが人や病人を優先させろ、急いで運ぶのだ!」

指示により配下の者たちが避難誘導をする中、数人の村人がハンニバルに歩み寄った。

「むらおさ、先ほどお嬢様が泣きながら参りました。そして・・・・」

村の中心部を指さした。

「あちらへと歩いて行ってしまわれました。」

「この気配のする方向か・・・」

この先にレントが居るのだろう。

そして何らかの異変が彼の身に起きているのだろうとハンニバルは思った。

「むらおさ、誰か来ます。」

見ると、ある者は支え合い、ある者は這いながら5,6人の男たちがよろよろとこちらへやって来る。

「お、お前たちは・・・・」

「む、むら・・・おさぁ・・・・」

「この先で何があったのだ?お前たちなら何か知っておろう。」

白髪の呆けた老人たちに問い質すと、両耳の無い老人が答えた。

「むらおさ、すべて私が話します。こいつらは安静にさせてやってください。」

「わかった。誰か!この者たちを安全な場所まで運ぶのだ。」

指示を出し老人に向き合う。

「まずはお前の名前を聞こうか。一体何があった?」

「むらおさ、何を言ってるんです?バーガンディのサムです。」

「サムだと?からかうんじゃない。サムは・・・サム?本当にお前なのか?

どうすればそんな風に変わり果てた姿になるのだ・・・」

「すべてお話します・・・いや、聞いてもらわないと気が狂いそうです。」


フェイは既に歩く事が出来なくなっていた。

気持ちとは別に、身体が前に進む事を拒否しているのだ。

それは原初的な恐怖とでも言えばいいのだろうか。

知性のある生き物としての正常な反応と言ってもいい。

鳥獣のたぐいでさえも怯えて逃げ出す気配に、人としても野生に近いフェイには本来耐えられないほどの恐怖感なのだ。

だが、それでもフェイは膝をつきジリジリと前に進んでいった。

(この先にレントが居る。だから何があっても行かなくては・・・・)

その思いだけがフェイを前へと進ませていた。

膝が切れて血が流れ出す。だが、止まらない。

血と泥にまみれながら、泣きながら、それでも止まる事無く進む。

(この痛みと恐怖が私の罰なのだ。償いなのだ。そして私は裁きを受けにレントの元へと行かなくてはならないのだ。)

重い樫の木のドアを押し開けて、フェイはバーに入った。

そしてそのまま這いながら進んだ。

床のあちこちで黒い影のような子鬼や得体の知れない獣が踊るように駆け回り、跳ね回っている。

そしてその先に『それ』は居た。

闇色をし、擬人化した巨大な猛牛。捻れた角は天を向き、鰐のような尾が揺れている。カウンターに向かい座っていた『それ』が振り向いた。

蒼黒い息を吐き、凶暴な獅子のような顔をし、その目は大きく見開かれ、そしてその大きな紅い目から赤黒い涙が流れ、涙によって顔に四筋の溝が刻まれていた。

その目を見た時、フェイは恐怖を忘れた。

「レント!!」

そう叫ぶと走り寄り、『それ』に抱きついた。

カルビが静かにそれを見ていた。

『それ』の身体に渦巻く従魂はほんの一筋だけ輝きを残していた。

これが全て闇色に染まっていたら魔神に変貌するだろう。まだ確定ではないのだ。

変貌していただろう。ではないのだ。

どっちに傾くか、カルビ自身にもわからない。

フェイを引き裂く可能性もある。雄叫びをあげて怒りを爆発させる可能性もある。

どちらの場合も魔神に変貌するだろう。

膝にしがみついて泣いているフェイをじっと見下ろしていた『それ』が口を開いた。

「何をしに来た。」

「わからない!あなたにとにかく会いたかったの。」

「離れろ、血でお前の服が汚れる。」

「そんな事どうだっていい。離したくない!」

床で踊っていた影たちが我に帰ったように動きを止めた。

様子を伺うように近付き見守っている。

従魂の交差する渦には先程までの轟音も禍々しさも無くなってきた。

「フェイ、俺の体を見ろ。真っ黒で禍々しい悪魔のようなこの体を」

「それだってどうでもいい。レントならそれでいいの。」

「・・・・だが俺は・・・・」

フェイはレントを見上げた。

「私はひどい女だわ。涙で顔に溝が出来るほどあなたを悲しませてしまっ

た。・・・ねぇレント、お願いがあるの。」

「おね・・・がい?」

「私はあなたと愛を交わすのが怖かった。怖くてついルネアの申し出を受けてしまったの。」

そう言いながらフェイは腰の剣をゆっくりと抜き放った。

そのまま刃を喉に当てた。

「これが私の償い。命と引き換えにあなたを侮辱してしまった事を許して欲しいの。」

少し言葉を切ってフェイがちょっと嬉しそうにわらった。

「あのね。私には確信があるの。私は何度でも生まれ変わってあなたと出会うの。そして何度でもあなた1人だけを愛するの。」

レントの大きな手がフェイの剣と手を覆った。

そのまま剣をそっと受け取ると床に置いた。

肩を震わせているフェイを抱き寄せると耳元で囁いた。

「死んで償える事じゃない。これから君は一生僕の傍で生きて行くんだ。」

レントの言葉にはじかれたようにフェイが大声で泣きだした。

「いいの?レント、本当にそれで許してくれるの?」

「もちろんさ、さぁ、せっかく2人っきりで酒房に居るんだ。何か飲もう」

「ええ、いただくわレント」

レントの毛むくじゃらの手も、角も元に戻っている。

カルビがそれを見てちょっと残念そうな顔をした。

(既存の私の知っている魔神じゃなかった。あれほどの力を持った魔神が世に出たら世界は震撼するでしょうに。残念だわ。)

「カルビ、お前もこっちに来て飲め。」

レントの声に誘われて小皿に入れてある酒をチビチビと舐めた。

と、突然店の玄関先でギターを奏でる音が聞こえた。

シカとナノが、そしてその後ろにはフロアマネージャーのボビーが怯えて立っていた。

「今日は私たちツインリーフのステージを見に来てくれてありがとうございます。本日最後の曲で魔法の鏡、聴いて下さい。」

「君たち・・・・・」とレントが、

「あなたたち・・・」とフェイがつぶやいた。

「ギャラ泥棒って言われたくないからね。さぁ、ボビーさんも座って聴いてちょうだい。」

そう言うとシカはギターをかき鳴らした。


むかしむかしの物語

王子は王女に恋をした

王女は王子に恋をした

それでも2人はお互いに

嫌われてると思ってた

ある日インチキ道具屋が

魔法の鏡といつわって

豪華な枠に嵌め込んだ

ただのガラスを売りつけた

これは真夜中12時に

好きな相手を映し出す

魔法の鏡でございます

さっそくその日の真夜中に

王子と王女は向かい合い

互いに愛を告げていた

東の空が白むとき

2人はペテンに気付いたが

インチキ道具屋はお咎めなしさ

結婚式にまで呼ばれる始末

今では王子は王様に

王女は王妃になったとさ

これは幸せの魔法の物語り

とても素敵な魔法の物語り


「レント、素敵な曲ね。私いま凄くしあわせだわ。」

「僕もだよフェイ」

「見て、窓の外。東の空が明るくなってきてる。」

「まるでこの歌のようだね。」

「大好きよレント」

「僕も大好きだよフェイ」

レントの言葉にフェイは首を横に振った。

「これからは私の事を名前で呼んで欲しいの。」

そう言ってレントの手のひらに指で文字をなぞった。

「あなたが私の名前を初めて言う人よ。ねぇ、言ってみて」

レントは照れ臭そうに言った。

「愛してる。大好きだよサンドラ」

「私もよ、大好きよレント」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ