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第七章 天空のエデン 10

 ベイツは宿舎に戻った後、すぐに馬車の手配を部下に命じた。

バルザーニ王の言葉を何度も思い出しながら尚、自分の取るべき道が見えずに居た。

このままヂキール王国に戻り王の計画を実行するか、または全てを投げ出して逃げるか。どちらにせよこのままここに居続ける事は出来ない。早急にここを立ち去り、そして・・・果たしてどうすべきなのか。


「ベイツ様、馬車の用意が整いました。ご命令通り早馬の4頭立てです」

「そうか、では出掛けるとするか。御者2人だけでよい、護衛も伴走も要らぬ。お前たちは変わらず私が居るかのように振る舞い続けろ」

「かしこまりました」


 ベイツは馬車に乗り込むと、急いでヂキールへ向かうように御者に命じた。身を隠すにしろ取り敢えずは本国で財産を金や宝石に替えなければならない。

座席に深く身を沈めると、流れゆく景色を眺めながらベイツはひとりごちた。


「あんな兵器とも呼べないような代物に国の命運を賭けるなどバカげている」


 窪みの多い道ではゆっくり走るよりも速く走ったほうが車輪に対する衝撃が少ない。ガタガタと揺られながらもいつしかベイツは眠りに落ちた。

どれほどの時間が経ったのか。まだ夜も明けぬ中、ベイツの目に鋭い光が差し込んだ。

馬車が停止して松明の炎があたり一面を照らしている。


「どうした?何があった?」

「わ、わかりません。何がどうなっているのか、いきなり取り囲まれました」

「見たところ野盗のたぐいではなさそうだな」


 馬車を白装束に白頭巾の集団が取り囲んだ。

そしてその中央に髪をピンク色に染め、ピンク色のドレスを着た少女が立っていた。幼くあどけない顔とは裏腹に体のあちこちに異様な、ムカデのような形に肉が盛り上がった傷があった。


「初めましてベイツ首席大臣。私、ファウンランド王国の査問長官でバニラと申します。少しお伺いしたい事がありますのでご同行願えますか?」


 バニラと言う名前にベイツが戦慄した。ケルベロスの異名を持つ女、悪名高きファウンランドの鬼の拷問官の噂はベイツもよく聞いていた。


「伺う?・・・この私に何を聞こうというのですか?」

「情報よ」

「情報ですか。・・・それで?私の身分を知った上で拷問にかけるおつもりですかな?」

「無論そのつもりよ。でなければ名乗る事などしませんわ」

「国際問題になりますぞ?」

「承知の上よ」


 ベイツの背中にドッと冷や汗が流れた。この娘の想定には自分を密殺するまで含まれている事を悟ったのだ。


「ヂキール王国の国土の約半分を割譲する決定が為された直後に・・・」


 そう言いながらバニラが右手を軽く上げると白頭巾の1人が恭々しく漆黒の杖を差し出した。杖の穂には小ぶりの醜悪な顔が取り付けられ、鼻や口から赤黒い液体がドロドロと流れ出ている。


「・・・そのヂキール王国の首席大臣が最小限の供廻りで単身速駆けの馬車で帰国するのは・・・凄く怪しいわ」

「怪しいというだけで攫って拷問にかけるつもりか?」

「ベイツ首席大臣、あなたバルザーニ王から密命を受けたわね?」

「そんな質問に私が答えると・・・」


 ベイツの言葉を遮るように突然杖に付いている頭が叫びだした。


「殺してくれ!ベイツ様、頼む!俺を殺してくれ!!」

「うるさいわよノイマン、少し黙りなさい」


 ノイマンと言う名前に驚いてベイツは杖の顔をまじまじと見つめた。

2年ほど前に失踪したヂキール王国近衛兵団の団長、筋骨隆々の巨漢ノイマンの面影がそこにはあった。


「まさか・・・ノイマンなのか?」

「ふふふ、そうよ。せっかくだから対面させてあげようと思って連れて来たの」

「いったい彼をどうやって・・・いや、違う!なぜ彼にこんな仕打ちをしたのだ!」






「なぜですって?野暮な事を聞くわね。彼に欲情したからに決まっているじゃない」

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