第七章 天空のエデン 9
レントたちがヘルプラネットに降り立って1週間になろうとしていた。
予想外の豪華な料理に舌鼓を打ち、口当たりの良い酒を飲む。
サンドラやルネアは機械人形と一緒に料理を作り、クロロを始めとする旅団メンバーたちは馴染みの無い、しかし興味深いスポーツに興じた。まさにちょっとしたご褒美とも言える日々を過ごした。
肌触りの良い寝具で眠り温かい食事を食べ、大いに語らう。
レントは夕刻になるとアスタクリス王女の元へ出かけてはエリクシアとして王女の話し相手をするのが日課となっていた。最初は疑わしそうに見て一緒に付いて来ていたサンドラも今ではルネアのお供さえ無しでレントを送り出すようになっていた。
「では今日は羽衣蛙の話をしましょうか」
「羽衣蛙、懐かしいわね。あの蛙、私が衰弱死した後でちゃんと抜け出してきたの?」
「ええ、逃げようとするのを私が飲み込みました」
「まぁ、エリクシアらしいわ。でもそれだとあなたも私のように衰弱死したんじゃないの?」
「結果的に言うとまぁそうなんですが、実は財宝病の治療法を見付けました」
「興味深いわね。どうやって治したの?」
「餓死、いやむしろ渇死が目の前まで来た時に雨が降りました。堤防で雨に打たれていると羽衣蛙がひょっこりとその姿を現して、雨粒に飛び乗ってぴょんぴょんと空へと駆け上がって行ったんです」
「あら、聞いてみると案外と単純な方法だったのね。それを聞いて安心したわ、あなたまで衰弱死したのかと思ったんですもの」
「実はそのまま堤防で衰弱死しました。元々そのつもりでしたし王女の居ない世界に生きていても仕方ないと思ったものですから」
「エリクシア、あなたって本当に仕方のない人ですね」
「はい、私もそう思います」
レントたちがヘルプラネットでの暮らしを満喫している頃、ファウンランド郊外のヂキール王国賓館ではバルザーニ王が重臣のベイツと密談を行っていた。
苛立たしげに葉巻をねじ消しながら意を決したようにバルザーニが言った。
「私は決めたぞベイツ」
「何を・・・でございますか?」
「あのヘルプラネット、いや、あのアスタクリスと言う機械人形を破壊する」
「土地の割譲で戦が避けられるかも知れぬ状況下で突然なにをおっしゃるのですか」
「その土地が問題だ。どこでもいいから土地を恵んで欲しいと言うならまだしも、首都を含む我が国の国土の約半分を寄越せと通告して来た上に、命令には絶対服従せよと来ている」
「キュプ王国もかなりの土地の割譲を通告されていますし、それは今後の各国代表の話し合いなりで折衷案を見い出すと・・・」
「折衷案だと?だが土地割譲の通告にファウンランドの土地は入っていない。それが我慢ならないと言っているのだ」
「不公平感は分かりますが、そんな事を言っても始まらないでしょう」
「そもそもが機械人形ふぜいに我々の生殺与奪の権を握られるなど我慢できる訳がなかろう!」
「そうは言ってもどうやって破壊すると言うのですか」
「ホワイトファング、我々にはあの白い牙があるではないか」
バルザーニの言葉にベイツがビクリと肩を震わせた。
「あれは目的も用途も不明な遺物です」
「だが牙の範囲の中にある物は総て灰燼に帰す。それこそが重要な事ではないか」
「しかし、・・・しかし仕損じたら?」
「その時はファウンランドの艦隊が守ってくれる。その為の同盟ではないか」
「ですが、我が国から戦争を仕掛けたとあっては果たして動いてくれるかどうか・・・」
「つべこべとうるさいぞ!お前は誰に物を言ってるつもりだ。この国の王は私だ!国土を広げたのも私の祖先だ」
「民あってこその国です。あなたはかつての王が国を守るために耐え忍んだ恥辱や戦争で王国のあちこちが焦土と化した歴史をお忘れですか」
「おのれ、家臣の分際で私に意見をするか!」
バルザーニは灰皿を掴むとベイツに投げつけた。ベイツは灰皿の当たった額を押さえてうずくまった。押さえた指の間から血が流れ出ている。
「ベイツ、お前は仕損じた時の事ばかり言うが考えても見よ。上手く事が運んだらあのヘルプラネットが丸ごと我々の手に入るのだぞ」
「ヘルプラネットを・・・我が国が、ですか?」
「そうとも。戦勝国が戦利品を手にするのは当然の事だ。それについては他国にはつべこべ言わせん。いくら遺物の艦隊を備えていようとファウンランドも例外ではない」




