序
この世に生を受けて早250余年、アモンはこれほどまでに立て続けに命の危機に瀕した事など無かった。
まだ若かりし頃、スピカ師の修業中に幾度か命を落としかけた事は確かにある。
だがそれはあくまでも比喩的な物で、本当に死に至る試練を受けさせる訳ではないし、とことんの所では必ず救いの手を差し伸べて貰えた。
ではなぜ今こんなにも命が脅かされるのか。魔道書を盗み出し、スピカ師の許から逃亡を果たした日からアモンは常に狩る側だった。自分を脅かす存在などほんの少しの例外を除いては存在しないと確信していた。
長い年月をかけて錬磨した魔法はほんの数秒もあれば発動させる事が可能になり、威力も桁違いに上がった。
同じ魔法を通常の魔法使いが行う場合、2時間以上もかかる上にその威力もアモンの10分の1ほどしか効力を発揮しない。こと魔法に関して言えばこの世界の中でも10指に入るであろうと自負している。
そんな自分が命を脅かされる。いったいなぜなのかと考えるうちにレントと言う若者に思い至った。
それと同時にかつてスピカ師が、まるで自分自身に言い聞かせるように語った教訓をも同時に思い出した。
スピカ師が居を構えていた村に無謀な盗賊が石斧と棍棒で襲いかかって来た時だった。
魔法を使うわけでもなく、庭の柵を引き抜いて盗賊数人を無造作に叩き殺した時、怯えて震えているアモンの耳につぶやきが漏れ聞こえた。
「師匠、運命の刺客とは?何の事ですか?」
「ああ、つい口から出てしまったな。まぁ寿命以外に死を運ぶ物の総称だと思えばいい。大概は人だがまれに何十年何百年と特定の者の死を待ち受けている物もある」
「師匠にとってこの盗賊がそうだったと言うのですか?」
「いや、そうじゃない。元々殺すつもりの無かったこの者たちの異形の仮面が死を確定させた」
「この丸い口と目の仮面が・・・ですか?」
「ああ、私の忌み嫌う邪神教の仮面だ。お前と同様でおそらくどんな意味合いを持つのかなど知らずに身に付けていたのだろうがな」
「いったいどんな意味合いの仮面なのですか?」
「今では知る者も稀な太古の邪神を模した代物だ。その意味合いをお前が知る事に意味は無い。だがこの者たちはそのせいで死んだ。よくよく運のない者だと思う反面、必然の運命によってここで今死ぬ事が決められていたとも言えるな」
「偶然ではなく必然の運命・・・ですか」
「この者たちは私の顔を見た瞬間、抗えない運命を理解した顔をしていた。そして今日ここで私に殺される運命だった事に諦めた」
「自分が死ぬ運命が定められて、しかもそれを悟って受け入れるなど私には信じられません」
「ならば命の消える瞬間までお前は抗え。恥も外聞もなく逃げ、抗い生き永らえて、運命の牙から一歩でも遠くへと逃れよ」
あの時のスピカ師の言葉は理屈ではない。自分の生命の終わりが分かった上で、ロバのように死に従順になるか王虎のように死に抗うか、運命の綻びを突き広げるか繕い窄めるか。
そもそも自分は己の死を悟る事が出来るのか?
とりとめもなく浮遊する思考がドアのノックの音で遮られた。
「入れ」
「失礼します。イルケル王、ファウンランドのハイネルド王より軍費と兵糧輸送の依頼が参りました」
「依頼・・・か。命令と同じだな」
「ですがあのヘルプラネットと戦えるのはファウンランドの古代兵器のみですし、何よりも彼の国に侵略戦争を起こし敗退した以上、どんな無理な要求と言えども断れませぬ」
「わかっている」
そうだ、ここにも居た。
精神を潜り込ませようとしたあの時、あまりの威圧感に自ら膝をつき顔を地面に押し付けてしまった記憶がアモンの脳裏に蘇る。異国の庭園に住み人とも思えぬような光を放つ人間。
そうだ。この男も正面から戦う事を避けるべき敵だ。
だが自分は何度も死地を脱し、奴から逃げ延びた。しかも教訓と知識を得ながらだ。
いつか必ず雪辱を果たす。レントにも、ハイネルド王にもだ。
それまでは耐えなければならない。例えそれがどんなに屈辱的な事であろうとも。
アモンは絞り出すような声で命じた。
「良いようにせよ」




