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第六章 邂逅の獣 30

長らくお待たせいたしました。

これにて邂逅の獣篇は終了となります。

次回より新章突入となりますが遅筆のためストレスをおかけすると思います。

これからもレントの冒険を温かい目で見守っていただけると幸いです。

 呆れ顔で眺めていたアマイモモがテーブルにカップを置き、指をひと振りすると2人の周囲が平原へと変わり、海も防波堤も、跡形もなく消え去ってしまった。

周囲の変化に気付きもせずに殴り合いをする2人を見て溜め息をつくと紅茶をひとくち啜った。


「まったく業の深い者たちだ。もはや何も言わん、好きにするがいい」


 そうは言いながらも互いに1歩も引かぬ戦いに改めてレントの非凡さに目を瞠った。


「堕天した身で言うのもどうかと思うが、自らの身を以て罰や殺戮を行う我ら悪魔と人を介して罰や殺戮を行う端神や天使とではそもそもの戦いに対する姿勢が違う。例外として自ら戦う軍神など居るがお前たちに比べたら格段に下だな。聞いているかスミス?」

「聞いてますとも。それは最高の褒め言葉で・・・ぐはっ」

「そうだ。私はお前を褒めているのだよ。だがそれ以上に人の子のレントがまったく引けを取らずに戦っている事に驚きを隠せないのだ。レントよ、君はオルトロスを殺し、今また上級悪魔のスミスをも倒す可能性を秘めている。いったい君はどこまで強者の高みに登るつもりなのだ?」

「高みなど関係ない、我が道を遮る者は倒すのみ。その道がどこに繋がっていようと、また道の途中でいつ倒れようと・・・くはぁ、げほ・・・」


 互いに急所を避けて決定打を喰らってはいないものの、2人共に顔が腫れ、息が上がっている。

足元がおぼつかないまま振り抜いたレントの拳を避け、それと同時にスミスが両脇の下から更にもう2本の腕を出現させた。2本の腕はレントの腕を押さえ、もう2本の腕が首を絞めた。


「このタイミングを待っていましたよ」

「なるほど、それがお前の切り札か」

「レントさん、あなたはもうこれ以上の高みに行く事は無い。なかなか楽しい時間でしたが終わりにしましょう」

「スミス、それでいいのか?」

「どういう意味でしょう?」

「オレはもっとお前と戦いたい。この気持ち、お前にはわかるだろう?」

「さて?私にはあなたが何を言っているのかさっぱり意味がわかりませんが」

「子供の頃からオレに殴り合いで勝てる奴なんてほとんど居なかった。相手によっては本気で殴ったら死んでしまう奴さえ居た」

「それが私に何の関係があると言うんです?」

「やっと見つけたんだスミス、殴り合いをしてオレに勝てそうな奴に、お前にやっと巡り会えた。お前だってそうだろう?本気の殴り合いなどじゃなく一方的な殺戮しか出来なかったんじゃないのか?」

「レントさん、まるであなたはこの状況で私に勝てると言ってるように聞こえますね」

「勝てるさ。だがお前は自分の本質は他者の苦痛を至上の歓びとする邪悪だと言ったじゃないか。それなのにオレをここで殺してそれで良いのかと言ってるんだ。オレを苦しめたいんじゃないのか?」

「何を言うかと思えば苦し紛れの戯言ですか。あきらめなさい。あなたは今、ここで死ぬんです」


 首に当てた手に力を込めようとしたスミスの視界の端で何かが動いた。

その動きを目で追うスミスが落胆とも絶望とも言えない顔をしてレントを見つめた。


「見誤っているようだから言っておこう。お前の本質が邪悪なようにオレの本質は殺戮者だ。敵と認識した者を殺す事に躊躇は無い」

「ならば躊躇せずにわたしを殺すがいい」

「お前はオレには付いていく事も出来ないスピードで動き、また驚くほどの怪力の持ち主だ。だからためらってしまうんだ。スミス、お前が人の不幸を歓ぶ怪物でなければお互いに殺し合う事もなく純粋に戦いのみを楽しむ事が出来たのにな」


 レントの言葉にスミスの顔が満足げにほころんだ。

醜悪に歪んだ目が穏やかに澄んだ目へと変わり、そして大きな声で笑いだした。


「所詮あなたは狭い世界に暮らす惨めでちっぽけな男に過ぎない。だから喜びなさい。あなたよりも強い人間などこの広い世界にはゴロゴロしている」

「ほ、本当か?」

「死ぬ間際に嘘をつく者など居ませんとも。さぁ、ためらわずに私を殺しなさい。さもないと今後あなたを死ぬまで苦しめますよ」


 2人はレントの右手に握られた、かつてアマイモモに引き抜かれたスミスの心臓を互いに見つめた。


「あ、そうそう。言い忘れてましたが私の心臓を握り潰した手は呪いを受ける事になります」

「呪い?ああ、構わないさ。それだけの事をするんだからね」

「素晴らしい、いい覚悟です。この呪いは邪悪な心で相手を陥れようとすると手が炎の中に投げ込まれたような痛みに襲われ動かなくなります」

「それは一生か?」

「いえいえ、その相手に対する邪悪な企みをやめればすぐに治まります」

「なぁんだ。だったらそれは呪いじゃなくて祝福じゃないか」


 スミスがあっけにとられて言葉を失った。

驚きの表情のまま小刻みに震えて、首に回していた手をレントの両肩に置いて抱きしめた。


「私の呪いが・・・祝福?・・・祝福と呼んでくれるのですか?」

「ああ、邪悪な心を持たなくて済む。人を陥れようとしないで済む。これが祝福でなくて何なんだ?」


 歓喜に打ち震えながらスミスがアマイモモの方に顔を向けた。


「ああ・・・、アマイモモ様、あなたはこうなる事を知っていたのですね?」

「それは深読みしすぎだ。私がそんな事を知り得る訳が無いだろう」

「レントさん、お願いします。私を殺して下さい。これでやっと私は救われます」


 スミスの言葉に戸惑うレントにアマイモモが声をかけた。


「さあレントさん、スミスの願いを叶えてやって下さい」

「いや・・・だけどこれは・・・」

「あなたが殺す事でスミスは救済されるのです。さあ」

「・・・わかった。じゃあスミス。これでさようならだ」


 レントは敢えて右手だけではなく両手でスミスの心臓を掴むとためらいなく握り潰した。

苦悶の表情を浮かべたスミスの4本の腕がレントから離れ、次いでスミスが力なく前のめりに倒れた。

レントの両手からは紫がかった黒煙が立ち登り、後には無数の黒い血管のようなスジがレントの手の甲に残った。

と、レントの目の前に無数の白い羽が舞い上がった。

羽はスミスの体に舞い落ち、スミスの体を覆い尽くした。

呆然と見つめるレントの目の前で小山のようになったその塊がもぞもぞと動き、中から2つの純白の翼が飛び出した。やがてその翼の主、スミスによく似た天使が人懐っこく現れて澄んだ歌声で天を讃える歌を歌いながら空を旋回し、そしてそのまま天へと消えていった。

紅茶を飲み干したアマイモモが椅子から立ち上がるとのんびりとレントに声をかけた。


「さて、そろそろ君が本来居るべき場所に帰ろうか」

「アマイモモ、今のあれは・・・スミスだったんですか?」






「ああ、彼の長い長い罰が今終わったんだ。レント君、君のおかげだ」

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