第六章 邂逅の獣 26
アスタクリスに対する哀悼の意も葬儀もエリクシアの関知するところでは無かった。
それぞれが悲しみを胸に自分なりに弔えば良い。
エリクシアもまた自分なりの弔いをするつもりだった。
レントと出会った場所。トリトンの居る防波堤で誰にも知られる事無くただ波と泡を見ていた。
エリクシアの周囲には黄金の花びらが渦高く積み上げられ、時おり高い波に攫われた花びらが海中に舞った。
ぷかりと頭だけ出したトリトンがあきらめ顔でエリクシアを見つめた。
「なぁエリクシア、王女に殉じてこの世を去るのが悪いとは言わないが・・・」
「言わないが?・・・なんだ?」
「食事も摂らないってのはどうかと思うぞ」
「ああ、すまんな。何も食べる気が起きんのだ」
「お前がそこに座り込んでから今日でもう7日、何も食べず何も飲まずでは餓死するぞ」
「そうか、もうそんなになるのか・・・」
「人ならとうに死んでいるところだぞ。ともかく持ってきた魚を食ってくれ」
「ああ、ありがとうトリトン」
「また様子を見に来るからな。それまでに絶対その魚を食べるんだぞ」
防波堤の上に魚を放るとトリトンは海の中に頭を沈めた。
トリトンの居た辺りの波を眺めるエリクシアの額にポツリと雨粒が当たった。
空を見上げたエリクシアに大粒の雨が豪雨となって降り注いだ。
虚ろな目で雨をぼんやりと見ていたエリクシアの視界に信じられない光景が映った。
太腿を突き破ってガリガリに痩せこけた羽衣蛙が這い出てきたのだ。
雨に打たれて少し元気になった様子の羽衣蛙が空へ空へと跳ねながら上がって、やがて見えなくなった。
「そうか・・・お前も飢えと渇きに苛まれていたか」
誰に言うともなく呟くとエリクシアは嗚咽し、咆哮した。
もっと早く知っていればアスタクリス王女を助ける事が出来ただろう。いつだって解決方法は全てが終わってから知らされる。エリクシアはその無念さに吠え続けた。
豪雨が収まると同時にエリクシアの肚も決まった。
誰がなんと言おうともこのまま殉死しよう。きっと王女は出迎えてくれるだろう。
それから数日、死の恐怖など無く穏やかな時間が過ぎていった。
羽衣蛙が体から抜け出した経緯を聞いたトリトンが無念そうにそうかとだけ答えた。
飢えの苦しみは鋭い痛みから慢性的な不具合へと変わり、ゆっくりと死へと向かっている実感だけがあった。
時おりトリトンが顔を見せにやって来るが、困ったような顔をして何も言いはしなかった。
それからさらに数日。ふと気が付くとレントは飢えで死に、それでもなお穏やかな顔で眠るように佇んでいるエリクシアを見下ろしていた。おそらくエリクシアの肉体が死んだ事で精神が分離されたのだろう。
「君は・・・レントか?」
「ああ、トリトンか。エリクシアは行ってしまったよ」
「なぜ見えるようになったのかは知らないが、君の姿が見えた時にそうじゃないかと思っていたよ」
「トリトン、エリクシアのこの顔を見てやってくれ。アスタクリスを救う事が出来なかったエリクシアが行き着いた答えがこれだ」
「穏やかないい顔だな」
「ああ、いい顔だ」
ややあってエリクシアの骸に背を向けて歩き出したレントにトリトンが声をかけた。
「行くのか?」
「ああ」
「またいつか会えるといいな」
「そうだな。その時はお互いに笑って再会を喜ぼう」
「それと・・・レント」
「ん?なんだい?」
「奇妙な偶然かも知れないが遠い異国に君の名前と同じ言葉があるんだ」
「レントと言う言葉があるのか」
「ああ、そしてレントとは・・・断食と言う意味だ」




