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第二章 夜会 2

 病院から出たレントが急に立ち止まってフェイに聞いた。

「試しの儀式って夜からなんだよね?」

「そうだけど、どうしたの?」

「じゃあ、デートしよ。」

急に言われたフェイがどぎまぎしながら小さく頷いてレントに寄り添った。

そして後ろも見ずにシユケに声をかける。

「シユケ、邪魔だから私の家に行ってさっきの2人をもてなせ。」

「な、ちょっ・・・な・・・・」

フェイが顔半分だけ振り向いてシユケを見た。

「い、いってきまーす。喜んでいってきまーす。」

そう言うとシユケは全力で走り去った。

「さてと、レント行きましょうか。」

「うん。」

病院の外に体を投げ出している若者たちがこれはダメだと言う顔をした。

他の人間が入り込む余地など全くなかった。


広場にさしかかった時、レントは小走りに串焼きの屋台に行って肉を買い求めた。フェイが朝からリンゴしか食べていないのを思い出したのだ。

小さな男の子から串焼きを受け取ると代金を払いながら声をかける。

「坊や、お父さんのお手伝いかい?偉いね。」

「何度言ったらわかるの?私は女の子なのよ!」

「えっ?」

びっくりしてレントがよく見ると、昨日小麦粉を運んでいた女の子だった。

「な、なんでまた串焼き売ってるの?」

「あの後あなたから貰ったお金でお店を買ったのよ。恐ろしくて商売が出来ないって言って捨て値で譲ってくれたわ。」

そう言って女の子はレントに代金を返した。

「今日は私の奢りよ。感謝してお食べなさい。ほほほほほ・・・」

「あ、お、おう。ありがとう。」

レントが戻るとフェイが呆れたように言った。

「レント、あなたあんな小さな女の子にちょっかい出したの?」

「出してない出してない!」

あわててレントが手を横に振った。

フェイがそれを見て笑い出した。


村の外れにある遺跡群の岩に2人で腰掛けて串焼きを食べる。

「私はこの村でここが一番好きな場所なの。」

「これは・・・古代の遺跡・・・なのかな?」

「エルフの古代遺跡だと聞いてるわ。村を開いたイリアがエルフの古語である『フェイ』を結婚前の娘に名乗らせたのも古代エルフ族に敬意を表したものだそうよ。」

「イリアって人は案外ロマンチストなんだなぁ・・・」

「どうかしら、実際のところは呪い除けの効果を狙っただけかもよ?」

「だとしたらエルフの遺跡で良かった。ブギーとかトッツォなんて呼ばれ方をされたら嫌だもんね。」

「あら、本当。そんなの嫌だわ。」

「あはははは」

「ふふふ」

2人は肩を寄せ合い、手を重ねて遺跡を見つめた。

「ねぇレント、あなたの話を聞かせて。光の谷ってどんな所なの?」

「光の谷は・・・・」

黙ったレントにフェイが怪訝そうな顔をした。

「どうしたの?」

「いや、何と言うか良く分からないんだよ。・・・うん、そうだね。どう分からないか言わなくちゃね。」

レントは考えながら話し出した。

「まず僕は父親が誰か分からない。母親は身重の体で谷に帰ってきて、僕を生んですぐに亡くなったらしい。」

「それは・・・・何て言ったらいいのか・・・」

「ああ、気にしないで。よくある事なんだから。おばあさんの話だと僕の父親って人はとても高貴な方だって母が言ってたって事だから、もしかしたらどこかの王族なのかも知れないね。」

少し空を見上げてからレントは続けた。

「僕は小さい頃からおばあさんが亡くなる10歳まで光の谷で暮らしてた。ここからが説明が難しいんだけどさ、光の谷って本来なら海底1200メートルぐらいの所なんだけど近くの山全体が白色鉄鉱ってのに覆われてて、その反射で普通の所と変わらない明るさがあるんだ。」

「それって山全部が金属って事?」

「有り得る事だけど分からない。ともかく見えている部分は全て金属だね。ただどうもその山は本来もっと巨大だったのが戦争か災害で金属の地肌が出るまで高温に晒されたらしいと見られている。」

「本当に不思議な所ね。あなたが説明に困るのもわかるわ。」

「山の中腹にはいつの時代の物か分からない神殿のような建物もある。

そして不思議な事にどんな大雨が降っても村が水没したりは決してしない。」

「レント、あなたは巨人族なんでしょ?それなのに何であなたは小柄なの?それにどうして巨人族は光の谷に住むのかしら。」

「うん、それなんだよ。気圧の関係で光の谷に住む巨人族は大きくなれないらしいんだ。普通の人間のサイズで暮らす為の知恵だと思う。だから赤ん坊の頃から成長期が終わるぐらいまで谷で生活をさせるらしい。」

「だから見た目が普通でも力持ちが多いのね。」

「ああ、谷の人間は子供でも牛ぐらいの力はあるよ。」

「ねぇ、それで10歳から今日までの話が聞きたいわ。」

「うーん・・・・3年ファウンランド王都で兵学校に通って2年兵士として勤めてエリムン王太后に二路を投げつけて出奔して傭兵になって上官を殺して出奔して鉱山に勤めて・・・・碌な事してないな。」

「ぷっ、ふふふ。」

「あははははは」

ひとしきり笑ってから不意にレントはフェイの手を強く握った。

「そしてこうやって君に逢えた。」

「・・・・・うん。」

いつの間にか太陽が西に傾いている。

「ねえレント。私ね、一度も行った事のない風景をよく夢にみるの。今みたいにきれいな夕焼けに照らされたレンガ造りの街なの。」

フェイの言葉にハッとしてレントは尋ねた。

「もしかしてそれ、いつまでも夕焼けしかない街じゃない?」

フェイもハッとしてレントを見つめた。

「この世界のどこかにそんな所があるの?」

「いや、そうじゃない。僕も夢で見た事がある。そこに存在していた記憶もあるし、街並も思い出せるよ。きっと生まれる前の記憶だと思う。」

「私もよ、街並も思い出せるし確かにそこに居たはずよ。」

レントとフェイはお互いに顔を見合わせた。

「こんな事ってある物なんだなぁ・・・・」

「街の様子を教えて。同じ所かも知れないわ。」

「えっと、広場の真ん中にアーチ状の門があった。」

レントの言葉を聞いていたフェイが息を飲んだ。

「レント、その門の横に兵士が居なかった?」

「居た。鉄鎖の上に鎧と兜を身に付けた兵士が。」

「門の両脇に1人づつ?」

「うん。・・・・そうだ。僕は誰かを見送った。」

「私は誰かに見送られた。・・・とても大切な人だった気がする。」

「僕もそうだ。すぐ行くから、必ず会いに行くからって言った。」

2人は呆然としたように夕日を眺めながら黙り込んだ。

ややあってフェイがつぶやくように言った。

「私の大切な人はきっとあなただったんだわ。」

レントは重ねた手に軽く力を込めてフェイにささやいた。

「僕の大切な人はきっと君だったんだ。」

「うん、きっと私たちよ。」

「・・・・ねぇフェイ。」

「なぁに?レント。」

「すぐに会いに行くって言って20年も待たせてごめんね。」

フェイが薄く涙を流しながら微笑んだ。

「そうよ。女の子を待たせる男はダメよ。」

レントはフェイの肩を抱き寄せてそっとささやいた。

「待っていてくれてありがとう。」

夕日の最後の光が消えて夕闇が広がり始めた。

話し声と共に、青白い炎のついたランタンを持った村人たちが歩く姿が目に付いた。

「フェイ、あれは何?」

「ああ、あれは精霊の迎え火よ。精霊の祠へ向かってるのよ。」

不意にけたたましい足音が近づいたかと思うとルネアが走ってきた。

「お嬢様!お探しして居りました!」

慌てて2人は手を離した。

「あら?どうかなさったんですか?もしかして私邪魔でした?」

「ななな何を言ってるのよルネア、そんな事ないわよ。」

「そ、そうだよ。いや・・・まぁ少し邪魔かもとは思ったけど。」

「レント、何バカな事言ってるのよ。」

そう言うとフェイが顔を赤くして横を向いた。

「そんな事よりお嬢様!早く支度をしないと儀式に遅れてしまいます!」

「そうか、もうそんな時間か。レント、悪いけど先に行っててくれるかしら。あの明かりに付いて行けば嫌でも精霊の祠に辿り着くわ。」

「わかった。先に行って待ってるね。」

そう言って岩から飛び降りたレントにフェイが声をかけた。

「レント、あなたに良き精霊が宿りますように。」

フェイの言葉に笑顔で答えるとレントは祠に向かって走り出した。


割と広い洞窟の奥にその泉はあった。

四隅には割れた卵のような乳白色の大きな石が置かれ、割れた部分から水が湧き出している。透明な泉の底に漆黒のよどみが揺らめいている。

それを見たレントは妙に心がざわついて暴れ出したい衝動にかられた。

「おーいレント、こっちこっち。」

声の方を見るとサリティ、シユケ、そしてドルテが既に奥に居た。

「レントや、いよいよだの。」

「はい。」

「思えばこの試しの儀式で、村の者以外が試練を受けるのは初めての事なんじゃ。だからもし仮に精霊が宿らなくても気を落とさんようにな。」

「はい。大丈夫です。」

「はっはっは、ばぁさん、まぁ黙って見てなよ。」

「お前さんは相変わらず能天気で口が悪いのう。まぁよいわ。サリティ、お前さんも頑張るんじゃぞ。」

そう言うとドルテは来賓席へ、歩いて行った。

「2人とも頑張ってな。精霊を宿したら一緒に戦場を駆け回ろうぜ。」

シユケがそう言いながら笑いかけた、その笑顔が固まった。

「レント・・・・お前、震えてるのか。」

「ああ、ここに来た時から震えが止まらないんだ。心がざわつくし、体も暴れたがってて押さえつけてると体が震えるんだ。」

シユケはやっぱりなと言う顔をした。

「お前には大きな精霊が宿るだろう。実はフェイの時も今のお前みたいだったんだよ。あいつに憑いた精霊は並の10倍は大きいやつだったよ。」

そうシユケが話していると鎧の鋼が触れ合う音と共に10人ほどの精霊の騎士が隊列を組んで歩いてきた。

「おっと、もうすぐ始まるな。じゃあ俺は席に戻ってるぜ。」

レントにとって精霊の騎士の鎧は非常に懐かしいものであった。

何度も戦場で見かけたものだった。

それを自分も着る事になるかも知れないと思うと複雑な思いがした。

「それではこれより試練の儀式を執り行う。参加者は以前の大会にて権利を得た者8名。今大会での権利取得者6名。計14名である。」


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