第一章 (4)猛将の進撃 其の6
通りを歩きながら思案気な顔をしてるレントにシユケが声を掛けた。
「さっきから黙り込んでるがどうしたんだレント?」
「いやね、病院に行って始末をつけるのは名案だと思ってたんだが、普通の患者を巻き込む事になる事を忘れてた。」
「あー、その事なら心配ないよ。怪我専門のヤバイ医者の居る病院だから君が揉めた連中しか居ないと思うよ。」
通りの先を指さしてシユケがあそこだと言った。
「何か教会みたいな建物だな。」
「みたいな、じゃなくて教会だよ。院長が言うには、死んだらすぐに葬式を出せるから合理的なんだとさ、」
「なるほど、確かに合理的だ。」
扉を開けて1歩中に入ったレントを見た患者たちに動揺が走った。
戦士の日、そして今日の昼間レントが痛め付けた若者たちがベッドに入りきらずに入り口付近まで転がっている。
若者たちが不自由な体を引きずるようにして奥へと逃げ出した。
「随分と嫌われたモンだな。まぁいい、さっさと用を済ませるか。」
そう言うと奥に向かって歩きだした。シユケも後に続く。
更に若者たちは奥に逃げ出し、パニックを起こして叫びだす者も居た。
「なに騒いでるっスか?うるさくすると痛くするっスよ。」
奥から黒い看護服を着たシスターナースと言われる若い女性が出てきた。
青い目に腰まで伸びた銀色の髪、フェイのように精霊を宿している。
「やぁアイリス、商売繁盛だね。」
「あー、シユケさん久しぶりっス、最近何かあったんスか?戦士の日からずーっと患者が増える一方で大変っス。」
「ああ、理由はこいつ、レントのせいさ、」
そう言ってシユケはレントの耳飾りを指差した。
ハッと息を呑むアイリスの驚きが、すぐに怒りへと変わった。
「レント紹介するよ。この娘はアイリス、ここの院長兼シスターで・・・」
「シユケ、お前ちょっと黙るっス。」
アイリスは値踏みするようにジロジロとレントを見た。
「お前がこいつらをボコったんスか?5人殺したのもお前ッスか?」
レントは答えずに冷ややかな目でアイリスを見た。
「フェイ姉さんの耳飾りは盗んだんスか?お前のような奴に渡す訳無いッスからね。さあ、答えるッス。」
レントはシユケに向かって言った。
「なあシユケ、こいつ女だからって俺に殴られないとでも思ってんのか?それとも只のバカなのか?教えてくれよ。」
口を利こうとしたシユケを突き飛ばしてアイリスが凄んだ。
「イワシがシラスを蹴散らして威張るんじゃないッス。お前なんか私にかかれば片手で殺せるッスよ。」
「へえ、言うだけなら誰でも出来るもんなぁ。お前こそ俺にかかれば指1本で倒せるってんだよ。泣かされたいのか?」
「だったら試してみるッスか?」
レントとアイリスが互いを睨みながらジリジリと間合いを詰めて行く。
アイリスの銀色の髪がふわっと広がり、髪先に青白い光が点々とともった。
「アイリスと精霊サラの名に於いてパイザに命ずる・・・・」
アイリスがその言葉を発した途端に全身怪我だらけの若者たちが我先に外へ飛び出していった。
「千の刃を以てこの者を切り刻め!」
アイリスが呪文を唱えた途端に病院の奥、そして外から無数の刃物がレントに向かって飛び込んで来た。
レントが壁際のソファーの裏に飛び込むと一瞬にしてソファーが刺さった刃物でハリネズミのようになった。
横から飛び出すと同時にソファーに刺さっているナイフとハサミを抜き取ってアイリスに突進する。
アイリスの体から飛び出して攻撃してくる刺青の刃との攻防戦となる。
体術もなかなかの物ではあるが、実際の戦場で命のやり取りをして来たレントの敵ではない。どうしても急所を避けるのだ。ギリギリ一杯ここまでなら死なない、と言うラインが分からないと言うのは、こう言う戦いに於いては致命的だといえる。そして―
レントはアイリスの喉にナイフを、目にはハサミを突きつけた。
「まぁ、しょせんこんな物か。話にならないな。」
悔しそうな顔をしているアイリスの耳元でレントが挑発した。
「こ・の・く・ち・だ・け・お・ん・な・が!」
怒りをあらわにして動こうとしたアイリスにシユケが声を掛けた。
「やめろアイリス!それ以上何かしたら躊躇なく首を掻き斬られるぞ!」
レントは突きつけたナイフとハサミを左右に投げ飛ばした。
「お前は結局片手では俺に勝てなかった。次は俺の番だ。指1本でお前を倒すが負けない自信はあるか?」
アイリスの顔に朱が差し、怒りを露わにした。
「指1本?バカにするのもいい加減にするッス」
「じゃあ、それで俺に負けたらどうする?」
「負けを認めてやるッスよ。逆に私に勝てなかったらどうするッス?」
「殺せよ。」
レントの言葉にアイリスが言葉を失った。
「俺は指1本しか使わない。それ以外の物を使った時点で俺の負けでいい。さぁ、やろうか。」
その言葉と同時にアイリスは1歩飛び退くと呪文を唱えた。
「アイリスと精霊ピレーの名に於いてパイザに命ずる、この・・・もご」
レントは呪文の途中のアイリスに一気に詰め寄ると、その鼻に人差し指を差し込んだのだ。アイリスもシユケも、周りで見ていた全員も呆気にとられてレントを見つめた。
「どうした?呪文を続けろよ。」
「ふ、ふざへるな!ゆひをぬへ!」
横で見ていたシユケがお腹を抱えて笑いだした。
「わらふな、しふけ!」
「さあ、どうだ?負けを認めるか?何ならこのまま投げ飛ばすか?もっともそれで鼻が裂けるかもしれないがな。」
だが、アイリスは涙をボロボロこぼしながらも固く口を閉ざした。
「仕方がないな。じゃあ今からお前を俺の指のアクセサリーにしようか。どこに行くにもこのまま鼻に指を差し込んだままでいいんだな?」
「ほんなほとひたら、フェイねえはんにおはへも嫌われるッス」
「じゃあ試してみるか?例え俺が村中の人間を殺しても、国を滅ぼしても、神を殺したとしてもフェイは俺を嫌ったりしない。」
言われたアイリスが悲しそうにうつむいた。
「・・・・何でそんなに自信たっぷりなんスか?」
「そんな事で俺がフェイの事を嫌いになったりしないからだ。」
「・・・・・した。」
レントが鼻から指を抜いてアイリスに問いかけた。
「何と言った?もう一度だ。」
「・・・参りました。・・・私の負けッス。」
レントは横を向くと独り言のように呟いた。
「悪かった。やりすぎたよ。」
「私も本気で殺そうとしたからおあいこッス」
レントはニカッと笑うとシユケに目配せしながらアイリスに言った。
「さてと、ここに来た用件を済ませるか。昨日ここに運ばれて来た怪我人は何人だ?今どこに居る?」
「8人スけど・・・・なんなんスか?」
一瞬レントが訝しそうな顔をした。
「聞きたいんだけどさ、フェイから耳飾りを貰った僕の事は殺そうとして、何で10人がかりでフェイに乱暴しようとした奴らは治療するんだ?」
その言葉にアイリスが黙り込んだ。
返答に困った訳ではない。レントの言葉を理解した事により、怒りで言葉が出てこないのだ。
「・・・・10人?・・・8人じゃないんスか?」
「2人はフェイにやられそうになって逃げたんだよ。もっとも僕が今日始末しちまったけどね。」
「・・・・そうなんスか。じゃあレントさんは残りの8人を始末する為にここに来たって事なんスね?」
「まぁ、そういう事だ。シユケは検分役ってところだな。」
「レントさんはフェイ姉さんの事が本当に好きなんスね。」
「ああ、本当にどうしようもない程好きだ。」
「その言葉を聞いて私も嬉しいッス。」
アイリスが嬉しそうに微笑んだ。
「さてと、8人は奥に居るのかな?」
「・・・・・・・」
「どうしたんだ?居ないのか?」
「・・・8人とも治療の甲斐なく死んだッス。」
手足に包帯を巻いた若者が口を挟んだ。
「アイリス、あいつらさっき笑いながら飯食ってたじゃねえかよ」
「その後で死んだんス」
「そんなバカな話あるかよ」
「お前・・・・なんて名前ッス?」
「俺の名前はユーデ・・・痛っ」
若者が名乗ってる途中でシユケが頭を叩いた。
「バカかお前は!何の為にアイリスが名前を聞いたかぐらい察しろよ!」
「痛ってぇなぁシユケ、なんだってんだよ?」
「こいつはお前の名前を墓碑に刻むために聞いてるんだよ!」
言われた若者の顔がたちまち蒼白になった。
アイリスが横を向いて舌打ちをした。
「シユケさん余計なお世話を焼かないで欲しいッス」
「アイリス・・・・お前なぁ・・・・」
「ところでレントさん、検分・・・・するッスか?」
アイリスのこの言葉に流石のレントも唖然とした。
「・・・・出来るのか?」
「ちょっと事務的な手続きをするから30分程待って欲しいッス」
そう言ってアイリスはソファーに刺さっている肉切り包丁と手斧を引き抜いた。どう考えても事務手続きに必要な物では無い。
「あー・・・アイリス、検分は明日にするよ。」
「そうッスか?そう言ってもらうと助かるッス。」
「いや、いいんだよ。うん。」
「じゃあ私は急用を思い出したんでこれで失礼するッス」
そう言うとアイリスはドアを開け、奥の廊下へと移動して行った。
カチャリと鍵の掛かる音がした。
ドアから遠ざかる足音が聞こえた。
やがてその足音も聞こえなくなった。
アイリスは行ってしまった。
肉切り包丁と手斧を持ったままで・・・・・・




