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第7話



 ちょうど土日を挟むため、苅部と馬瀬は翌日も翌々日もファッションショップの手伝い

に訪れた。

 苅部は財務部での経験を生かして資金面の調整、馬瀬はこれまでの知識を生かして店内

のインテリアを主に受け持った。普段は部内でも落ちこぼれである苅部と秘書の仕事を全

うしている馬瀬ではあったが、専門学校を卒業したばかりのここのメンバーに比べれば明

らかにその力は長けていた。

「いやぁ、本当に2人がいてくれて助かってます」

 心からの言葉なのは表情で分かる、そう言ってもらえるのが2人にはなによりだった。

「いえ、会社としては何もしてあげられなかったから」

 通例ならそこで全てが遮断になるだろう、ただ2人は違った。会社には関係なく、こう

して個人的に手助けをしてくれている2人の心意気にショップのメンバーたちは強く心打

たれていた。

 せめてバイト代くらいは出させてくださいと言われたが、それは柔に断りを入れる。そ

ういうつもりで来てるわけじゃなく、自分たちの気持ちに逆らわず前に進むことのためだ

ったから。

 ただ何もしないのは心苦しいと言われたので、じゃあと夕食をごちそうになった。

 店の近くに焼肉店があったので、毎日作業終わりで全員でそこを訪れた。焼肉も美味し

かったが、それよりもビールが格段に素晴らしかった。いつもの仕事終わりのビールより

美味しく思えた、きっと心的な充実感がそうさせたのだろう。

「なんで、ウチを手伝ってくれてるんですか?」

 そう訊ねられると、苅部が答える。

「馬瀬さんがね、みんなの作品を見て、是非やってみたいって言ったんだ」

 その言葉に、馬瀬も続く。

「みんなの作品がキラキラして見えたの、それが私の気持ちを呼び起こしてくれて。本当

は自分も持っていたはずのものなのに、忙しい毎日で忘れかけていて。だからね、みんな

には感謝してるぐらいなの」

 馬瀬の言葉に、ショップのメンバーたちは照れた様相をする。

 その反応に、苅部と馬瀬は顔を見合わせて笑う。


 その翌日からも、平日ではあったが仕事終わりで2人はショップに顔を出した。金曜日

にはオープンを迎えるため、作業は佳境に入っていく。

 もちろん、会社の人間の誰も苅部と馬瀬の行動に気づくことはなかった。2人だけの秘

密、それがなんだか心地良かった。

「いよいよですね、ワクワクして落ち着かないなぁ」

 ショップのメンバーたちは一様にそわそわしている。

 オープンを明日に控えた木曜日、前夜祭と称した飲み会がショップで行われた。ライト

アップされた店内は、いつ開店してもいい完成形に仕上がっていた。ショップのメンバー

たちの慣性による内装と洋服が並び、馬瀬の選んできたインテリアの数々も店内に仄かな

インパクトを与えている。ここにいる全員が満足感を抱いている、「どこに出しても恥ずか

しくない子供」という言葉のように。

 それもあり、飲み会は大いに盛り上がった。明日のことを考えて抑えめにと分かりつつ、

それぞれが頬の色の変化を見やれるほど飲んでいた。そんな状況からか、焼肉店ではなか

ったような質問まで飛んできた。

「2人って付き合ってるんですよね?」

 最初は誰のことを言ってるのか分からなかった、まさかそんなことを言われると思いも

よらなかったから。自分たちのことを言われてると分かると、苅部と馬瀬は大きく否定の

態度を見せた。唐突な予期せぬ質問に、感情が不定に揺れていく。

「えぇっ、絶対に付き合ってると思ったのに」

 ショップのメンバーたちは悔しがるように落胆している。どうやら、2人のことをそう

いう目で見ていたようだ。


 帰り道、最寄り駅までの道を苅部と馬瀬は静かに歩いていく。あんなことを言われてし

まったため、お互いに変に意識をしてしまう。アルコールで頬に帯びた赤みが緊張による

もののような錯覚に陥り、なんだか恥ずかしくなる。

 苅部は自分のような人間とあんな噂をたてられて申し訳なく、馬瀬は自分の気持ちを突

かれたように打たれ、それぞれに考え込んでいた。

 そうこうしてるうちに駅に着いた、あっという間のようで長くも感じられた。

 別れ際になると苅部の方から口を開いた、ここで言わないと後々にわだかまりが残って

しまう。

「すいませんね、さっきはあんなふうに言われてしまって」

 その言葉に、馬瀬はクスッと微笑む。

「なんで、苅部さんが謝るんですか?」

 確かに、と苅部は気づく。

 前に進まないとと意気込みながら、ネガティブな自分が顔を出していた。

「いや、自分みたいなのと勘違いされて申し訳ないなぁって」

 その言葉に、馬瀬は眉を少し下げる。

「私はそんなふうに思ってませんよ、むしろ・・・・・・」

 一旦、そこで構えるように息をつく。

「・・・・・・自分の心の中を見透かされたような気分でした」

 その言葉に馬瀬の方を見ると、彼女はすでに苅部を見ていた。馬瀬は言おうと決心がつ

く、言葉を出そうとするが喉元が閉まりぎみのように時間がかかる。次の言葉までの時間、

張った緊張感が2人の間を包み込む。

 言わないと、そう奮い立たせて思いきった。

「・・・好きになりそうです・・・苅部さんのこと・・・」

 馬瀬はすぐに合わさった目線を外す、言いようのない感覚に襲われていく。

 失礼します、とだけ言って早歩きで帰っていってしまった。

 苅部は彼女の後を追うことができなかった、体が金縛りにあったように固まっていたせ

いで。

 まさかの展開だった、これは現実なのかと何度も自分に問いかける。夢世界にいるよう

な、想像世界にいるような、それにしても都合のいい展開だと感じた。



「うっそ、マジかよ、オイ」

 一連の話を聞いた番野は大きく驚いていた。それを失礼だとは思わない、妥当なリアク

ションだと思う。

「いやぁ、俺の勘はすげぇな。その子の話を聞いたときはそうだろうと思ったけど、まさ

かお前にとはな」

 苅部も彼の意見に同意する。

「どうしたらいいのかな、番ちゃん」

「どうしたらいい、じゃねぇだろうがよ。こんなビッグチャンスまたとねぇぞ、なにがな

んでもモノにしろ」

 まるで自分のことのように番野は興奮している。

「でもさぁ、さすがにこればっかりは自信がないよ」

「バカやろう、失敗なんか考えんな、成功することだけ考えろ」

 番野の励ましは嬉しかったが、まだ馬瀬からの言葉はふわふわ浮ついていて掴むことが

できなかった。



「おかえり、お兄ちゃん」

「ただいま」

 自宅に帰ったのは24時の手前だった、当たり前に康恵はリビングでテレビを見ている。

 会社から帰宅したら迷わず入浴、メガホン片手にテレビでナイター、自分で作った夕食

とともにビールを飲む、テレビでスポーツニュース番組を一通りチェック、ちょうど襲っ

てくる眠気につられて就寝、というのが彼女の平日の過ごし方だ。

 はっきり言ってオッサンとしか例えようがない、完全に父親の血を継いでいる。馬瀬が

こんなプライベートを送ってることはないだろう、同い年でもえらい違いだ。

「最近遅いねぇ、頑張ってるじゃん」

「あぁ、まぁね」

 康恵にはファッションショップのオープンに向けて帰りが遅くなってると真実を伝えて

あった。元々、苅部は嘘をつけないタイプの男だったし、康恵はそんな兄の下手な嘘を見

抜く女だったから。とはいっても、会社に関わりのない仕事であることと馬瀬と2人で動

いてることは言ってなかったが。

「でもさぁ、財務部なのにショップのオープンの準備なんてやるの珍しいね」

「あぁ・・・人手が足りないから、って手伝いに駆り出されてるだけだよ」

 ふぅん、と彼女は納得してくれた。

 秘密というものは形すらないものなのに、こんなにも人の感情を揺らせるものなのかと

感じた。



 金曜日、ファッションショップのオープンの当日。

 苅部と馬瀬は会社で仕事に励みながらも、ショップの様子が気にかかっていた。本当な

ら2人の間で周囲には内緒で「どうなってますかね?」などといった社内メールを交わし

てるところだろうが、昨日のことがあったので2人ともそれが出来ずにいた。変に互いを

気にしてしまい、ちらちら相手に目線を向けながらも何も出来ず、たまに目線が合ったと

きも反射的に逸らしてしまっていた。

 午後になると、馬瀬は社長とともに外出していく。それと同時に、苅部のパソコンの受

信メールを知らせるアイコンが動いた。おそらく会社を後にする、このタイミングしかな

いと彼女は狙ったのだろう。


「これから外に出てきます、戻るのは17時あたりになりそうです。その後も少しやるこ

とがあるので、仕事が終わったら先にショップに行ってください」


 馬瀬からの文章が来たことで、2人の間に張ってた緊張が幾分か解れた。


「分かりました、じゃあ待ってますから後から来てください」


 苅部も返信を打ち、そこから仕事にグッと集中していく。なんだか、いつも以上に仕事

がはかどって充実している感じがした。


 仕事終わり、苅部がファッションショップを訪れると、店内には2〜3人の客がいた。

店内にいたメンバーに声をかけていくと、向こうも快活に挨拶をしてくれた。

「どんなぐあいですか、お客さんの入り方は?」

「ポツポツって感じですかね、ずっと今ぐらいですよ」

 そうか、でも初日だからそう焦る必要もないだろう。明日からは週末になるわけだし、

そこでまた少しでも伸びてくれれば。

 プルルルッ、そのとき店のレジ横にあった電話が鳴った。

「苅部さん」

と呼ばれ、誰からだと疑いつつ電話に出てみると馬瀬だった。

「もしもし、代わりました」

「あっすいません、ショップの方はどうかなと思いまして」

「ボチボチっていうところみたいです、まぁ始まったばかりですし」

 そうですね、と彼女は言う。

「それで、何か用が?」

「それが今日まだまだ仕事が終わりそうになくて、多分そちらには伺えないと思います」

 まだ、馬瀬は会社に残っていた。電話口から彼女の声以外の音が聞こえてこないのは、

おそらく廊下から掛けているということなのだろう。

「そうですか、大変ですね」

「いえ、今日頑張れば土日ですから」

 そうですね、と言うと苅部は口角を上げる。表情は見えないが、電話越しに馬瀬も同じ

ようにしてる気がした。

「明日、私もショップの方に顔を出しますんで」

「はい、俺もそうするつもりです」

 このまま、自然な流れで電話は切られるのだと思っていた。ただ、電話口から届く彼女

の様子は先を続けたいような何かを放っていると感じられた。

「あのっ」

 馬瀬が言う、苅部も身を構えるようにする。

「明日よかったら、ショップに顔を出した後に映画でも行きませんか?」

「映画・・・ですか?」

「はい、実は観たいのがあるんですけど、恋愛モノなので1人で行くには忍びなく

て・・・・・・」

 心なしか、彼女の喋りが早口になっていた。

 そして苅部の方はとなると、彼にその誘いを断る特挙した理由もなかった。自分なんか

が彼女と行くことが忍びない、そうも思う。それはそうだが、番野が言っていたようにこ

んな千載一遇のチャンスを逃すことと比べる必要性もないことだといえた。

「はい、俺なんかでよければ」とOKすると、

「本当ですか?」と彼女は喜色を含ませた声で返していた。



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