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第9話



 あれから1ヶ月が過ぎようとしていただろうか、苅部の周辺は大きく変化していった。

 この1ヶ月はあっという間に思えた、それだけ充実していたから。時の流れなど気にか

けることもないほど、毎日は面白く感じられた。人生ってこんなに良いものなのか、苅部

は生まれて初めてというぐらい心底思った。


 その一つ一つを辿っていくなら、まずはファッションショップのことになる。

 テレビのロケの当日、苅部と馬瀬もショップを訪れていた。手に汗を握る緊張感に苛ま

れるショップのメンバーたちへリラックスするよう声を掛け、撮影もなんとか予定通りに

滞りなく済ませることが出来た。

 その後の反響といえば、メンバーたちの予想以上のものだった。放送の後は結構な数の

若者がショップを訪れ、売上も上々なものになる。

 馬瀬の見る目は正解だった、彼女が見込んだメンバーたちの作品はどれも好評だった。

質がいいんだ、あとは多くの人たちに触れる機会さえあればという彼女の考えは、今回の

一件によって確信へと変わる結果になった。

 今回のテレビ出演に際して、ショップのホームページも開設していたため、遠方の人た

ちにもショップに触れてもらうことが出来た。

 これに関しては、苅部の活躍が光った。ショップのページを作成することは可能でも、

メンバーたちにネットショップのノウハウはなかったから。一応にも財務部のはしくれで

ある苅部にはその知識は備わっており、彼によって諸所の流通経路を繋ぐことに成功した。

 大成功だった、彼らを取り巻く環境はブレイクした歌手並みに変貌をとげていった。

 同時に、苅部と馬瀬にとってもそれは同意のこととなる。

 ショップへの客足の増加はイコールとして2人の環境の変化に比例していく。ポップな

店内に馴染んだ馬瀬の選んだインテリアは好評になり、

「あれは売り物なんですか?」

「あれはどこで売ってるんですか?」

という声も少なからずあった。

 その声に伴い、ショップのホームページに専用のコーナーが設けられることになったの

だ。店内のインテリアについての説明とか、どこの物であるとか、どうやって手に入れら

れるとか。

 馬瀬にとっても想定外の展開だったが、その専用のコーナーは彼女が担当することにな

った。

 そして、これについては会社を通すという問題も生じることになる。これまでは2人が

個人個人として会社に関係なくやってきたことだったが、今回のことにはショップからも

ビジネスとしての契約をと依頼されたからだ。ここまで、ショップのために無償で動いて

くれた2人にメンバーたちも恩返しがしたいと思ってくれていた。

 きちんと会社の名前を出した契約にしたいと言ってくれたことには、2人も嬉しかった。

障害も特にはない、こんなうまい話に会社が飛び掛からないはずはない。唯一のネックと

いえば、一度は契約を断った相手先に対しての契約ということの申し訳なさだったが、相

手方がそれを依頼してきてくれてるわけだし、なにより好条件しかない契約に考えをあぐ

ねるようなプライドは会社には命取りでしかない。こんな良い契約が向こうから転がって

来てくれたんだから、素直にGOと言えばいい。

 実際に苅部と馬瀬が今回の契約について話をすると、社長は驚きの表情を見せた。当然

だろう、秘書と部下が会社に内緒で断りをいれた相手先の力になっていたんだから。だが、

社長に2人をああだこうだと厳重に責めることはできなかった。結果として2人が大きな

手柄を持って来てくれたのだから、社長は首を縦に動かすのみだ。

 こうして契約を無事に交わすことになり、会社としてショップと交わりをもつことにな

った。

 ショップの反映はその後も続き、流動的に会社の名前も知れ渡っていく。馬瀬1人が担

当していたショップのインテリアも会社単位の仕事として受け持つことになり、彼女はこ

の件についてはアドバイザー的な役回りにまわることになる。会社が担当する契約になっ

たのなら、秘書である馬瀬が全てを任せられるというのは無理だった。それでも彼女はよ

かった、アドバイザーとしてだとしても念願だった実質的なインテリア業務に携われるの

だから。


 次に、苅部と馬瀬の関係も進展が見られることになる。

 これまでは会社帰りに相談と称して食事に行ったり、休日にファッションショップへの

顔出しと称して映画を観たり、なにかしら都合のいい口実をかこつけて2人きりになるシ

ーンを作ってきた。

 馬瀬からは「好きになりそうです」という言葉をいつかにもらっていたが、それについ

て苅部が特定の返答をすることもなかったので具体的な進展もなかった。

 とはいっても、2人の間では互いの気持ちはある程度は汲み取れている。あとはお互い

の歩み寄り、それだけだった。

 だが、これにも馬瀬の「都合のいい口実」にかこつける術が働いた。というより、「都合

のいい口実」にかけつけるための外堀を埋める作業をしておく前段階をしてあったのだけ

れど。


「今日は定刻で終われそうです、今から楽しみです」


 馬瀬からの社内メールが届くと、苅部も返信する。


「こっちも終われると思います、俺も楽しみにしてます」


 返信メールが届くと、2人は遠くから顔を見合わせて綻ばせる。

 この日は、馬瀬が苅部の家を訪れて料理を作ることになっていた。3日前に夕食を一緒

に食べているときに好きな料理の話になり、苅部の第一の好物がチャーハンだということ

を聞くと、

「私、チャーハン大得意なんです!」

と、馬瀬が何かをアピールするように強めに言った。

 こうなれば、あとの展開は流動的に開けてくる。

「へぇ、それは食べてみたいですね」と苅部が言い、

「いつでも作りますよ、絶対に美味しいって言わせてみせますから」と馬瀬が言う。

 そこからすぐ具体的な話にいく例は少ないだろうという中、馬瀬は

「今度作りに行ってもいいですか? 康恵ちゃんにもまた会いたいし」

と、康恵を中間に挟んで苅部の家に行く約束を交わすことに成功する。

 本当はチャーハンが得意というわけじゃない、口から咄嗟に「大得意」なんて出してし

まっていた。そのせいで、それから3日間は料理上手な友人にコツを習ったり、料理本を

買って練習をするハメになる。

 その成果もあって、苅部からは「本当に美味しいです、お店で食べてるみたいです」、康

恵からは「遥ちゃん、これ作り方教えてよ」と、彼女のチャーハンは好評を得ることがで

きたわけだが。

「よかったです、美味しいって言ってもらえて」

と、馬瀬はホッと安堵の表情になる。

 テーブルを囲む和やかな空気、一人暮らしの馬瀬には滅多に味わえない環境だった。


 夜も更けてきて、終電に間に合うように帰路につく馬瀬を駅まで苅部が送る。

「今日はありがとうございました、とっても美味しかったです」

「いえ、全然そんな大したことしてませんから」

 そう言いながらも、馬瀬の心の中は褒めてもらえてることに嬉しさを覚える。そして、

彼女の感情は頭の上に点る黄の蛍光球で苅部に伝わっていた。

「料理、上手なんですね」

「いや、普段はあまり作ったりしないんです。自分のためだけに作るのって、なんか億劫

になっちゃうもので。時間があるときじゃなければ、大体は外食で済ませちゃいます」

「へぇ、とてもそういうようには思えませんでしたよ」

「なんでしょう、食べてくれる人がいると張り切っちゃうんです」

 見返りがあると人は頑張れるものだ。彼女にとっての見返りは、苅部が美味しく食べて

くれることと和やかな食卓の空気だった。

 幸せな時間、そう素直に思えた。ここにいられれば、きっと自分も幸せになれると。

「苅部さん」

 呼び掛けると、苅部は振り向く。

「前に言ったこと、訂正したいんですけど」

 前に言ったこと?、何だったかと少し考える。回答に行き着くことはできない、彼女の

言葉が漠然としたものだったから。それは本人も分かってる、間はさほど開かずに回答が

出る。

「苅部さんのことが好きになりそう、って言ったことを」

 すぐに思いつく、そのときの状況は。苅部にとって印象的すぎる言葉だったから、鮮明

にはっきりと憶えている。その言葉の訂正、どういうことだと考えがつかないうちに馬瀬

の言葉が届けられる。

「もう、好きになっちゃいました」

 馬瀬は笑顔になった、ためらいはどこかに吹き飛ばしたように清々としていた。頭上の

蛍光球はオレンジを点している、好意を示す色合い。彼女の言葉は本物だ、笑顔も本物だ、

その気持ちに嘘偽りはない。

 ならば戸惑う必要はない、こちらも素直になればいい。自分の頭上にもオレンジの蛍光

球があるはずだ、それをままに伝えればいい。

「俺も好きです、馬瀬さんのこと」

 眼前の彼女は目を丸くするようにし、微笑み、気持ちうつむく。

 それを上げると2人の目線が合い、また気持ちうつむいてしまう。

「なんか・・・恥ずかしいですね」

 告白した互いの顔を合わせるのに羞恥心を感じるように距離を縮めていく。何も言葉は

浮かばなかった、それを気持ちで埋めるように唇を合わせた。最初から展開が決まってい

たかのように自然にそうしていた。

 体を離すと再び恥ずかしみが上がってきたが、同時に体の中は温かかった。幸せの温度

を感じながら、会話をすることもなく2人は歩を進ませていった。



 翌日の朝、会社へ向かう苅部の足取りはいつになく軽かった。仕事に行くのがこんなに

も楽しくなるなんて、以前は予想だにしなかったことだ。

 起きたときに鏡に映る自分には未来の蛍光球が赤に点っていた。初めて目にする色だっ

たが、おそらく今の幸せな感情にまつわることなのだろうと然して気にかけることもなか

った。

 そして、周りの緑の蛍光球を点すサラリーマンたちに申し訳なく思うほど、彼の心は躍

っていた。馬瀬とは想いが通じた、康恵も彼女を気に入ってくれている、ファッションシ

ョップは好評を続けていて、会社での仕事も順調といえる。苅部に関わる全てのことが良

い方向へと向かっていた。これまでの人生のマイナスの分が、この能力とともに自分をプ

ラスへ変えてくれた。

 一体、誰がこんな大逆転といえる展開を用意してくれたのかは分からないが感謝したい。

今までは神様なんていない、世の中は不公平でしかないとくすぶっていたが違った。今な

ら神様だろうと、UFOを目撃したという誰かの証言だろうと信じれそうだ。これからは

明色に彩る人生が待っているんだ、そう思うと目の前の道がどんどんと開けていくようだ

った。

 瞳に映る全てのものが明瞭に思っていると、視界にあるものが入りこむ。前方から歩い

てくる1人のサラリーマン、その頭上に赤の蛍光球が浮かんでいた。自分にも点っていた

新色、彼もまた喜色の過ぎるような事柄があったのだろうか。その新色の意味合いに興味

が湧いたが、会社までに時間もなかったのでスルーすることに決めた。

 その彼とすれ違ってからそう経たないうちのことだった、耳に大きな衝撃音が響いた。

後ろを振り返ると、遠くの方に人だかりが出来ている。何が起こったのかは予想がつく、

衝撃音の前の大きなブレーキの音で。

 人だかりの方へ行くと、その中央には大型トラックと倒れている人間が見えた。やはり

交通事故か、可哀相にと野次馬の一部になっていた苅部は思う。他人事としての感情だっ

た、ただそれは他人事では終わらなかった。よく見てみると、そこに倒れていたのは先程

のサラリーマンだった。さっき赤の蛍光球を点していたサラリーマン、間違いない。

 まさか・・・そう考えると、頭の中が真っ白になった。寒気が体に走る、嫌な予感は身

体中に広がっていった。



今作は次回更新の第10話で最終話となります。

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