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第三章 戦場の楽園(前編)

 帝国海軍第四艦隊の根拠地、ユグドラシル港に夏の風が吹き始めていた。世界樹が大きな木陰をゆったりと大地に落とし、その木漏れ日の中で、様々な生き物が声明を謳歌している。

 あるものは翅をもち、またあるものは長い尾を持ち、またあるものは形容すら難しい独特なフォルムで宙を舞う。その全てが、アナスタシアにとっては未知との遭遇であった。

「あれは?」

「メガンラ。トンボの仲間。肉食だけど、私たちのサイズは襲わない」

「じゃぁあっちの大きいのは!?」

「騎龍兵。訓練の途中。このままだと進路が交差するから、すこし離れる」

 海上だというのに、漂う空気には塩気や湿気を感じることは少ない。どこまでも澄み渡り、山頂の清水にいるのかと錯覚させるほどだ。

 水も空気と同じほどに透明だ。大型軍艦が通れるほどの深さがあるはずだが、その底に沈んだ艦船の残骸や、世界樹の根、それらを巣にする魚たちの姿をはっきりととらえることができる。

 それらの大気や海の中、そして天を覆う枝の影には、アナスタシアが見たこともない奇妙な姿の動物や、恐目を疑うほどの巨大な虫が自由に動き回っている。

「ここが、ノイエ…… ここが世界樹! 剣と魔法のファンタジーな世界! そうだよ、私が見たかったのはこういう世界!! あ――、最高っ!!」

 自分が憧れ求めていた世界の中を、アナスタシアは飛翔していた。メディが操作する魔導筒――ブルム呼ばれるステッキの上で、目に入るものすべてをカメラに収めていく。

「気に入った?」

「もう最高! 心が洗われるよ。こんな最高の景色、しかも銀河連邦の人間が誰も見たことのない、私が初めての世界! いやぁカメラマン冥利に尽きるってやつだね」

スライムや亜人など人間ではない者達、魔法を使った料理や移動手段、巨大かつ獰猛な水上戦艦。どれもこれも銀河連合の諸惑星には存在しない魅力的な代物であったが、その集大成と言えるものだがアナスタシアの眼前にあった。

 世界樹海峡。

 それは読んで字のごとく、世界樹が”覆う”海峡区域を指す。全幅320キロ、長さ1500キロの巨大な海峡は、海上から乱立する世界樹によって埋め尽くされている。

 成長しきれば1本だけでも戦艦を凌駕する大きさになる樹木だが、その中でも中央に鎮座する「大樹」と呼ばれている固体は桁違いに大きい。

 全高が海峡脇にそびえる山脈を越え、成層境界面にまで達する雄大な姿は、アナスタシアがカメラの望遠機能を使ってみても、先端を見ることはかなわない。

 だが全体像を治められずとも、初夏の日差しを貪欲に吸収し空全てを緑色に染め上げる姿は、それだけで十分にアナスタシアの心を歓喜で満たすには十分だった。

「〔フランドール〕があんなにちっぽけ。巨人の国に迷い込んだみたい」

 それと比較されるのだから、全長3百メートル近い戦艦〔フランドール〕も良くできた模型にしか見えない。しかも世界樹の根、もしくはそれが造る洞窟を停泊地や、艦船ドッグとして使用しているのだから、御伽話の世界に迷い込んだように思える。

 それらを彩るのは、木に、船に、そして空中に浮遊する無数の人々だ。メディと同じように魔導筒を淡く光らせ、時には道具を運び、時には連絡に走る。特に修理真っ最中の艦船ドックの中では、他所よりも多くの光が絡み合い、まるで蛍のダンスをみているようだ。

 やや緊張しながら、メディが展開した宙に浮かぶ魔法陣――静止結界の上に三脚と自分の足を固定し、それらを余すことなくカメラに収めていく。

「ああ、事故った時は運命の神様を恨んだけど、これで全部吹っ飛んだ感じ。この世界見ないで人生進めてたら、絶対後悔した」

「そうなの?私はもっと、アーニャの世界、知りたい」

「魔王様と同じこと言うねぇ。機械ばっかりで、味気ないよ?」

「その機械が見たい。だってその首の機械だって、本当に帝国語を喋ってるみたいだし」

 今、アナスタシアの首元には小さな機械が装着されていた。惑星ノイエに降り立つ際に渡された、自動翻訳機である。

 彼女が持っていたものは墜落時に吹き飛んでしまったが、何処の誰ともわからぬ遺体の一部から回収されたらしい。

 出所を知った時はさすがにアナスタシアも一瞬躊躇したものの、背に腹は代えられなかったようだ。

「あー、メディちゃん、もっと右」

「右だね。わかった」

 翻訳機ごしの指示を受けて、メディは2人乗り用の中型魔導筒をそっと動かした。この惑星の住民ならば誰もが扱える代物だが、異星人たるアナスタシアには魔力はない。墜落すれば、そのまま海面でミンチになって世界樹の養分になる運命だ。

 そのようなことは知っているはずであろうに、この少女は片手は骨折、右手はカメラを握った状態で、直径数十センチの台座の上でバランスをとっている。その上行きたい方向へ指をさす、いきなりメディに触れる、騒ぎ出す、オーバーリアクションをとるのだ。

 はっきり言って、頭のネジが緩んでいるとしか思えない。

「怖くない?」

「ん、何が?」

「高いところ」

「んー、別にー」

言われてアナスタシアは、顎に指を当てて、少し悩む様子を見せる。

「私の住んでるところ、昔は色々にぎやかだったけど、今は寂れたところでねー。だから、廃墟とか多かったんだ。ホテルとか、マンションとか」

 写真を撮りながら、アナスタシアは自分の趣味が廃墟探索で、その動画をアップロードして小遣い稼ぎをしていたことを語った。

「最初はさ……。他の人の写真とか動画を見て、綺麗だなって思うだけだった。でも本当に見てみたくなって、山奥のホテル跡に行ったの。ま、そんな軽い気持ちで行ってみたら……このザマですよ」

 アナスタシアは右腕のカフスボタンを外すと、自慢するようにその中身をメディの前に見せた。そこには少女らしくない、かなり派手な縫い痕が刻まれていた。

「窓枠を乗り越えようとして、ガラスの破片でやっちゃった。12針! 名誉の負傷」

 女にとって顔や肌は命の次に大事だといっても過言ではない。だが、アナスタシアは笑顔でその傷跡を見せつけた。

「一番目立つのはこれだけど、他にも腐った床を踏み抜いて骨折したり、ハチに襲われて色々腫れちゃったり……。そういうのは昔っから慣れっこだったしねぇ」

「怖く、ないの?」

「怖いっちゃ怖いけど……。その分、良い気分になれるから、辞めらんない」

「良い気分?」

 首をかしげるメディに、アナスタシアは顔を近づけて語る。

「廃墟とか、自然とかの写真とか動画って綺麗だけど……やっぱり実際に行くのは違うんだ。空気にも味があって匂いがあって……、指に風が絡んでくるし、肌が舐められるみたいで。こればっかりは、実際に動かないと分からない」

「あー、確かにそうだね!」

 思い当たる節があるのだろう。メディも破顔してアナスタシアの方を振り返った。

「セックスだって、実際にやってみないと、あの安らぎは分からないよ。ただ性欲を満たすだけじゃない、愛しい人とのお肌のふれあい……!」

「う、うん。そう……なの? わ、私にはまだ早いかなぁ。あははは……」

 屈託のない無邪気な顔でとんでもないことを言い放つ淫魔スライムを見て、アナスタシアは自身が目をつけられていることを思い出した。

「あ、そうだ。そろそろ修繕ドッグの見学の時間だっけ。メディちゃん、〔フランドール〕のドッグに向かってくれる?」

「ん、りょーかい」

 アナスタシアは苦笑しながら話題をそらし、身の危険を先手を打って回避したのだった。


*    *     *     *     *


 その頃、戦艦〔フランドール〕は世界樹の根のうろにその船体を押し込んでいた。

 それは帝国軍が造船ドッグとして使用されているもので、内部には足場やクレーンが至る所に取り付けられている。

 洞の内部では魔導筒や浮遊艇が目まぐるしく動いており、大勝利の立役者の傷をいやしていた。

「主砲や機関に被弾がなかったのは幸いでしたネ。被弾箇所のモジュールを取り換えるだけデスら、2週間でドッグから出られそうデス」

 その甲板の上で右手に三段重ねのアイスクリームを持ったフランが、パラトリアと共に歩を進めていた。

「しかし見事な戦い方だったな、フラン。戦艦2隻相手にこの程度の損害。しかも軽巡を鹵獲できるほど圧倒できるとは思ってなかった」

「それはドーモ……。しかし、相変わらず口調の切り替えが急デスネ。正直、未だに慣れないデスが、ソレ」

「今はフリータイムだからな。魔王と言えど、TPOは大事ってことだ」

 魔王らしからぬ発言に複雑な表情を浮かべながら、フランは隣のドッグで同じく修理を施されている〔手取〕に視線を向けた。

 軍艦艦長であるフランには鹵獲品のデータなどの報告はまだ入ってきていないが、遠目に見ても新型のセンサー類や小型化された武装から、あれが新鋭艦であることはすぐにわかった。

「あんだけボコボコ輸送船を沈めてやったのに、まだこんなの作る金と物資があるとか、本当、連合サンは羨ましいデスね」

「帝国にも金はあるさ。もっとも、第一、第二艦隊の連中が占有しているが……」

「世知辛いデスねぇ。こっちにやってくるのは旧式護衛艦と、魔王が引っ張ってくる実験兵器と、敵から強奪した物資、それに――」

 フランが戦艦〔フランドール〕を見上げる。

 全長224メートル、全幅32メートル、主砲は38センチ四連装砲を3基搭載。3年前、パラトリアが指揮するトリアナ港制圧作戦時に運悪くドック入りをしており、そのまま拿捕されてしまった不幸な戦艦である。

「たまには骨董品や鹵獲品じゃなくて、ペンキの匂いの取れない新造艦が欲しいデスねぇ」

「無理だな。それどころか、上からは一月後には出撃しろって命令が来る始末だ」

「まったく、背広組の連中は……。ま、もう色々と慣れましたけどネ」

 愚痴はこぼすものの、フランも第四艦隊の台所事情は理解している。元々重巡洋艦を旗艦とした地方艦隊である。それを〔フランドール〕奪取以降、戦略にすら影響しかねない戦果を叩き出してはいるものの、逆にそれが嫉妬を買い、艦艇や人員、予算の面での苦労は絶えない。加えて今回は戦艦2隻の撃沈に巡洋艦の鹵獲という大勝利だったが、裏で失った物も少なくない。

「ヤハリ、第一六潜水戦隊の件、デスか」

「1隻2隻ならともかく、8隻全てだからな。敵さん、どんな手を使ったのやら」

 第一六潜水戦隊は帝国第四艦隊に所属する部隊であり、半月前に敵輸送船団への襲撃作戦の後、全艦からの定時報告が途絶している。艦隊全てが行方不明――喪失の状態であった。

「全滅、デスか……」

「この謎を解かない限り、潜水艦隊の出撃は控えるしかない。潜水艦を出せない以上、水上艦艇と騎龍兵を使って敵の正体を探らないと、折角途絶えさせた補給線が復活する」

「あいつらの死も無駄になる、と」

 パラトリアの溜息に、フランが瞑目する。

 潜水艦の最期は、空しい。いつ沈んだか、何処でどうして沈んだかもわからず、ただ連絡が途絶えたら喪失として認定される。

 お互いに生活のほとんどを海の上で過ごしているので、乗員たちとの面識はやや長めのドック入りで出会う時ぐらいだ。だがその短い期間に出会った時などは、一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、博打を打ったりしたものだ。

「ほら。ハンカチ」

「な、わ、私は別に泣いてなんかないデス」

「いや、アイスが溶けて手にかかってる」

 それがパラトリアなりの優しさなのか、それとも単に鈍いだけなのかは判別が難しかったが、フランはそれをありがたく頂戴してまず顔を拭き、それから手を拭いた。それから溶けかけたアイスを貪るように口に押し込んだ。

「あ、魔王様。フランとデート?」

「そんなわけないだろ。というか、お前たちの方こそデート中という雰囲気だが……」

 そんな二人に声をかけてきたのはメディだった。軍服が汚れることも気にせず、煤けた甲板の上に直接足を延ばしている。その太ももの上には真っ青な顔をした、桃色髪の少女が一人。

「どうした女史? 死にそうな顔して。メディの膝枕は安眠できる形じゃなかったか?」

「魔王様。私の足、そんな硬くない。アーニャ、〔サイプレス〕の水中作業の取材した」

「魚雷の大破口の修理を? あー……」

 アナスタシアは親切な担当者に水中移動の術をかけてもらい、海中からの大破口撮影をしていた。だがその取材中に、なにか大きな、ブヨブヨした存在に出くわしたのだ。驚いたアナスタシアが手で払うと、それはぐしゃ、とひしゃげて、バラバラになる。何事かと思ったとき、虚ろな瞳と半開きの口が、彼女の目の前に現れた――

「魚雷命中箇所には、水死体があるのは当然だろう……。予測しておくべき事態だったな」

「悪夢。トラウマ。もうしんどい。死にそう、というか死んだ方がマシかも。世界樹で心が洗われたと思ったらこの仕打ちですよ。神様はえぐい。死ねばいいのに」

 メディの膝元で震えるアナスタシアは、魔王の眼から見ても哀れなほどだった。体験した内容を考えれば当然ともいえるが。

「そりゃあ神に刃向う魔族を取材しているんだ。神だって良い顔はしないだろうな」

「でもアーニャ、水抜いて埋葬するまで取材した。最後まで耐えた。偉いと思う」

「埋葬しなかったら呪われそうじゃん!『祟らないでください!』 て必死だったんだから!…… あうぅ、手から臭い取れない……」

 青い顔をしながらアナスタシアが呻く。彼女自身が死人のような顔になってしまっているが、彼女の体験したことを考えれば仕方ないことだろう。

「女史、少しばかり用事がある。今晩、俺の家に来てもらうぞ」

「ま、魔王様の家!? い、いいんですか!?」

「そっかー。アーニャで夜のご奉仕かー。うらやま――」

 ばん、と乾いた音がして、メディの頭部がはじけ飛んだ。

 見れば、パラトリアの手にはエーテルの燐光がくすぶる銃が握られていた。

「ちょ!?」

 いきなりの発砲にアナスタシアは驚いたが、やはりそこはスライム。額に穴をあけられたまま、うっとりとした様子で頬に両手をあてながら首を振る。感情が高ぶっているのか、触手のような頭髪も小躍りしている。

「はうっ!魔王様ったら、昼間から熱い」

「そりゃぁ熱いだろう、銃弾だしな」


 メディの予想は、もちろん当たるはずなどなかった。パラトリアはごく常識的な態度でアナスタシアを宅へと正躰した。

「……無い!これは無い!!」

「何が無いんだ女史?」

 パラトリアは軍人ではあるが、魔王と呼ばれている通り、このユグドラシル地方を治める王でもある。彼の家は軍港から歩いて5分ほどの、大通りに面した場所だった。

 立地としては一等地だ。だが――

「嫌だって、魔王様の住処ですよ? 魔王城ですよ!? 全然威厳が無いじゃないですか!」

 まず四角い。数学の教科書から引っ張り出したのか?と疑うような綺麗な立方体だ。

 表面は灰色一色で、鉄筋コンクリート製であることを隠そうともしていない。

 なにより小さい。普通の一軒家と変わらない大きさだ。

 言われなければ軍の倉庫だと言われても疑いもしないような、無味乾燥な建築物だ。とても魔王の居城とは思えない。

「見た目がつまらないのは認めるが、悪い物件ではないぞ。2LDKで家賃は――」

「普通の家じゃないですか! というか賃貸!?」

「一応買えるだけの資産はあるが……ほとんどが船の中で生活しているしな。終戦なり休戦すればここに住む必要もなくなる。借りた方が効率的だ」

 パラトリアはアナスタシアを家へと招き入れると、彼女を地下室へと案内した。彼が扉を開くと、埃と油と木が混じったような、しかし不快ではない臭いがアナスタシアの花をついた。

 部屋の壁は沢山の段ボール箱で埋め尽くされており、所々に高価そうな機材や液体で満たされた円筒の容器などが並べられている。

 何かのレポートと思われる紙や写真が一部で散乱してはいるが、部屋に押し込められた物品の量から考えれば、整理整頓はかなり行き届いているように見える。

 魔王の部屋というよりも、大学などの研究室という呼称の方が説得力のある光景だった。

「なんか、魔王様って本当に魔王様っぽくないですよね」

「なら女史は、俺が黄金の杯で酒を飲み、肉を貪って、この場で唯一の女の女子を強引に手籠めにするような男が望みか?」

「い、いえ! それはいいです。私、まだそういうのは早いと思うんで……」

「良い心がけだ。あの変態スライムにも爪の赤を煎じて飲ませてやりたい、いや巨大ミキサーにぶち込んで、魂の髄にまで染み込ませてやりたいものだな……。む、何処だ?このあたりに片付けた記憶があるのだが……」

 パラトリアは紙箱の樹海に身を沈めると、箱の天辺を見て首をひねる。段ボールの上にはミミズが干からびたような、ノイエ語らしき何かが書かれている。数秒、解読をしようとしたらしいが諦め、ふたを開け、中身が目当ての物品でない事を確認して、別の箱の解読を試みる。

 が、どうやら次も違ったようで、また次、また次と箱の中身を物色していく。

「メディちゃん、ひどい扱い……。それはそうと、その女史って呼び方、何とかなりません?」

「気に入らないか?」

「気に入らないというか、なんか、自分に不釣り合いでムズムズするって言うか……」

 パラトリアは女史、とアナスタシアを呼んでいる。曰く、この惑星において一番価値のある女だから、だそうだ。

 少なくとも惑星を牛耳る二大国家が、艦隊を繰り出して奪い合うほどの価値があるほどに。

「でも私は身も蓋もない言い方をすれば、密航者ですし……」

「姉から裏から入手したチケット、だろ?よほど広いコネクションを持っているんだろうな」

「はい。お姉ちゃん、IQ160の天才なんですよ!」

 嬉しそうに微笑むアナスタシアを見て、パラトリアが一瞬、荷探しをしていた手を止めた。

「……魔王様?」

「家族が、好きなのだな……。動画でこの地に残ることを宣言していたが、反対されたのではないか?」

「はい。メールで何通も帰ってこいって言われました。けど……」

 アナスタシアは目を瞑り、メディから貰ったカメラ指を這わせた。

「ふふっ。こんなトクダネ、見逃せないです! だって動画の再生数、普段の10倍とかになってるんですよ?……って言っても、魔王様には分らないかなぁ」

「一応銀河ネットワークの知識としては、な。この惑星にそのようなシステムはないし、銀河連合の物も使ったことは無い。が……めでたい事だということは分かる。ならば、これはその祝いの品だと思ってくれ」

 魔王が取り出したのは、戦艦で手渡した私物のようなものではなく、本格的な動画用カメラだった。

 それもカメラ単体ではなく、望遠や広角のレンズ、三脚、それらを運ぶためのバッグまで。撮影用の機材が一式、全てそろっていた。

「すごい……! これを、全部私に?」

 やや無造作に渡されたそれを両手にとってみると、ずっしりと重い。

 ところどころに傷が入っていているが、特に壊れた様子はない。几帳面な持ち主が長年大事にしていた感じが良く伝わってきた。

「良いんですか!? これ、すっごく高いんじゃ……」

「とある筋から譲り受けた物なんだが、俺はあまり興味がなかったからな……。そいつも、部屋の隅で埃をかぶってるより、お前に使ってもらった方が喜ぶだろう」

「ありがとうございます。へぇ……カメラは魔法で動くんじゃないんですね」

 カメラと三脚を確認していたアナスタシアは、ふと疑問を口にした。

 パラトリアは「良いところに気が付いたな」とアナスタシアを真正面から見据える。

「女史。これから女史が赴くのは戦場だ。電気、魔法の妨害は日常茶飯事だ。それらを動力とする物品はすぐに破損するから、使い物にならんぞ。それに物理的な壊れても自分で修理できる。」

 戦場――

 ああ、そうだ。ここは戦場なんだとアナスタシアは改めて理解した。

 あの艦橋から見た光景、燃え盛る船に、その炎に呑まれていく、小さな黒い粒のような影。

 鼻を衝く、腐敗と燃焼が混ざったような臭い。

「カメラを置くなら、今の内だ。それを手にしたら命の保証はできないし、少なくとも半年は宇宙へ戻ることはできなくなる」

 戦場カメラマン――

 彼女は魔王様に、そうなると言った。

 たった数日前はこんなことになるなんて思わなかった。今でも、怖くないと言えばウソだ。あの日、医務室の前に並べられた人たちに自分も加わるかもしれないと思えば、今すぐここから逃げ出したいと思っている。

 でも逃げたら、きっと一生後悔する。この戦争の原因や戦局なんて何も知らない。だが戦争が終わった時、自分がその場にいなければ、絶対に想うことになるだろう。何より――

「魔王様。このカメラの使い方、あと、整備の仕方教えてもらえますか?」

「そこの箱に説明書が入っている。残念ながら、俺も使った事が無いのでな。メディを頼るなり、辞書を使うなりしてくれ」

 アナスタシア・キュイは、カッコ悪いことが嫌いだ。

 何時でも何処でも、カッコ良く生きようと心に決めている。

 故に。

「私、頑張ります!魔王様のカメラを使って、この世界のこと、いーっぱい、この宇宙に伝えていきます!」

 この面白い世界を撮る。

 撮って撮って撮りまくる。

 傷つくかもしれない。

 死ぬかもしれない。

 だからこそ、後悔しない、最高の一瞬を探し求めて――

最新話投稿しました。


いやー、しんどかったですよ。

軍艦好きということでworld of war shipsやってるんですが、景品で1週間のプレミアム期間もらっちゃって。

経験値稼がなきゃ(使命感)とかやってて寝不足が酷くて……

はい、どう見ても自業自得ですね。


そんなわけで物語の中心地、世界樹を登場させました。

巨大な樹木の傍に停泊する無骨な軍艦……とかイラストにしたらすげー映えるとおもうんですがねぇ。

俺に絵心があれば……orz


今回、ちょっと長くなりそうだったので前編、後編になります。

次週はあーにゃの動画ではなく、このまま続く感じになりそうです。


それではまた次週お会いしましょう。

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