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第一章 世界樹海峡海戦

銀河歴1597年 5月23日

新天歴2611年 6月36日


 水平線の彼方に見えるのは、どこまでも大きな木だった。

 山よりも大きく、雲よりも高い。

 根は海に沈み、葉は大洋を覆い隠す。

 無数の生物が自身に穴を開けようとも、その木肌や葉を食そうとも怒りもせず。

 ただ静かに木の葉や実を落し、足元に豊かな腐葉土を授ける生命の母。

「確かにこれは圧巻の一言だな」

 その大樹――世界樹を前にして、初老の男は小さくつぶやいた。

 揺れる船の上。

 ダークグレーの生地に金の刺繍がちりばめられた服を纏った男は、甲板の上に腰を下ろすと、その傍らに瓶を置いた。

 懐から小さな杯を取り出し、酒を注ぐ。

 透き通った水面に移る自身の、皺の深い顔を見て、目を細める。

 その皺に刻まれた己の人生を思い出し、噛みしめ、それらを飲み干すように、酒を口へ運ぶ。

 故郷の水、故郷の米で作られたそれは、飽くほどに呑んだ味。

 だが、今日の一口はいつもと違った。

「世界樹を肴に飲む酒はどうですか?」

 背後から聞こえる女性の声に、男は小さく微笑んだ。

「今までで、最高の味だな……。どうだ、お前も一杯」

「ええ、いただきましょう」

 隣にきた妙齢の女性に杯を渡し、互いに交わす。

 甘いアルコールを舌に絡ませ味わいながら、目を細めて世界樹を見る。

 圧巻、というのはまさにこのことなのだろう。

 世界一高く、大きく、そして気高い世界樹。

 日中ならば降り注ぐ陽光と葉の緑が混ざったモザイク模様になっていたのだろうが、今は夕暮れ時。夕陽に染まる大樹は、まるで燃え上がる松明のようだ。

「これを見るために来たのだと思えば、この船旅も悪くはなかったか……」

 以降、男も女も無言で、一杯一杯をかみしめるように酒を呷った。

 そして瓶の中身が半分ほどになったころ、自分の体に浮遊感を覚えた。

 床に座っているにも関わらず、体が傾くのを感じた。

「海渡る 武士達の見る夢は 気高き大樹の 夜露なりけり」

「はは。相変わらず、詩が下手ですね」

「ひどいなぁ。これでも辞世の句だって言うのに」

 男呟き、女が笑うと同時に、浮遊感はさらに大きくなり――


「〔美作〕急激に傾斜。横転します!」

 破局は唐突に訪れた。

 悲鳴のような鈍い金属音を発しながら、巨大な船体が大きく身震いを始める。直後に被害が大きい左舷側に向かって甲板が大きく傾き、怒涛の水流と共に反対側の艦舷が持ち上がった。

「溺者救助中止。全艦、全速離脱。渦に巻き込まれるデスよ!」

 電波の波に乗った女の声に急かされ、周囲に停船していた小型艦の艦尾が蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出していく。

 その背後では徐々に傾斜していた船体がある一瞬を境に急激に角度を増し、甲板の上に存在していた兵器の残骸や、まだ脱出できていない人間やかつて人間だったモノが、坂道に落ちた木の実のようにゴロゴロと転がり海へと落ちていく。

 坂道は1分もしない内に壁となり、半分鉄くずと化している主砲塔や艦橋が海面に叩きつけられる。派手な水飛沫が吹き上がると同時に反対側からはのっぺりとした、赤く塗装された船底が顔を出し、しばらくは死んだ魚のように裏返って浮いていた。

 だがそれも数十秒もすると、艦尾側から、まるで見えない手に引きずり込まれるように沈み、海底に穴でもあけたのかと疑うような渦を作りながら、水面の下へと消えていく。

 ――周囲に浮いていた、無数の将兵を巻き込んで。

「こちらに、渦に巻き込まれた艦はイネーデスね?」

「ありません」

「OKデス。安全が確認でき次第、溺者救援を再開するデス」

 そこから西に3キロ。戦艦〔フランドール〕の艦橋では、一人の少女がカタストロフィの残滓を眺めていた。

 その双眸の中に、数分前まで存在していた巨大戦艦は映っていない。あるのは真っ白に染まった泡の塊と、無数の乗員、木材や樹脂などの破片、そしてわずかに燻る煙と炎だけだ。

「救助部隊より報告。収容者の証言では、司令官と参謀長、艦長、他数名の要員は退艦を拒否。艦にとどまったとのことです」

「艦と共に命運を、デスか……」

 先ほど退避の命令を発した口から、憂いとも嘆きともつかぬ声が漏れる。

 フワフワとした金髪のウェーブに、エメラルドの瞳という少女の出で立ちは、傍から見れば精巧な人形にも見えたが、身を包む漆黒の衣装はれっきとした軍服であり、その襟首には金の七芒星が三つ輝いていた。

 それは彼女の所属する軍において大佐の地位を示すものであり、本来ならばエリートであっても三十代にならねば手に入らない称号である。まだ二十歳前としか見えぬ少女が手にして良いものではない。

 だが少女は歳不相応の階級など気にもせずに、左耳につけたインカムのマイクを起動した。

「魔王様。こっちは片付いたデス。そちらもそろそろ引き上げる頃合いじゃねーデスか?」

 見た目相応な可愛らしい少女の声に対し、インカムから返ってきたのは、ややハスキーがかった、しかし聞き取りやすい打楽器のような声だった。

「もう少し粘りましょうフラン大佐。生存者が敵に渡ったら、それこそ我が帝国の危機です」

「それは分かってるデスが……。相変わらず、その気持ち悪い敬語は止められネーですか?オメーに敬語ってのは頭がムズムズして落ち着かねーデス」

「私は大尉、貴女は大佐なのですから、軍務中は我慢してください」

「魔王様だって元大佐、しかも帝国の救世主じゃねーデスか」

「1世紀以上も前の話ですよ。今はしがない、一介の大尉です」

「ハッ。前線参謀なんて名目で、実情は艦隊司令官やっておいてよく言うデスね。こっちとしては、伝説の魔王様が敬語ってノハ、いささか気味が悪いのデスが……」

 フランと呼ばれた少女はやれやれと言った様子で、先ほど沈んだ戦艦とは反対側の海面に目をやった。

「しかし宇宙人の船を撃ち落せ、なんて言われた時には、頭でも狂ったのかと思ったデスが……。魔王VS宇宙人、デスか。ふふっ、中々洒落の聞いたシナリオですネ。何年かしたら映画化決定じゃないデスか?」

「地球時代の古代文献で、宇宙人が地球上で争い会う映画なら、見たことがありますが……。だめですね。人どころか、部品すら見当たらない」

「そりゃ、ネェ……」

  夕焼けに染まった朱い海に、天から降ってきたのではないかと勘違いしそうな柱が乱立している。

 それこそが世界樹ユグドラシル――の、幼木である。

 幼木とはいえ直径50メートルを凌駕し、樹高も800メートルはある、この世界においてもっとも巨大な生命体の一族だ。

 だがその内の一本が、巨人が斧を振り下ろしたかのように斜めから大きく引き裂かれ、無残にも圧し折れていた。

「生存者がイルとは思えねーデスねぇ……」

 世界樹と言っても所詮は木材。

 爆薬やら砲弾での破壊は不可能ではない。

 その質量と硬さ故に並大抵の衝撃では破壊されない代物だが、それを成したのは1隻の宇宙船だ。大気圏を突破し、高度数万メートルから墜落してこの世界樹の幼木に激突したのだ。左半分を抉る形で突っ込んだ機体は、海面をバウンドして木端微塵に砕け散った。

 中の人間にかかったGは数百か、あるいは数千か。

 状況を見る限り死体の破片が見つかれば幸運、死体が原形をとどめていたら奇跡というレベルにしか見えなかった。だが万が一、億が一にでも生存者がいれば、それがとてつもない危機にあることもまた、フランは理解していた。

「まったく栄えある帝国海軍が、宇宙人の捜索だなんて。笑い話にしかならねーデス」

「べつに宇宙に住んでいるだけで乗員はただの人間。大佐と同じ、地球に祖先を持つホモサピエンスですよ。ただし、我々と違って魔法は使えず、代わりに恒星間航行を行えるレベルの技術力を持っていますがね」


 事の始まりは、何千年も前にさかのぼる。

 人類は、自らの母であった地球を捨てた。

 いつ捨てたのか。その原因は何か。

 致命的な宇宙線、強力な伝染病、戦争、資源の枯渇、環境の激変など、様々な説が無数の学者によって挙げられたが、決定的な証拠などあるはずもなく、真相は未だ不明。

 ただ事実として、地球人類は生まれ故郷を捨て、宇宙に散ったという歴史が残った。

 超光速航行技術を持っていた古代人は、散り散りになりながらもできる限り地球に似通った惑星を探し当て、テラ・フォーミングを行い、植物を育て、動物を放逐し、自らの生存圏を確保していった。

 新たな大地の上で宇宙漂流の中で失われた技術を復活させ、再び恒星間の連絡手段を手に入れた時、彼らは故郷を同じくする者として再会を喜び、まだ星の海へと泳ぎだせない同胞を探す旅に出たのである。

 そうして約1600年前に誕生したのが、銀河連合である。最初は15の惑星国家の連合体であったが、今はその所属惑星は400を超える巨大組織だ。

 彼らは互いに通商を行い、さらに深宇宙へと足を踏み入れ更なる、先祖を同じくする者の惑星を捜索していた。

 ここ、惑星〔ノイエ〕も、そうして見つけられた星の1つである。

「やれやれ。古代人サマもそんな技術力があるなら、絶対平和の方程式でも教えてくれれば良いんデスがねぇ……」

「人間なんて思想の違いどころか、肌の色を理由に戦争と虐殺をできる連中ですよ。実際、再発見された惑星の7割が、統一政府も作れず戦争していたようです」

「宇宙に羽ばたいても戦争、戦争。まったく、人間ってのは本当に救われねぇ生物デスね」

「それは我々、魔族と神も同じでは?我々ノイエ帝国と、聖教連合なんて、休戦を挟みつつ、数千年も戦争やってますよ」

「まぁウチの帝国は魔族を祀って、連合サンは神を祀ってますからネェ。敵対しない方が無理って話デス」

 自分たちも救われない行為の最先端を行く立場であることを思い出し、フランは苦笑しながら艦長席へと腰を下ろした。

 自分たちがどうしようもない殺戮集団であることは自覚していたが、今回の作戦はその海軍人生の中でも、かなり胸が痛くなる部類のものだった。

 恒星間航行技術を持った技師が、親善大使に偽装して敵国への侵入を画策している。

 この技術を渡さないため宇宙船を秘密裡に撃墜するというものが、戦艦〔フランドール〕に与えられた任務だった。

 その作戦はおおむね成功している。

 予想外だった敵の救出部隊の撃滅というオマケもついて、この海域の制海権は完全に確保した。

 それは良い。

 だがその宇宙船には、何も知らない民間人も多数乗っていたのだ。中にはまだ成人にもなっていない子供も含まれている。

 無論、恒星間航行を有する技術者が敵国に渡れば、帝国が破滅することは理解しているが……

「本当、救われねーデス……」

 軍帽を目深にかぶり、腕を組み瞑想する。

 頭を感情から理性、一介の女から軍艦艦長の思考へと切り替える。

 密入国を画策した宇宙船は撃墜した。

 民間人諸共の謀殺など、本来ならば宣戦布告と受け取られても文句は言えないが、そもそも

銀河連合では、戦争中の惑星に対しての技術や資源の搬入はもちろん、人員の移動ですら厳しく制限を設けている。

 銀河連合のどこの国の所属かは知らないが、あちらも違法行為である以上、表立っての非難はできまい。

 あの魔王は供与予定の技術の奪取も考えていたらしいが、強欲の象徴たる彼とて、木端微塵になって海底に沈んだ技術の欠片を回収するのは不可能だろう。

 当初の目的である技術供与の阻止は成功したのだ。欲は出さず、そろそろ帰り支度をしようと、フランはインカムのスイッチに手を伸ばした――。

 その時だった。

「ヘーイ。どうしたんデスか、魔王さ…… 生存者!?艦長より医務室。軍医長、至急後甲板へ。重傷者の受け入れ準備!」


 数分後、1隻の浮遊内火艇が〔フランドール〕後甲板に着艦した。出迎えたフランの前で浮遊魔法の術紋が消え、扉が開く。

「お帰りなさいませデス。魔王様」

「茶化すのはやめてください、大佐」

 降りてきた人物は、フランと同じ軍服に身を包んだ少年であった。

 フランに呼ばれている通り、彼は魔王だ。名を、パラトリア・ファーバントル・メフィストフェレスという。この墜落現場を含むユグドラシル藩王国を束ねる魔王であり、階級は銀の三ツ星――大尉である。

 身長は人間として見るならば十代前半程度。ツヤツヤとした健康的なチョコレート色の肌と、腰まで伸ばされた絹を思わせる黒髪を見れば女のようにも見えるが、顔のパーツとなる目端や眉は鋭く、彼の性別が男であることを示していた。黒曜石を思わせる瞳光は、見る者の何もかもを観察しているな、監視カメラのように不気味だ。

 そして、頭に生えた一対の角が、彼が人間ではないということを物語っていた。

「他の班からの連絡は?」

「生存者どころか、破片が数個ってレベルデス。ただ、サンプルとして宇宙船と搭載物資の破片を回収したという報告があったデス。あとは大きめの機械部品をいくつか、海底調査の連中が回収したそうデ」

「それだけ入手できれば上出来、ですか。民間の技術でも外宇宙のものならば、我々の軍事で通用するものは多々ありますからね」

「ま、破片が回収できただけでも御の字デスかね。……それが、例の宇宙人デスか?」

 パラトリアに続いて出てきた衛生兵を、フランが覗き込む。

 担架の上には一人の少女が寝かしつけられていた。

 髪は桃色のセミロングで、肌の色から白人、もしくは白人と黄色人種のハーフであることがわかった。身長から察するに年齢は十代半ばといったところだろう。清楚な顔立ちは絶世の、とまでは言い難いが、女であるフランから見ても悪くないものだった。

 既に手当されたらしく、左腕がギブスで固定されており、足もズボンが破かれ包帯や絆創膏で装飾されている。

「宇宙人とか言うから、目のデケー銀色のタコを想像したデスが……。どう見ても、ただの人間デスね」

「大佐。遺伝子なんてものは数千年程度では変化しません。元は地球をルーツにした存在なんですから、そっくりで当然です。というか銀のタコって、なんか混ざってませんか?」

「さぁ?しかしあの惨状で骨折だけとは……この娘サンは、バケモノじみた幸運持っているようデスね」

「左上腕骨の単純骨折と、打撲が数か所。軽度の脱水症状を起こしていますが、命に別状はないと思われます。怪我のこともありますが、彼女が本星にはない伝染病などを持っている可能性もありますので、精密検査をしておいてください。あと、遺体の破片も数体回収しました。DNA鑑定にかけて故郷に帰す可能性もあるので、軍医長には保存処置をお願いします」

「そうデスね……。軍医長、後は任せるデス」

 フランが指示すると、白衣を着た兵士が前に出て、担架を持ちあげ艦内へと消えていった。

 それを見送るとフランは宇宙人への興味は失せたのか、回れ右をして艦橋の方へと戻り始めた。パラトリアも後に続き、〔フランドール〕艦内へと足を入れる。

「ヤレヤレ。艦隊繰り出して、拾えたのは女宇宙人が1人と、死体にガラクタデスか。燃料代と割に合いますかネ?」

「いや、あの少女は中々に美人でした。燃料代を出してでも手に入れたいと思うほどには」

「……十代前半の女に手を出す気デスか?いや、身長的には似合ってるデスが、年齢差10倍以上デスよね?」

「強欲なんですよ、魔王ですから。」

 後艦橋後部に入った二人はしばらく通路を歩いた後、鉄と複合樹脂の世界には似合わない空間―― 2メートル四方の円筒に、緻密な魔法陣が描かれた部屋へと入った。

 扉を閉め、電光パネルに光る「CIC」の文字をタッチすると、床に描かれた魔法陣が青白く光り、ビリビリとした痺れが2人の皮膚を叩いた。

「サテ、帰還途中に連絡は回しましたが、敵の第2波がこちらに接近中デス。交戦距離までは約4時間」

「戦艦がいる、でしたね。他の戦力もこちら以上……」

「当然?」

「据え膳は食べますよ。女も、敵も」

 ブザーが鳴り、魔法陣から光が消えたのを確認してドアを開けると、そと世界は全く別の姿へと変貌していた。

 青、赤、黄、白、緑。

 それは機械の状態を知らせるための電気的な光でもあり、またセンサー類の情報を可視化させるための魔法陣の光でもある。

「艦長!それに魔王様まで……。お2人がCICにいらっしゃるとは珍しいですな」

 極彩色の煌きの中で2人を出迎えたのは、砲術長のアンドレ・モレニエ大佐だった。CIC(戦闘指揮所)の主ともいえる彼は、恰幅の良い肉体から両手を広げて二人を歓迎して見せた。

「すぐに艦橋に戻りますよ。ただ、次の作戦について一応説明をしたいと思いまして」

 まずは現状を確認します、とパラトリアはCICの中央に置かれた台に手をかざした。彼が発した魔力に反応して台座に刻まれた魔法陣が光り、その上に立体映像が投影された。

 映し出されたのは、世界樹海峡付近の地図だった。

 海峡の中心に青い三角――戦艦〔フランドール〕を中心とした帝国軍艦隊が表示され、その傍には半透明の赤い三角形が表示されていた。傍には「A」の文字が表示されている。

 もう一つ、海峡からやや離れた位置には濃い赤色で三角形が投影されており、こちらには「B」の文字が表示されている。

「当初敵艦隊はアルファ、ブラボーの2艦隊を合流した後、墜落現場へと向かおうとしていました。そこで我々は偽のSOSで敵艦隊アルファをここ、〔世界樹海峡〕におびき寄せ、全艦の撃沈破に成功しました」

 パラトリアが説明を開始すると、「A」と表示されていた矢印にノイズが走り、消滅した。

 同時に、地図の上空に戦艦〔フランドール〕以下の立体映像が投影された。その内の何隻かには、大きく赤いバツ印がついていた。

「しかし〔サイプレス〕の被雷をはじめ損傷艦が多く、現在我が艦隊で戦闘に耐えうるものは本艦〔フランドール〕と駆逐艦4隻だけとなっています」

「敵艦隊ブラボーの戦力は〔大隅〕型戦艦が1隻に、型不明の巡洋艦が2隻、駆逐艦が8隻デスか……。明らかに不利デスね」

「しかし戦艦さえ叩けば、〔フランドール〕の火力で圧倒できます。そこで――」

 パラトリアが指先を軽く動かすと、投影されていた立体映像がさらに拡大された。範囲外になってしまった敵艦隊が消え、代わりにフランドールが三角形ではなく、しっかりとした戦艦の姿で投影される。また海峡も単なる地図ではなく、その途中にそびえる世界樹が1本1本しっかりと表示されるようになった。

 台座のなかで何本も鎮座する世界樹の内、他のものよりもやや大きいものが、オレンジ色で表示されていた。

「これは、管理番号TJZ32と割り振られている世界樹です。登録は10年前であり、現在の樹高は1200m、直径は104m。この海域の中では最大級の世界樹です。こいつを利用して、敵の戦艦を沈めます」


 ――2時間後

「目標、進路変わらず。距離5千……。今デス、アンドレ。ぶち込め!」

「了解!主砲、撃ち方始め!」

 フランの怒号に命じられるまま、アンドレにの指先が主砲の発射トリガーを引いた。

 戦艦〔フランドール〕の主砲は38センチ四連装3基で、その内艦橋より前方に装備された2基が正面を指向できた。

 ベクトル・カノンと呼ばれるそれには、名前の通り物体に加速度を与える魔法陣が刻まれている。その紋様が輝くと同時に、中空にも立体的な紋様――加速術式が浮かび上がり、1トン近い砲弾に音速の数倍という速度が与えられるのだ。

 敵艦との距離は5千メートル。人間からすれば相当な距離だが、戦艦という種族にとっては至近距離と言える。重力を無視できるほどの速度を得た砲弾は、8発の内、実に6発が敵の船腹に直撃した。

 空気による速度減退をほとんど受けなかった彼らは、易々と複合装甲の殻を食い破り、柔らかな“はらわた”に噛みついた所で、己の使命を全うした。

 敵艦の複数個所で閃光が走り、轟音と共に数万トンはある巨体がぶるりと震える。だがその身震いが収まる前に、〔フランドール〕の第2、第3射が続けて命中し、武装と船体を容赦なく削り取り、破壊していく。

 〔フランドール〕艦橋からは、敵戦艦の船体が瞬く間に崩れて、原型を失っていく姿が見えた。

 辛うじて残った幸運が弾薬庫やエーテルタンク直撃による轟沈という悲劇こそ回避させたものの、機関部と全主砲を破壊された敵はが、もはや戦闘不能であることは誰の眼にも明らかだった。

「アホデスね」

「同感です」

 その光景を見たフランとパラトリアは、同じ感想を口にした。

 幼木でさえ全長数キロ、直径数百メートルにも及ぶ大樹、世界樹。

 それらが群生する世界樹海峡は、神秘的ではあるが、同時に難攻不落の要塞である。

 戦艦の大きさを軽く凌駕する大木や岩塊は、軍艦の偽装、隠蔽にはもってこいだ。

 例えば木の洞や根の隙間を利用して機関を停止、適切な偽装を施せば、その発見は極めて困難となる。夕暮れ時ならばなおさらだ。

「偽装術式解除。航海長、最大戦速、進路095。敵艦隊に向けて突撃」

「進路095、宜候」

「駆逐艦隊にも突撃命令。一気に殲滅するデスよ!」

 樹皮の幻影を解除し世界樹の根の洞窟を出た〔フランドール〕は、敵艦隊に向けて突撃を開始した。その後ろには、コバンザメのように6隻の駆逐艦が続いている。

「砲術長。目標を敵巡洋艦に変更!」

「撃てっ!」

 つい先ほど敵戦艦を仕留めた時のように、砲身にベクトル可算の魔法陣が輝き、閃光とともに徹甲弾を敵へ向けて発射する。

敵の指揮官はそれなりに優秀であったようで、即座に煙幕を展開しながら、魚雷とミサイルを発射して、真正面から突撃を仕掛けてきた。

 この距離では退避は不能。すれ違いざまに敵を攻撃しつつ、後ろに逃げるしかないと判断したのだろう。

「これが無理ゲーってやつデスかねぇ……」

 しかし既に戦艦を失った彼らの最大戦力は重巡洋艦だ。2隻いるといっても、火力、装甲共に〔フランドール〕を下回っており、もはや勝負は決定されているも同然であった。

 後に「第四次世界樹海峡海戦」もしくは「TJZ32の虐殺」と呼ばれることになるその海戦は、帝国軍の一方的な勝利によって幕を閉じることになる。

 大勝ではあるが過去に例がないというほどではなく、またこの勝利が直接的にノイエ帝国と敵――テオゴニア教国と秋津皇国による連合軍との戦線を打破するようなものでもなかった。

 しかし後の歴史書には、決まってこの海戦についての記述が書かれることになる。

『銀河を征服した魔王と、彼の第一皇女が運命の出会いを果たした瞬間』

 と――。

魔王軍の戦場カメラマン、読んでくださりありがとうございます。

初投稿です。「みぃ。」と申します。しがない会社員やってます。


最近ファンタジー系の小説多いけど、あっちの世界だって技術進歩してるだろ。

それこそ魔法を動力にした戦艦とかもあるんじゃね? という発想から話を書き進めました。


一人でも孤独に、孤高に頑張っていきたいと思ってはいますが、寂しがり屋なので、「面白かった!」とか「杜撰な戦略立ててるんじゃねーよ!」とか、甘口も辛口も含めた感想を送ってもらえるとうれしいです。


とりあえず毎週金曜~土曜の間に更新を目標に頑張る予定なので、よろしくお願いします。


……ちなみにおおざっぱには話の流れは決めてますが、着地地点は決めていない模様。

大丈夫だろうか……。

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