出撃(4)
「対艦ロケット加速中、命中まで約80秒!」
〔フランドール〕の射撃指揮装置と見張り員が悲鳴をあげる。戦闘中だというのに、艦橋内部の空気が一瞬にして凍り付いた。
「これが、潜水艦隊を破壊した正体か……!」
それを見た瞬間、パラトリアは先日壊滅させた潜水艦隊の末路を理解した。
非常に陳腐だが、それ故に確実な殲滅手段――偽装した輸送船からの迎撃不能、回避不能な物量を使用した飽和攻撃だ。
無謀に見えた巡洋艦との戦闘と、不可解な輸送船の動きも、〔フランドール〕の進路を固定し、回避不能、迎撃不能な距離まで近づけさせるためだったのだ。
「魔王様。こいつは避けきれねーデスよ!」
艦長であるフランに言われ、パラトリアは小さく頷いた。
すでに言われるまでもなく主砲と副砲、機銃までもが射撃を開始しており、かなりの数のミサイルを破壊している。
だが雷霊に艦が襲われている現状では、電子機器を利用した誘導兵器は一切使用することができず、迎撃には限度があった。
パラトリアは視線を、自分の後方へと向けた。
無論艦橋内部でそんなことをしても、視界には鉄の壁しか見える者はない。
だがその壁の先、艦橋の更に外には先日の改修によって装備された、巨大な六角形のパネル群が存在している。
それはアナスタシアにも取材させなかった帝国軍の最新鋭試作兵器で、秘匿指定がある代物だ。
できればもう少し、大物――新鋭戦艦相手などに使いたかった所ではあるが……
「……仕方ねぇか」
1秒にも満たぬ思考。
それを設置した悪友の顔を思い出しながら、パラトリアは決断した。
「大佐、ヘキサビットの使用を許可します。ここを切り抜けるには、それしかないかと……」
「了解デス。さてと、昔取った杵柄といくデスか」
予感はしていたようで、使用を命じられたフランは、軍帽を深くかぶり直しながら、艦橋中央部へと向かった。
そこは先日の改修によってかなり改造された場所で、設置されていた機材のほぼ全てが取り払われている。
あるのは5メートルほどの何もない空間と、床に刻まれた複雑な魔法陣、そして魔法陣の中央に存在する台座、それだけだ。
「砲術長。これから艦の指揮を頼むデス」
「砲術長より艦長。了解」
艦の指揮をアンドレ砲術長に委ねると、フランは円の中央に立つと、台座へと手を添え、その唇を小さく開いた。
――ヘキサビット、起動。
無垢なる呪符よ。
無敵の矛であり、鉄壁の盾たる僕よ。
我が命に従い、その身を捧げよ。
歌姫のごとく。
司祭のごとく。
フランが略式の口上を唱えると、密閉されているはずの艦橋内に風が沸き起こり、床に刻まれた魔法陣に火がともる。
夜明けよりも明るい光が艦橋を内部を見たし、その輝きは魔導海路を通り、〔フランドール〕全体へと広がっていく。
『何、あれ……』
後部艦橋にいるアナスタシアには、当然その光景を見る事はかなわなかったが、〔フランドール〕に大きな異変が起きていることは理解できた。
異変が起きたのは艦中央部の、屋根のような場所だった。
1枚が大きな六角形をしているそれらに、鮮やかな紋様が灯ると、がこん、がこん、と重々しい金属音を発して、宙へと浮かび上がったのだ。
『浮遊魔法……』
それはこの世界にやってきたアナスタシアが、最も良く目にした魔法だった。
人や物を中に浮かせる術。
だが眼前の光景は、その規模が桁違いだ。
浮かび上がるパネルは、1枚が10メートル近く。
それが少なくとも50枚は空を覆っている。
巨大な板の群れは、ほぼ間近に迫ったミサイル群の前に一列に並び、巨大な壁を作り上げた。
それはさながら、王を守る騎士団を思わせる光景だ。
――現世の五大始祖よ。
英知の始祖、紅蓮の炎よ。
我が断罪の力となりて、眼前の怨敵を滅却せん。
アナスタシアが神秘的な光景に目を奪われている間にも、フランの口上は続く。
略式呪文に導かれ、艦橋底面の、そして〔フランドール〕左舷の空中に並べられた巨大パネル――ヘキサビットの魔法陣の色が、鮮やかな若草色から、地獄の業火を思わせる真紅へと変化する。
――滅びよ。緋色の断罪!
口上を終えた直後、赤く染まったパネルが極限まで輝きを増し、一瞬後、無数の火柱を空へと打ち上げた。
フランによって構築され、戦艦の動力からエネルギーを得たそれらは、天を飛翔する龍の群れのように空へと昇る。
対艦ロケットなどという、人間の作り上げた小賢しい玩具は、その火焔の前に即座に溶融し、その場で消滅した。
『やった……っ!!』
一時はどうなる事かと背筋が凍ったが、流石は魔王の軍。
逆に感動で体が震えるような、極大魔法によってその危機を乗り越えた……!
死地から脱出したこともあり、アナスタシアは心を震わせながら、空へと昇る無数の火焔と火球を、夢中になってフィルムに収めた。
「さすがは秘匿兵器。すげー威力デスね、見た目はダサいですが……」
「ま、こういうことに関しては、グレイラは頼りになりますからね。しかし、これを見られた以上――」
「分かってるデスよ。あの巡洋艦どもは、根こそぎ叩き潰す……デスね」
「その通りです。さすがに敵も、これ以上の策を有しているとは思えませんから」
だがアナスタシアは――いや、火焔の竜を生み出したフランも、それを命じたパラトリアさえも気づいていなかった。
天へと上る炎の竜は、確かに無敵の存在だ。
だが、海へと潜り、船のハラワタを食い破ろうとする蛟竜に対しては、その威光は全く意味をなさないことを……
「ソナーに感! 左舷75、距離600、速力110ノット。総数不明!」
「魚雷!? まさか……!!」
「取り舵一杯! 迎撃は……、間に合わねぇデス! 総員、衝撃に備え!!」
パラトリアが自身の失態を呪い、フランが警報を発してから約10秒後。
海中を忍び寄った海竜たちは、次々と〔フランドール〕の船腹を食い破ったのだった。
月曜日に投稿する(月曜日に投稿するとは言っていない)
……うーん、このダメっぷり。
どうにかしたい。