表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/25

災厄の影

『〔η12〕より〔フランドール〕。世界樹残骸からグリーフ・ホーネットの大群を確認。数、およそ千。速度180ノット、進路235。接触まで10分』

「ヤレヤレ。やっこさん、巣をブチ壊されてトサカにきてやがるデスね』

 唐突に現れた蟲の大群に、〔フランドール〕の中がにわかに騒々しくなった。

 こちらに飛行してくる蟲は、災獣グリーフ・ホーネット。

 体長は成虫で8~10メートル。2対の羽を持ち、最高速度は200ノットにまで達する。前足は巨大な鎌になっており、その硬度は軍艦の装甲をも引き裂く。

 草食性だが性格は獰猛であり、街が襲われて消滅してしまうことも珍しいことではない。

「全艦対空戦闘用意。これは訓練にあらず。繰り返す、これは訓練にあらず」

「対空戦闘用意!」

「艦橋よりCIC。目標は接近中のグリーフホーネット。これを三群に分けナンバリング開始。準備出来次第、そちらの判断で目標群アルファ、およびブラボーへ攻撃開始デス。チャーリーは護衛艦隊に任せマス」


「CICより艦橋。目標、アルファおよびブラボー。了解。実弾での迎撃を具申します」

「許可するデス」

「主砲、実弾戦用意。弾種、対空サーモバリック弾頭。両用砲は〔火龍の怒り〕のまま待機。術符投射機に対空結界術符を装填」

 砲術長であるアンドレの命令に合わせ、先ほどまで真赤な火焔魔法をばら撒いてた主砲が一時沈黙し、光が消える。

 次に浮き出たのはサファイアのように青く輝く紋様だった。

「目標、目標群アルファ中央、距離8千6百、高度3千。レールスペルにエネルギー充填開始」

「第三主砲、エネルギー充填完了。発射準備よし!」

「第一、第二主砲準備よし!」

「撃ち方始め。て――ッ!」

紋様から生まれたベクトル可算の術が、装填された対空用砲弾を一瞬で超音速へと加速させる。8キロ超の距離を数秒で跳躍した12発の鉄塊は、あらかじめ設定された時限信管に従い、昆虫群の正面で炸裂した。

 砲弾内部に仕込まれた燃料と酸化剤が反応して、周囲の大気を支配し、巨大な12個の火球となって、哀れな蟲たちを薙ぎ払った。

「目標群アルファの中央で爆発! 約200を撃破!!」

「主砲、目標群ブラボーに照準合わせ。左舷両用砲群、目標群アルファに向けて砲撃開始」

 主砲の洗礼から生き残った蟲に対し、次は対空火砲が火を噴いた。

 実弾であった主砲とは違い、火焔魔法だ。

 同じ火焔魔法でも、世界樹をなぎ倒した主砲に比べ、はるかに威力は劣る。

「両用砲での撃墜は確認するも、CIWS,効果なし! 表面で弾かれています!!」

「ちっ、前に出た奴よりも良いエーテル食ってるらしいな……。CIWSを実弾に切り替え。ただし、機銃のみだ。ミサイル発射は許可しない」


 機銃から魔法ではなく、物理的な鉄塊が打ち出され始めると、グリーフ・ホーネットの突進力は目に見えて弱くなった。

 いくら魔法の剣や弓矢を弾ける甲殻とはいえ、音速を肥えて飛んでくる40mmの徹甲弾を防ぐことはできないようだ

「ふーむ、病み上がりにしちゃ上出来デスね」

「災獣とはいえレベル2です。1個艦隊ならば、損害無しで切り抜けられて当然でしょう」

 双眼鏡の奥で、火焔に包まれた、あるいは羽を捥ぎ取られた蟲たちが次々と墜落していくのを確認しながら、フランとパラトリアは満足そうに頷いた。

 災害にも被害の大小があるように、災獣にもレベル1からレベル8までのランク付けがされている。

 グリーフホーネットのレベルは2。

 民間での対応は不可能だが、軍隊によって用意に鎮圧できる、という区分だ。

 千匹と数は多いが、遠隔攻撃を持たない巨大昆虫など、1個艦隊を用いて殲滅できない存在ではないし、現にできている。

「やれやれ主砲はともかく、機銃も実弾を使わざるを得ませんデシタか……。一昨年出た時は、魔砲で十分だった記憶がありマスガ?」

「去年、今年と雨が多くて気温が高かったですからね。植物はよく育ちましたし、良い餌を食べて、エーテルも例年以上に蓄えていたんでしょう」

 艦隊にも被害はなく、丁度良い訓練になったと、パラトリアやフランをはじめ、艦隊乗員の中に、安堵の空気が流れた。

 だが――

「目標群の一部が分離!観測隊に向かいます」

「……っ!」


「あだだだだ! 死ぬ! お腹千切れる! 千切れますってば!」

「じゃぁあの虫けら共の鎌でバラバラにされるのとどっちが良い!?」

「選択肢それしか無いんですかぁぁ!?んぎゅぅっ!」

 気分は伝説の騎士――から一転して、アナスタシアは人生2度目の航空アクシデントを堪能していた。

「はぁ、はぁ……! 逃げきれないんですか!?

「戦闘用ブースターが無ぇからな……。っと、舌を噛むなよ!?」

 直上から鎌を輝かせて急降下する蟲を見つけて、ムスタファは急激に体を捻る。

「~~~~っ!!」

 アナスタシアの視界の中で、今まで水平に存在していた海面が、一瞬で左

の端へと吹っ飛んだ。

 命綱を装備しているので落下の心配はないものの、彼女の中の血流までも拘束することはできなかった。遠心力で足と尻に血液を持っていかれた脳髄は、その管理能力を一挙に失った。視界から色彩が消え、モノクロにかわる。

「いっ!?」

 そこからの急降下。

 今度は逆に脳髄や眼底に血液が押し込まれ、視界が血液色に染まる。

 赤一色の異常事態に恐怖を感じる余裕もなく、今度は左の水兵旋回だ。

 真紅の視界が一瞬だけ正常に戻るが、再びモノクロの世界へと放り込まれる。

 そしてそこからの急降下、その速力を利用しての空中ループに入ったところで、アナスタシアの意識は限界を迎えそうになった。が――

「しゃらくせえっ!」

 ムスタファは宙返りで背後に回り込むと、大きく口を開いた。

 周囲のエーテルが飛龍のあぎとへと収束し、喉奥が青白く明滅する。


 一閃。


 大気が鳴動した直後、熱量とエーテルの奔流が羽虫たちに追いつき、飲み込む。

 機銃クラスの魔法をはじく甲殻も、空の支配者である龍の吐息の前には無力だ。

 羽は瞬時に焼けこげ、体液が沸騰して肉体を破裂させ、災獣たちに不気味な断末魔を上げさせる。

「ちっ! 焼石に水かい……!」

 だがそれで仕留めることができたのは、精々5、6匹。

 まだその十倍ほどの蟲たちが、ムスタファの周囲を飛翔し、同胞の仇を右端としている。

「だが、これで十分らしいな」

 そうムスタファが呟いた瞬間、無数の光が上空からグリーフ・ホーネットの群れに突き刺さった。

 甲殻が貫通され、臓腑を抉られる苦痛に呻く蟲の傍を、何騎もの龍が急降下していく。

「やれやれ、やっとご到着かい」

 それらはムスタファと同じ騎竜兵の部隊だったが、その両足や翼には大きな機械が装備されている。

 龍騎兵が、背中に配置された機械に触れると、装置から魔法の燐光が溢れ、ぐん、と龍たちを加速させる。

 そして衝突しそうなほどにまで接近すると、翼の根元に装備された機銃から実体弾が放たれ、再び多数の蟲を駆逐する。

「俺も、戦闘用ブースターをつけてくるべきだったなぁ。

 まさか、こんな戦闘になるとは思わなかった……」

 自身とアナスタシアの安全が確保されたことで、ムスタファは安堵の溜息をついた。

「……と、そうだ! おい、嬢ちゃん、大丈夫か?」

 余裕ができたことで、ムスタファは意識を自分の背中へと向けた。

 だが声をかけても、返事がない。

「おい、嬢ちゃん! しっかりしろ!!」

「う、あ……。大丈夫です、私は…… うっぷ――」

 直後、年頃の少女が発してはいけない音と共に、背中の一点に生暖かい、嫌な液体の感触がムスタファに伝わってきた。

「……帰ったら、風呂が必要だな。俺も、嬢ちゃんも……」


「あー、すごかった! すごかったぁ!!」

 訓練終了後の帰還途中、選別のために写真を眺めていたアナスタシアは満面の笑みだった。

「……元気そうだな、女史」

「はい! これまで戦艦とか砲弾とか、魔法ミリタリーって感じだったけど……。今日、やっと! 魔法らしい魔法が見れました!! ドラゴンの炎と、巨大昆虫の戦い!! 最高ですよ!」

 パラトリアはアナスタシアが進めるままに、パソコンの画面を覗き見る。

「ほう……! これは、中々良い写真だな」

 そこに映っていたのは、ムスタファが炎――ドラゴンブレスを吐き出した瞬間の写真だった。

 彼の背中の上から撮ったもので、緩い弧を描いて世界樹の天蓋へと向かう火焔や、その先で焼き焦げる蟲、口の端からあふれるエーテル光などが映っており、その迫力は映画のポスターを思わせるほどだ。

「それにしてもすごかったですよねー! あの大きな蟲が、一瞬で燃え散っちゃうんですから!」

「まぁ、未だに駆逐艦クラスの対艦攻撃にも使われるからな。グリーフ・ホーネットなどひとたまりもあるまい」

「それで、それでですよ? 魔王様は、もっと強いんですよね!? 私、魔王様の戦ってるところ、訓練でも良いから見てみたいなぁ……!」

 目を輝かせて迫るアナスタシアに、パラトリアは小さくため息をついた。

「あのなぁ、魔王を戦略兵器か何かと勘違いしてるんじゃないか? 確かにそれを誇る魔王もいるが、そんなもの、魔王にとってはオマケみたいなもんだ。純粋な戦闘じゃ、ムスタファ少佐には勝てんよ」

「え……、えええええええええ~~~~っ?」

 魔王=最強。

 不変の真理だと思っていたルールをあっさりと否定され、アナスタシアが叫ぶ。

「なんで……!? なんで魔王様が部下の少佐より弱いんですか!?」

「いや、俺は大尉であっちは少佐なんだが……」

「今は軍の話じゃないです! 魔王として、強くないってのは問題アリじゃないですか!?」

「暴力だけで国を支配するとか、何年前の話をしているんだ……。そんなものなくとも、魔王の役目はこなせる」

「魔王の役目って何なんですか?」

「経済や人事、交渉能力に長けた国家運用能力。もしくはそれを代わりにできる人材を見つけ出す観察力だな」

「ああもう! 夢の無い話をしないでくださいよぉ!魔王様なのに!」

 余りのパラトリアの物言いに、アナスタシアは悲鳴を上げた。自分の求める魔王像とはかけ離れている。世界樹や巨大昆虫といったファンタジーはあるのに、その世界の中心となるべきはずの魔王がこれだ。今の彼女には、この世界が肉のないビーフシチューのように、腑抜けた存在に見えてしまっていた。

「せめて、こう、口調とかは魔王様らしくならないんですか? 何で魔王様が敬語とか使っちゃってるんですか」

「魔王ではあるが軍人としては大尉だからな。人の上に立つからこそ、時と場合を考えて行動しなければならないのは当然だろう。フランも同じことを言うが、少なくとも軍務中は敬語にしないと部下に示しがつかん」

 肉無しビーフシチューから野菜煮込み格下げした世界に脱力し、術符で魔王の水球から一部を強奪した。

「女史は年齢が低いから、こんなフレンドリーな態度も許されている面もあるんだからな?少しは魔王を前に緊張でもしたらどうだ?」

「魔力が一般人程度の魔王様なんて、ただの王様じゃないですか。フレンドリーにして何が悪いんですか」

「いや、王にも敬意は払うもんだろ普通……。魔力が弱いのは確かに不利な点だ。だが、それなら他の方法を取るまでだ。暴力が使えないから知力に頼る。技術、財力、数の暴力に頼る。同じ土俵で戦う必要性はない」

「また夢の無いことを……」

「あとは自分の能力を補ってくれる仲間を持つ。女史も、その中の一人だぞ」

「私なんかが?なんで?ひょっとして、この美貌でお嫁さん候補に……とか?」

「女史の美貌は中々だが、即決で嫁にするほどではないな」

「むー、褒めてるのか、けなしてるのか……」

「少なくとも外見は褒めている。あとは内面だな。美人に惚れて国を潰した王など伝説にも歴史にも登場するが、だからと言って俺が未来の教科書にそういう王として記載されるのは御免こうむりたい。俺が女史を求めるのは別の理由だ」

 言われてアナスタシアは数秒考えた。

「まさか私に魔王様の写真集作れってわけじゃないですよね。情報操作とか、敵の偵察でもない。そんなの私じゃなくてもできますし……。私だけにできることになると、うーん…… あれですね。戦争が終わってからの、宇宙のパイプ役。勝った時に、そのまますんなり宇宙の皆さんに、羽とかネコミミの人たちも認めてもらう空気づくりをしておく……ってことですか? 魔王様とかメディちゃんがGOサイン出した写真って、なんか軍の戦意高揚の写真っていうよりも、亜人の人たちの日々が映るシーンが多いしって…… あれ? 私なんか変なこといっちゃいました?」

「……いや、意外に真っ当な答えが返ってきてびっくりした」

 細部に補足説明が必要とはいえ、彼女の解答はほぼ正解だ。

 宇宙には、頭に角や獣耳、背中に脚や羽の生えた亜人はいない。ましてやその亜人の本来の姿――知性を持った巨大動物や虫、竜や魚などがいるはずもない。

 パラトリアには理解しがたい感覚だが、人間と言う種族は肌の色でさえ憎しみ合える稀有な生命体なのだ。同族たる人間が主勢力である連合軍を叩き潰してしまったとなれば、下手をすれば情報操作をして『悪辣な魔族が一方的に人間を虐殺した!』という因縁をふっかけられる可能性も十分に考えられる。

 だからこそ先手を打って、宇宙に対して広報活動をしようと模索していた。

 そこに文字通り空から降ってきたのが、日々の写真をブログにまとめている少女だ。

 しかも色々と残念なところはあるが、先ほどの受け答えでもわかる通り観察力は鋭い。

 そして何より、度胸がある。同じ宇宙船に乗っていた同胞が死んだにも関わらず、自身の骨折を無視しての取材。訓練とはいえ最前線での撮影を望む覚悟と好奇心は、並みの人間が持てる才能ではない。

 もっともそれは度胸というより、恐怖心や危機に対しても馬鹿なのかもしれないが。

「そういえば聞いたぞ、女史。また吐いたんだってな。ムスタファ少佐が心配していたぞ」

「人がしょっちゅう嘔吐しているみたいな言い方しないでください!」

 それでいて幼いことも都合がよい。ある程度の失敗――騎兵龍の背中に嘔吐してしまうなど―、子供のやる事だと受け入れてくれるので、軍の者との関係も悪くない。もっともこれは、アナスタシア自身の天性の明るさあるが。

「さて、明日、明後日と訓練は続くが、それが終われば実践だ。そうなれば宇宙船で帰ることは不可能になる。当然戦争をやってるんだから、死んだり傷ついたりすることもあるだろう」

 半ば脅すように、パラトリアがアナスタシアを見た。

「本当に良いんだな?」

 先ほどまでとは比べ物にならないほど冷たい――ああ、この人は魔王なのだと再認識させるような瞳が、アナスタシアの心臓を撫でた。

 でもなぜだろう。

 冷たさは感じるのに、不思議と恐怖は感じなかった。

 例えるなら、それは初めて包丁を持って料理をする時の父親のような。

 厳しさを教えるために、あえて恐怖を与えているような、優しい気配。

 まだ出会って数週間の身だが、魔王という立場の者に心配されている。このような経験は、この惑星を離れたら、二度とありえない。

 自分を必要とされること。

 自分でなければ出来ないこと。

 それに触れることができるなら――

「いいですよ。もう一度死んだ身ですから。好き勝手やってみます」


……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいいいい!

先週投稿できなくてごめんなさい!

今週は日付変更しちゃってごめんなさいいい!!



……いや、まぁ先週のは良いんだ。ちょいと事情があった。

でも今日は、今日はなんで、こう遅れちゃったかなぁ……

来週は、来週こそは絶対本気出して、日付変更前に投稿してやるよ!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ