高校生殺害事件⑤
今から何か起こるのか。
周囲の気温が冷たくなっていくのを、頬が感じ取る。
この異様な状況に思わず、白い吐息が漏れた。
「……どうする?」
探偵さんは早川先生に問いかける。さっきまでとは違う、低い声だ。
「今、能力を解除してくれたら痛いことはしない」
「す、するわけな――!」
「――――!?」
いくら探偵さんが超能力者を肯定しても、超能力者が存在すると考えた方が辻褄が合うのだとしても、俺はどこかでそれを信じきることは出来ていなかった。
結局は、空想の産物でしかないのだと。
しかし目の前の出来事は、俺に超能力者の存在を確信させた。
「次は先生のこと、丸ごと氷付けにしてもいい?」
まるで行動範囲を制限するかのように、早川先生の周囲を氷柱が立ち上っている。
あんなもの、テレビで北極の映像を流している時にくらいしか見たことがない。
「わ、わかった! 能力は解除する! だから、――!」
「氷付けにはしないで? そっちが約束を守ってくれるなら、こっちも守るよ。ただし、前払い」
「そんなこと、信用できるわけ」
「お互い様だよ。私も先生のこと、信用してないから」
すっかり白くなった空気が屋上に立ちこめる。
太陽は暖かい光を地上に振り撒いているはずなのに、この屋上はその恩恵を受けられない。
指先が寒さでかじかむ。
「早くしてよ。私あんまり、気が長くないの」
後ろに隠していた左手を前に出し、早川先生を指差す。
「――わかった、能力を解除する……」
「さすが先生。話が分かる人で、私嬉しいな」
ついに観念したのか、早川先生はがっくりと肩を落とした。
よくある刑事ドラマの、追い詰められた犯人のような仕草だ。
「……解除した。綾瀬を犯人だと決めつける奴らはもう居ない」
「左手の手の甲見せて?」
「は?」
「左手の、手の甲。見せて」
「あ、ああ……」
早川先生は探偵さんに向かって、左手を差し出した。
手の甲を確認してから探偵さんは表情を緩め、自分の左手を下におろした。
それと同時に早川先生を囲んでいた氷柱は姿を消し、凍えそうだった手は太陽の暖かさをじんわりと感じ始める。
吐息も白くはならない。
「良かったね、探偵さんを信じて正解だったでしょ?」
腰が抜けてその場に座り込んでいる早川先生を放って、探偵さんは俺のところまで駆け寄ってきた。
「ええと、ありがとうございます」
良かったねとは言われても、俺は疑いが晴れたことを実感できてはいない。
とりあえずの気持ちで言った謝礼は、自分でもどこか変な感じがするありがとうだと思った。
「ねえ、キミの名前教えてくれる?」
「綾瀬、悠一ですけど」
「悠一くんだね。明日、ここの住所に来てくれる?」
そう言ってポケットから、少し皺の寄った小さな紙を俺に渡した。
「えっと……?」
白い紙に書かれているのは住所だけ。
俺の家から、そう遠くないと思う。
「探偵に仕事を依頼しておいて、報酬を支払わないのは窃盗と同じだと思うの」
「もしかして……」
「依頼金と成功報酬のお話をしたいなって」
こんな不思議な事件を解決したのだから、そりゃ報酬も必要なのは理解できる。
しかしそう言うのは、初めに言うべきことではないのだろうか?
「私、そろそろ帰るね。疲れたし、ここに居ると警察も来そうだし」
「えーっと……?」
「大丈夫、もうキミが犯人にされることはないよ。だから、詳しい話は事務所でね」
探偵さんは、座り込む早川先生と呆然とする俺を残して颯爽と屋上から立ち去った。
早川先生をこの場に放置して、俺も同様に立ち去ることも考えたけれど、どうにも気が乗らなかった。
町田を殺した真犯人が早川先生であるにしろないにしろ、洗脳は解けたのだから凶器の指紋もハッキリしするだろう。
俺は安堵の溜め息を漏らし、警察が到着するのを待つことにした。