高校生殺害事件④
「……よく来たね。綾瀬と…」
「探偵です」
「……探偵か」
今まで聞き親しんだ声だ。
眠い眠いと文句を言われる古典の授業を受け持ってくれていた、早川義人先生。
この人が、町田を殺したのか。
「約束通り、この少年が犯人じゃないという証拠と証明ですよ。先生?」
「部外者に先生と言われるとはな」
「先生が超能力で操って、この子を犯人に仕立てたことはわかりきってます。能力を解除しなさい」
超能力者を知っている探偵さんと、超能力者本人である早川先生。
一般人の俺には到底、この会話に入り込むことはできないだろう。
探偵さんの言う証拠とは、おそらく探偵さん自身のことだ。確かに探偵さんは、俺が犯人じゃないということを証明できる。でもそれを世間一般に言うと荒唐無稽なもので、信じてもらえるかそうかと言えば、とても怪しい。
「そういうことか」
「そういうことです」
「お前は茶番劇を終わらせる方法を知っていると言ったな」
「言いましたね」
「……私はお前の取り引きに付き合う必要が無かったわけか」
「先生から見ればそうですが、私から見れば付き合っていただかないと困ったんですけどね。でも、勘違いしちゃったのは先生でしょ。私が先生が犯人だって言う証拠を持ってるとでも思っちゃいました?」
だんだんと、俺の中でストーリーが出来上がってくる。
探偵さんがあの時操られなかったのは、臆病な性格から来る不安からだろう。それは早川先生が勝手に勘違いしたからだ。探偵さんが、先生がこの事件の犯人だという証拠を持っていると。
挑発に乗ったのは、その証拠の存在に怯えてたから。だから探偵さんの持つ証拠を握りつぶしたかった。
そうすることで、先生が犯人だという真実を消し去りたかったのか。
それにしても……。どうしよう、俺はすごく場違いな所に居るのかもしれない。
俺にできることは、ただふたりの会話を見守ることくらいしかない。
案山子のように立っている俺の存在など忘れているように、ふたりは続ける。
「私が知っているのは、貴方が能力を解除すれば全てが終わるってだけです」
「はははは、これでも古文の先生なんだよ」
「そうなんですか。で、どうします?」
「お前のことも洗脳して終わりだよ」
やはり先生は、探偵さんの持つ証拠を把握しておきたかったようだ。その証拠がないと分かると、探偵さんを洗脳してしまう。そうすれば先生の邪魔をする人はいなくなり、俺がめでたく真犯人。
それにしても先生が探偵さんを殺さないのは、良い方向に予想外だった。探偵さんが先生と殴り合ったって、勝てそうな未来が全く見えない。
それよりも。先生は探偵さんに向かって左手を構える。探偵さんを洗脳するつもりだ。
俺は視線を慌てて先生から探偵さんへと移動させる。
「ですよね、どうぞどうぞ!」
しかし俺の不安は杞憂に終わる。
これから洗脳されるかもしれないのに、そんな心配はないと自信満々に言い放つ探偵さん。
しかし探偵さんも洗脳されてしまえば、俺の無実を知る人が居なくなってしまい、それこそ振り出しに戻るだ。俺は不安を隠せずにはいられない。
「た、探偵さん!」
「どうしたの、少年」
「探偵さんが洗脳されたら、俺!」
「大丈夫大丈夫、見てなさい。探偵さんは万能だから」
「別れは済んだか?」
「そんな温情は要らないんでさっさと洗脳してくださーい!」
「た、探偵さん!」
「――――ふざけるなっ!!!!」
俺の悲鳴にも似た叫び声と、早川先生の怒号が飛んだのはほぼ同時だった。
探偵さんは両手で耳を塞いで、恨めしそうにこちらを見た。
「うるさいなあ、もう少し静かにしようよ。学校で騒いじゃいけませんって、言われなかったの?」
廊下で騒いではいけませんと言われたことはあるが、学校では騒ぐなと言われたことはない。
そんなことよりも、探偵さんは洗脳されていない?
「お前、こっち側だったのか!!」
「先生の存在知ってる時点でこっち側でしょ。先生のくせにそんなことも考えなかったの?」
「ふざけるな、ふざけるな、……俺が!」
「殴りかかってこないだけ、まだ頭が働くんだね。勘違いしちゃったりするけど。さすが先生」
「ふざけるな、ふざけるな……!」
先生は今にも探偵さんに殴りかかりそうな雰囲気だ。そうなったら、俺が先生を止めるべきなのか。
先生の挙動に集中する。しかし探偵さんはそれを必要としないのか、俺を静止させた。
「……キミ、ここから離れて。危ないから」
「えっ、でも」
「大丈夫、探偵さんを信じなさい」
「は、はいっ!」
探偵さんの大丈夫は、どうにも根拠の無い自信に見えてしまう。けれど、ここは言う通りにするべきだろうか。
俺は言う通りに、ふたりから離れた屋上の隅に避難する。
早川先生は両手をキツく握りしめて俯いている。プルプルと小刻みに震えているのがこの距離でもよく分かる。
探偵さんは左手を、そっと背中の後ろへと隠した。