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不思議探偵事務所  作者: いろはす
高校生殺害事件
2/9

高校生殺害事件①

「待って! 俺は殺してない!」


「でもね、みんな君のことを見てるんだよ。君が、町田(まちだ)くんを刺したところを」


「でも、俺、本当にやってないんです!」


「凶器の包丁から君の指紋も検出されてるし、君以外に考えられないんだよ」


 クラスメイトの町田(まちだ)太郎(たろう)が殺された。死体発見現場は運動場のど真ん中。死因は失血死、刃物による刺し傷のせいだそうだ。凶器の刃物は、町田の隣にそのまま放置されていたらしい。

 犯行時刻は目撃者の証言によると、昼休みが終了するチャイムが鳴ったとき。十二時五十五分だ。


 そして容疑者として候補にあがったのは、綾瀬(あやせ)悠一(ゆういち)。俺だった。

 俺が町田を刺しているところを見たという複数人の目撃者の証言も一致し、凶器の刃物からは俺の指紋だけが検出されている。


 犯人は綾瀬悠一しか有り得ない状況だった。


「俺、本当に……」


 今日は昨日の就寝時刻が普段よりも大幅に遅れ、寝坊してしまったのだ。親に起こされるまで、目覚ましが鳴ったことにすら気付けなかった。

 俺が学校に到着したのは、午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴っている途中だ。十三時五分。どう考えても俺が町田を殺せるはずがない。


 警察官が校門の前で待ち構えていて、走って登校して来た俺を強引に引っ張って運動場まで連れて来た。その時点でどう考えても俺が犯人であるはずが無いのに。


 アリバイも必死に説明している。しかしパトカーの前でやったやってないの押し問答だ。警察官は全く聞く耳を持ってくれていない。ここでパトカーに乗ってしまえば、きっと俺は犯人にされてしまうだろう。

 この周囲を囲んでいるクラスメイトも先生も、みんな俺を犯人と決め付けている目をしている。


「話は署で聞くから。ね?」


「俺、本当にさっき学校に来たばっかりなんです! 町田のこと、殺してません!」


「…………町田くんのこと、殺してアリバイ作りのためについさっき登校した風を装ったんじゃないのかな」


 確かに、そんな考え方が出来るのかもしれない。でも、滅茶苦茶だ。


「ちがっ、違います!」


「町田くんを刺した後、誰にも見られないようにして学校の外にでる。それから、遅刻のフリして学校に来たんだろう? 十分(じっぷん)もあれば、可能だよね」


 そもそも、たった十分(じっぷん)の間で通報、目撃者の証言の確保、校門での待機が出来るものなのだろうか。少なくとも、パトカーがここまで来るのには五分くらいかかってもいいように思える。

 でも、言い返したいのに上手く言葉が出てこない。悔しさから唇を噛み締める。


 何も言わなくなった俺を犯行を認めたと思ったのか、腕を掴まれてパトカーへと押し込まれそうになる。足元に力を入れて抵抗したって、鍛え上げた人間に叶うはずがない。

 ああもうダメだ。

 そう思った瞬間、俺の腕に込められていた力が緩んだ。


「そのへんにしようよ。その子、やってないって言ってるじゃん」


 女の子の、声だ。

 だらしなく下を向いていた顔をあげると、人ごみをかき分けて一人の女の子が俺の前に現れた。


 白いワイシャツに黒のスカーフリボン。淡いピンク色のミニスカート。

 黒のジャケットカーディガンを羽織っている。

 肩くらいまでの黒髪。

 そして、ニーハイソックスが印象的な女の子だった。


「私、その子が犯人じゃないって証拠を持ってるの。だから、パトカーで連れて行くのはもうちょっと待ってくれない?」


 背は俺より低い。顔立ちも、世間知らずで幼さの残っている顔立ちだ。

 なのに、なぜかとてもこの人が大人びて見えた。


「でも……」


「言いたいことがあるならハッキリ言って」


「……犯人がコイツだっている証拠も目撃者も揃ってる! それを覆せる証拠品が今更あるとは思えない!」


「私なら、その少年がやっていない証拠品を提出できるって言ってるのに」


「馬鹿馬鹿しい」


 警察官はキッパリと言い捨てた。

 しかしそれに臆さず少女は続けて言い放つ。


「もしも私がその少年を逃がしたりしたら、その時は私を逮捕してくれてもいいから」


 そんなことできるはずがない。

 当事者である俺でさえそう思ったのだから、警察官はもっと無理難題を押し付けられていると思ったことだろう。

 もしも俺が本当に殺人犯だったとしたら、少女は殺されて俺にも逃げられるかもしれない。そんな危険があることを、警察が許可するとは思えない。


 それに俺を逃がしたのなら、共犯として少女を逮捕することは当然だ。


 取引だとしても、警察側にメリットが一切ない。それどころか、殺人犯を逃がした無能警察として警察の信用は急流滑りのように落ちていくに違いない。


 何も言い返さない警察に呆れたのか、彼女は大きなため息をひとつ吐いた。


「私は犯人の目星がついている。それに、この茶番劇を終わらせる方法も知ってる」


 ため息により下がった肩を元の位置に戻さず、小さい子供に諭すように彼女はそう言った。

 彼女は真犯人を知っているのだろうか? でもそうだとして、どうしてその人の名前を今口に出さないのか。


 彼女の発言の矛盾を疑いながらも、この状況から俺を助けてくれるかもしれない存在に淡い期待を寄せる。


「んーっと、一時間。一時間以内に、この子が犯人じゃないって証明できかったら私の負けでいいよ。もしもこの条件を呑んでくれないなら、あなたの正体を世間に公表しちゃうかも」


 警察官はやはり何も言わない。

 意味が理解出来なくて呆然としている風には見えない。生気のない表情で、ただ黙って女の子を見つめている。


 彼女はいったい、何を言いたいのだろう。俺にはまったく見当がつかない。それどころか、ただの電波ちゃんにしか見えなくなってきた。


「それとも、今バラされたい? 落ち着いた後に公表される方が好みかな」


「……わかった。その条件を呑もう」


 ようやく警察官は口を開いた。ただその表情は能面のようになにもなくて、俺は背筋が少しゾっとした。

 俺の腕を掴んでいた手が、だらしなく落ちていった。


「話が分かる人で、私嬉しいな」


 警察官からの了承を受け取った彼女は満足そうな表情で言った。警察官の挙動に対して、全く不信感を抱いていないようにも見える。


「さあ行こっか。あんまり時間ないから」


「え、ちょ、どこに!」


「真犯人のところだよ」


 俺の腕をつかんで前を先導する。周囲と取り囲んでいた人だかりは、何故か何も言わずに俺たちをこの場から立ち去ることを見送っている。

 普通は悲鳴や野次のひとつでも飛んで来そうな気がするが、そんなものは何も聞こえては来なかった。


「俺、まだあんたのことっ!」


「後で説明するから! とりあえずここから離れよう!」


 信用したわけじゃない。言いかけたのは、助けてもらう立場からは、随分と高いところからの発言だと思う。


 しかし今の俺は、彼女について行くしかあの場から立ち去る手段がなかった。あの場所にいたって、警察も誰も俺の話を聞いてくれない。あるのは俺を犯人だと決め付けている、異様な雰囲気だけだ。

 水と油のような、混ざるわけでもない不快な不安を引っさげながら連れて来られたのは俺の教室だった。

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