プロローグ
始めて乗った電車から少女は降りる。この駅で降りろと指定があったから。都心ではないにしろ人が多く降りるため、自力ではなくほぼ流されるように降りた。少女はそれが大層気に入らなかった。
彼女はこの街に来たことも名前も知らなかった。電車の乗り方も知らなかった。ただ自分が乗る駅は人が居なかったために座席に付くことができたが、お年寄りや体の不自由な人に席を譲るという一般常識も知らなかった。冷たい目線を浴びていることにも気づかない少女は携帯危機も使わずにただ座り続けてこの街に来た。
住んでいた所と違って人が多く、そして冷たいコンクリートの建造物ばかりの風景に、少女は圧倒されてはいなかった。それほどまでに心が荒んでいたのかもしれない。誰も彼も彼女も、少女や他人を気にせずに歩く様を、少女はただ黙って睨み続けた。
「はやく」
はやく迎えが来ないだろうか。伊夜子は呟く。決して小さな声ではなかったので寸前を通りかかる上下同じ色で動きずらそうな堅い布地に革靴姿の男はぎょっとして彼女を見るも、そのサラリーマンも勤務先に遅刻しては堪らないといった雰囲気ではや歩きに横切った。そんなこともお構いなくため息をつく。
「村に、帰りたい」
ある日伊夜子に一枚の葉書が送られた。差出人は知らない相手で住所も知らなかった。父親のように自分を育ててくれた村長は、駅からずっと離れた都会だと言った。
葉書には、都会に住む自分に会って欲しい、と書かれていた。同時に来ていた封筒には切符や電車の乗り方等が丁寧に事細かく書かれており、とても分かりやすかった。村長の息子で同い年の少年は、怪しいから無視しろと心配するが、好奇心により伊夜子は都会に行くことにした。どうせ卒業間近なのだから、早めの春休みと受かれていた為だ。
「こんなに疲れる場所なら最初から来なかった」
心からそう呟いたその時だった。
「いや、大変お待たせして申し訳ないありません、お嬢さん」
声の先を振り向いて伊夜子はぎょっとする。いかにも顔立ちの悪い中年男性が複数名伊夜子の傍に立っていたからである。先頭の男は前髪を全て上げて目付きも鋭く顎髭が無精に生えている。背も高く体つきも筋肉質で、そんな屈強な男が伊夜子を見下ろしている。
「始めての電車は疲れたでしょう。あちらに車を用意してありますからそれに乗ってください。家まで送りますから」
「じょ、冗談じゃないわ!」
伊夜子は即答する。
「見るからにあんたら怪しすぎるから!それに、知らない人についていったらダメって先生にも言われてるもの!」
まるで、子供の言い訳だが伊夜子はまだ15歳。この春に中学を卒業する年齢だ。
「しかしお嬢さんに来てもらわなきゃあこっちも困っちまうんで。なんとしても来てもらいます」
男はほぼ強引に伊夜子の背中を押すように歩かせる。
「ちょ、わかった!わかったわよ!歩くから!歩くから押さないで!」
こうして田舎出身の卯上伊夜子は都会に来るも、これから様々なことに巻き込まれる事になるのだった...