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しばらくして綺麗な色をした紅茶が入ったティーカップが、理麻の前に置かれた。そして自分の紅茶を持ちながら、理事長も向かいに座った。
「篠宮理麻君、まずはようこそ碧城学園へ。君のお父さんから話は聞いてるよ。こんな時期に大変だったね。それまでは名門進学校に通ってたんだろう?編入試験はやってないけど、中学の成績だけで判断するには十分だったよ。ぜひ、我が校でも存分に学んで欲しい」
「は、い」
「あ、遠慮しないで飲んで。飲みながら説明するね。その前に自己紹介が先か。俺は暁圭吾、この学園の理事長をしてるよ。君の幼馴染、一ノ瀬玲治の叔父でもあるかな」
「ほぇ?」
それは理麻でも知らなかったことである。玲治とは長い付き合いになるのだが、それでもおじさんが学校の理事長を居ているなんていうのは、聞いたことがなかった。だが実際目の前にいる理事長とよく知る幼馴染の顔はどことなく似通った部分もあった。
「君が入るクラスは2-D。玲治と同じだから、たくさん頼るといいよ」
「はい……」
「担任は橘先生。ちょうど理麻くんと同じくらいの背丈なんだよ。職員室に行けば多分分かると思う、このあと教室まで一緒に行ってもらうからね」
「橘せんせ……」
「そう。先に渡しておかなきゃいけないものを渡しておくね。忘れちゃうと困るから。これが学生証」
「え、でも……」
確か今朝、父に渡されたはずである。それを使って、正門をくぐってきたのだから。
「あぁ、君が今持っているのは仮の学生証だよ。ただ正門に通すだけのモノでしかないんだ。ほらこっちは番号がはいってるだろう?これで生徒個人の情報を管理してるんだ。これで寮の鍵、学園内の買い物、食堂での会計、身分証明証になるから、落とさないように注意してね。特にお金の面で悪用されたりすると厄介なんだ。一応親御さんが振り込んでくれた金額がそのまま使えちゃうからね。だから使用できる金額とか、生徒それぞれで違ってたりする。利用できる残高が知りたかったら、寮長室のパソコンか、自室のパソコンでも見ることができるからね。最初行ったら、パスワードを設定するのを忘れないで。わからなかったら玲治に聞くか同室の人に聞いてみてね。俺でもいいけど、俺に聞くよりはそっちのほうが早いから。じゃあこれは渡しておくね、さっきの仮の学生証くれるかな」
「はい」
長々と説明されてしまったが、なんとか頭に叩き込んだ。もしわからなくなったら、玲治に聞いてみようと、理麻は思った。
「あとの細かい施設なんかは、俺より玲治とか寮長とかに聞いたほうがより詳しいと思うな」
「ありがと、ございました……」
「楽しんでね、高校生活」
「はぃ」
不安がないといえば嘘だ。今も心臓はバクバク鳴りっぱなしである。それでも今日からここで過ごす以外に過ごせる場所がないので、覚悟を決めるしかないのかもしれない。
紅茶のお礼を言い、理麻は理事長室から退室しようとしていたところで、理事長に呼び止められた。戸口のところで、立ち止まった理麻に理事長はかけていたメガネをはずし、それを理麻にかけた。度が入ってない伊達めがねだったのか、視界はぼやけることなく綺麗に見える。だが今までメガネをしていなかったため、若干違和感というかムズ痒さを感じた。
「あの……めがね?……ど、して?」
「つけてて。理麻君が楽しく学校生活を送れるように、おまじないかけてあるから。絶対外しちゃダメだよ?寝る時とかお風呂以外で。約束ね」
「いい、んですか?」
「そんな高いものじゃなから、安物でごめんね。それ伊達メガネだから、俺はなくても仕事はできるから」
「ありがと、ございました」
深々とお辞儀して、理麻は理事長室から出ていった。
一人残った理事長室で、笑いをこぼす理事長。
「話は聞いてたけどよ、あれはびっくりだわ。顔で気づいても、あの性格じゃうまく騙せるかもしれねーしな。まぁ、手を打っておいて損はないだろ。バレないようにな、理麻」
再び笑いをこぼしたあと、途中にしていた仕事へと向き直った。