黒いクレヨン
妻が、久しぶりに学生時代の友だちと飲んで、その後カラオケに行きたいのだけど、いいかな? と言ってきた。
こんなことは珍しいことだった。
僕はいつも好き勝手しているけれど、妻は子育て重視で我慢してることが多かったから、二つ返事で「行って来い」と胸を張った。
胸を張ったのは大いに虚勢であって、破壊王のシンヤと甘えん坊のミスナをどう御せばいいのか、実は皆目見当もつかなかった。
もう夕食からして涙目になってしまった。
というのも、これなら二人とも納得してくれるだろうとオムライスを作ったのだけど、シンヤのオムライスはスプーンでいたるところに穴を開けられ、宇宙海賊を迎え撃つ前線基地になるのに5分とかからなかった。ミスナは何を考えているのかスプーンでホクホク卵を叩いて何か(たぶん歌だと思うけど)をフフフーンフーンと延々やっているのである。
仕方ないので、僕は宇宙海賊になってシンヤになんとか食わせ。ミスナには真似してフフンフーンと歌いながら、ごまかしながらやっと食わせたころには、もうへとへとになっていた。
まぁメシを食わせたら、後は風呂にでも入れてさっさと眠むらせてしまえ、と思ったのだけど、そんな作戦などに簡単に引っかかってはくれない。
シンヤはクレヨンを出してスケッチブックに絵を描き始めた。
どうやらそれが次の対戦相手の銀河恐竜らしい。
と、ミスナがやってきて、ナァちゃん、ナァちゃんとクレヨンの中の黒を指して言ったのである。
黒のクレヨンはまったく使われていなかった。
他のものはもう半分近くちびていたけど、黒のクレヨンだけ元のままの姿で、ケースの片隅にひっそりと収まっていた。
なぜそれがナァちゃんなのかもちろん僕に分るはずもない。
近頃では海外から出稼ぎに来た人たちがこの街にもかなり住み着いていたから、黒人のお友だちなのかなぁ、とそんな風に考えた。
銀河恐竜を僕が地球防衛軍の副官になってキャプテンであるシンヤと協力して退治し、それで納得したシンヤを寝かしつけ、ミスナとは添い寝して子守唄ならぬ鼻歌メロディーをフンフンなんてやっているうちに僕が早いかミスナが早いかで眠りについた。
翌日リフレッシュした妻は機嫌よく朝食を作っていた。僕は昨日の出来事を話して聞かせていた。
「でもってわからないのがナァちゃんなんだけど」と僕が訊くと。
「ああ、よく公園でミスナをかわいがってくれる、ふたつ、みっつ歳上の女の子よ」という返事が返ってきた。
「なんでその子が黒いクレヨンなんだ?」
「その子背が高いのよ。何かがあって一番大きいものはいつもナァちゃんなの」
「だって黒だぜ。ちょっとどうかと」
「それは大人の既成概念ね。子供はもっと自由だもの」とあっさり言われてしまった。
ああ、そんなもんなのかねぇ。
ミスナにとっては黒いクレヨンじゃなくて、背の高いクレヨンだったんだね。
でもそんな風に差別されそうなところがすっコーンと抜けてるミスナの世界って、ちょっといいなと僕は思った。




