悲しみの調味料
さて…ここまで言ってしまってはもう後には引けない。
目の前の自称孫もかなり殺気立っているし。
自分でやっといてなんだが…
面倒くさいことこの上ない。
「おいおい人間!何ぼ~っと突っ立ってやがる!何もしてこねぇならこっちから行かせてもらうぜ!」
それに何か言ってるし。
駄目だな。
そろそろ微妙にキャラが崩れてきてる。
どうにかしてキルメスと出会った時の性格に直さないと。
「おらっ!消し飛べや!!!」
そんなどうでもいいことを考えている雫陰をよそに男が雫陰に向かって放った魔法はとても大きく簡単には防げない程の威力のものだった。
少なくとも今の雫陰では防げないレベルのものだ。
「ん?あれは……」
ふと雫陰が何かに気を取られていた一瞬の間に男が放った魔法は消滅し、雫陰に直撃することはなかった。
「何ぃ!?」
雫陰にも男にも何が起こったのか分からなかった。
男にとってはあの魔法はほぼ自分の実力の全てを出したもの。
雫陰に至っては今、この一瞬において何が起こっていたのかすら分かっていない。
2人の疑問はそれからすぐに解けることとなった。
「そこの男性2人!今すぐ交戦を止めなさい!これ以上の交戦は私が認めません!」
あ、やっぱりエインさんだ。
「ちっ…ギルドの奴か」
「何があったのか説明してもらいます。そこの男性とそっちの…え!?」
何を驚いたのだろうか。
エインさんは僕を見ると顔が真っ赤になったり青ざめたりしてよく分からないことになっていた。
「霧原さん…?」
「そう…ですけど。すいません。何かご迷惑をお掛けしてしまったようで」
「あっ…あわわわわ!い、いえ!気にしないでください!それと今のは忘れてください!!」
何をそんなに慌てるのだろうか?
そんなことも考えつつも表情が落ち着かないエインさんに事の発端を1から説明していった。
☆★☆★☆
「…ではあなた方は亡くなったコロウィリウスさんの財産について揉めていた…と?」
「そうだな」
不本意だがそうなるのだろう。
「そうです」
「その件でしたら数日前に二通の封筒を預かっています。1つは自分の財産を誰に譲るのか。1つは霧原さん。あなた宛てです」
「なんだと!それでどんなことが書いてあるんだ!?」
コロウィリウスさんが僕宛てに?
正直僕は財産の相続よりも僕に宛てられた封筒の中身の方が気になる。
「まず財産の相続についてですが以下のことが記されてありました」
[私、コロウィリウスはもういつ死ぬかも分からない身である。
そこで私が残すことになる全ての財産を誰に託すのかをここに記すことにする。
私が私の全てを託すのは霧原雫陰。
人間の少年ただ1人だ。
そしてこの段階で必ず問題が起こるだろうからもう1つ書き残しておく。
私にはもう血縁者はいない。
両親も妻も息子も孫も誰1人として残ってはいない。
仮にもし、私の血縁者を名乗る者が居ればそれは私の財産に群がる虫だ。
ギルドの方よ、そのような不届き者は懲らしめてやってくれ。
そして私の全てを霧原雫陰という少年に渡してやってくれ]
「な、な、な、!!!」
「と、いうわけなので故コロウィリウスの遺書に従いあなたをアインハルトギルド第4フロアへ連行します!」
「クソがぁぁぁ!!人間!…貴様さえいなければ順調に事は進んだと言うのにぃぃい!!!」
エインさんが何かの合図をすると周囲からギルドの職員らしき人達が自称孫を連行して行った。
「とんだ災難でしたね霧原さん。それではこちらが霧原さんへ宛てられた封筒です」
「これが…」
「私は館の中の事後処理をしなければなりませんので読み終えたら来てください」
「はい」
☆★☆★☆
コロウィリウスさんが僕に残した一通の手紙。
何が書かれているのだろうか?
読むのが怖いと思いつつも僕は封を切った。
[この間は無茶なお願いをしてしまって悪かったね。
でも…私はどうしても雫陰君に受け取って欲しいんだ。
私のお菓子を誉めてくれて、私の事を理解してくれた血の繋がり無き大切な家族の雫陰君に。
最後の最後に君のような素晴らしい人間に出会うことができて本当に良かった。
君のおかげで残り少ない寿命を大切に思うことが出来た。
あわよくば雫陰君にまた…私の前でお菓子を食べて欲しかった。
それだけが私の最後の心残りだ。
親愛なる霧原雫陰へ]
手紙を読み終えたところで僕はまた泣いていた。
コロウィリウスさんに対する謝罪と感謝の気持ちが入り混じって。
もうどうすることも出来ない。
僕はエインさんに言われた通り館へと足を運んだ。
☆★☆★☆
館まで来るとエインさんが玄関で待っていた。
「霧原さん…私について来てください」
僕は言われるがままに従った。
エインさんが案内してくれたのは僕が初めてお菓子を振る舞われた部屋だった。
そこにはとても穏やかで安らかな顔をしたコロウィリウスさんが綺麗な装飾に囲まれて寝ていた。
「彼の遺体はもうじきこのアクルカンの世界へと返還しなければなりません。ですので…最後のお別れを」
僕が言えることはもう1つしかない。
「コロウィリウスさん…こんな僕を家族と呼んでくれてありがとうございました。あなたの想い…決して無駄にはしません」
僕はあなたという大切な家族が居たことを生涯決して忘れません。
あなたと出会えて本当に良かったです。
「霧原さん……」
「僕のお別れはもう済みました。コロウィリウスさんを…アクルカンへと環えしてあげてください」
「分かりました」
僕がそう言うがいなやエインさんはコロウィリウスさんの身体へ触れて、何かの呪文を唱え始めた。
それと同時にコロウィリウスさんの身体が光輝き、とても綺麗な粒子となって天へと登っていった。
最後の粒子が消える直前僕は…
[ありがとう。私も君に出会えて良かったよ]
そう、コロウィリウスさんが言ってくれたような気がした。
☆★☆★☆
「これで彼の遺体はアクルカンの世界へと返還されました。最後に1つ来てもらってもよろしいでしょうか?恐らく霧原さんの為に用意されたのだと思いますので」
エインさんについていくとそこには山と積まれたあのお菓子があった。
それに添えられるように1つのレシピも。
「私の役目はここまでで終わりです。私はギルドへ帰るので何かありましたらまた来てください」
☆★☆★☆
お菓子に添えられていたレシピはこれまでにコロウィリウスさんが作ってきたお菓子が記されているものだった。
またいつか時間があれば作ってみたいなと思った。
そしてコロウィリウスさんが用意してくれたお菓子を一口かじるとそれは2日目に食べたお菓子と同じように少し塩味が強かった。
そこで僕はようやく悟った。
これは塩の味ではなく、涙の味なのだと。