幸せは有限
翌日、僕はコロウィリウスさんに楽しみにしていたお菓子を振る舞ってもらった。
そのお菓子は昨日と変わらず美味しかったが、何故か少し塩の味が強かった。
「ありがとうございます。やっぱりコロウィリウスさんのお菓子は美味しいです!」
その言葉は昨日までに幾度となく言ったのではあるが、その時のコロウィリウスさんの顔はとても穏やかで嬉しそうだった。
「ありがとうよ。君に出会えて本当に良かった」
きっとそれは心の底からの本音だったのだろう。
ううん。
きっと本音だ。
僕はそう信じている。
「それでは僕はこれで帰ります」
名残惜しい気もしたが僕には他にもやらなければいけないことがある。
ここで立ち止まっている訳にはいかない。
「そうか…なあ雫陰君。帰る前に1つこの老いぼれの頼みを聞き入れてはくれないだろうか?」
その声はとても真剣で、冗談には聞こえなかった。
だから僕は耳を傾けた。
[なんでしょう?]と。
そうしたらコロウィリウスさんはとんでもないことを僕に頼んだ。
「雫陰君の報酬金額を銅貨三枚から、私の全財産に変えさせてはもらえないだろうか?」
僕は正直戸惑った。
それはどれだけの大金なのだろうか?
どうしてそんな事を言うのだろうか?
その二重の意味で。
だから僕は答えた。
「何故そんな大切なお金を僕に?それはコロウィリウスさんが頑張って頑張って手に入れたお金でしょう?」
と。
するとコロウィリウスさんは信じ難い事を僕に伝えた。
「私はね、もうじき寿命を迎えるんだ。悪魔族の平均寿命は1200歳。私の年齢は1196歳。もういつお迎えが来てもおかしくないんだ」
初めは何を言っているのか理解出来なかった。
死ぬ?
コロウィリウスさんが?
こんなに元気そうなのに?
そんなことばかりが頭の中で渦巻いていた。
「で、でも!それなら僕じゃなくても他にも大切な方が居るんじゃ…!」
ここまで言って僕は気づいた。
コロウィリウスさんにはもう大切な人と呼べる人がこの世に居ないのだと。
そんな僕の考えを見透かしたようにコロウィリウスさんは話した。
「私には昨日まで大切な人はもう居なかった。でも、昨日新しく大切な人が出来た。それが雫陰君。君だよ。だから私は自分の財産を全て君に相続したい。私のお菓子を美味しいと言ってくれて、色の無かった私の世界をカラフルに彩ってくれた君に」
ここまで聞いて僕の頬には暖かい何かが伝っていた。
それは涙。
どうして自分が泣いているのか分からなかった。
コロウィリウスさんが死ぬと言ったからだろうか?
本能的に死んでしまうと悟ってしまったからだろうか?
そんな僕を見てコロウィリウスさんは言った。
「だから君に私の財産を譲るんだよ。
私の為に泣いてくれて、私のことを想ってくれる雫陰君に。今私はとても嬉しいよ。こうして自分の死期が近づいているなか、私の想いを正直に伝えることのできる[家族]に出会えたのだから」
[家族]
僕はコロウィリウスさんの息子で無ければ兄弟でもない。
種族も違う真っ赤な他人だ。
でも…コロウィリウスさんは僕の事を家族と言ってくれた。
それはどれだけ誇らしく嬉しいことなのだろうか。
昨日会ったばかりの若者にそれだけの信頼を寄せてもらって。
その言葉のせいで僕はより一層泣いていた。
「ありがとう。そしてごめん。突然こんな事を言ってしまって。でも私にはもう時間がない。恐らく…そう遠くないうちに私は死んでしまうだろう。だから……受け取ってもらえないだろうか?私の努力と信頼の証を」
この時僕は何を伝えればいいのか頭で分かっていたはずなのにそれを伝えることは出来なかった。
どうやって帰ったのかも分からない。
僕は気づいたらキルメスの家に帰っていた。
「な、何かあったのか雫陰…?」
確かそんなことを言っていたと思う。
でもそんなキルメスの心遣いも僕は無視して泣いていた。
次の日も、その次日も、その更に次の日も。
そして数日経ったある日、とある話が僕の耳に入ってきた。
[コロウィリウスが自宅で亡くなっていた]と。