憩いの森
何故いつも正義のヒーローが勝利するのか?
何故いつも悪は強大な力を持っているのにも関わらず滅ぼされてしまうのか?
正義が常に勝利しなくても悪が勝利する物語があってもいいじゃないか。
そんな事を幼い時はよく考えていた。
勿論今ではそれなりに成長した訳で、勧善懲悪がどーのこーのとか、物語の構成上しょうがないとかしょうがなくないとか、ある程度は理解して納得はしている。
それでも…
僕は今尚、悪が勝利してもいいのではないかと常日頃から思っている。
そんな事を考えている僕の名前は霧原雫陰
霧ヶ野町、璃園学園に通う2年生だ。
取りあえず自分の名誉の為に「考えて」おくが
これは自分の勝手な妄想による自己紹介だ。
特に意味はないし、誰かに語りかけている訳でもない。
では何故そんな事をしているのか?
答えは簡単。
僕は地元の高校に通う生徒であり、現在進行形で数学の授業を受けている。
ここまで言えばなんとなく分かるだろうか?
僕は授業が退屈で仕方ない。
別に難しい理由がある訳ではなく、ただ純粋に授業そのものに価値観を見いだせないのだ。
で、その結果どの授業もこうやってどうでもいいことを考えて時間を潰している。
我ながら虚しいとは思うが…。
そんなことを考えていると授業終了のチャイムが鳴った。
「む、これで今日の授業は終了だ。級長、号令」
「起立、礼」
「やっぱり無駄な事を考えていると…時間が経つのが早いなぁ…」
真面目に授業を受けろという意見は受け付けない。
「それじゃ、いつもの場所に行こうかな」
僕は基本的に放課後は特に部活をやっている訳ではなく、友達と何処かへ遊びに行ったりもしない。
ただ1つだけ毎日欠かさずに行っている事がある。
それは何か?
☆★☆★☆
「ん~…!やっぱりここは落ち着くなぁ」
学校裏にある森に来て1日の退屈を癒やす事だ。
基本的にここには誰も来ないし、公共の喧しい音とかもなく木が茂ってとても涼しい。
1人で居るには最高の場所だ。
では何故そんないい場所にも関わらず人が来ないのかと言うと、この森に伝わるある迷信と詩によるものが強い。
詩というのも、
人は神に誓った。栄えある栄光の覇者となることを。
魔は神に誓った。栄えある栄光の覇者となることを。
人は魔に誓った。自らの種が栄光の覇者となることを。
魔は人に誓った。自らの種が栄光の覇者となることを。
我は信じよう。そなたの言葉を。
我は信じよう。そなたの言葉を。
そして誓おう。
異界より呼びし者はその者が認める種に属することを。
まぁ全く関係のない土地から移り住んで来た人にとってはどうでもいいことだろうが、霧原家の人間としてはとても興味深い。
霧原家の長男は代々考古学者として人生を進める者が多い。
偶にそれからズレた人も居たようだが、幸いにも僕には考古学者の血がちゃんと受け継がれたようだ。
だからこのような意味不明な文章を解読するのは得意であり、また好きでもあるし、それが苦になることなんてない。
叔父や父の勧めで必要な知識は殆ど中学の頃に習得したからある程度のことは理解できる。
だから考えずとも答えが分かる授業を真面目に受けるよりは、このようなものを想像を膨らませてそれがどういう意味を持つものなのか…
なんてことを考えている方がよっぽど有意義なのだ。
そんな人間なのでこの詩にはどんな意味が込められているのかを想像できるが故に興味深いと思っている。
実際はまだ何も分かってないが。
それとこの森に伝わる迷信はこの詩にそって、異界に住む魔物が人間をさらってしまうというもの。
子供騙しのような迷信だが何百年か前には人が消えた事例があるそうだ。
しかし、それはあくまでも昔の記録を頼りにしただけだ。
異界に住む魔物が人をさらうなんてことはまずありえないし、なんらかの事故で行方不明になるか盗賊なんかにさらわれてしまったと考えるのが妥当だろう。
人気が少ないのは今も昔も変わりがないみたいだしな。
そうして暫くの間、物思いにふけっているとふいに近くの茂みがガサガサと音を立てた。
「ん?」
誰か来た…?
すると中から飛び出して来たのは狼だった。
それも絶滅したはずの日本狼。
「…え~と?これはあれだよな。日本じゃ既に絶滅した日本狼?珍しいな」
写真や絵でしかみたことないかいい勉強に…
「って!感傷に浸ってる場合じゃない!逃げろ!」
森の中は木の根や大きな岩が沢山ある為か狼は本来のスピードを出せず、人間の足でも逃げれるくらいに遅くなっていた。
「くっそ、なんでこんな森に狼が…!」
しかしそれでも狼と人間。
その力の差は歴然だ。
みるみるうちに狼と僕の距離が縮まってゆく。
どこか隠れる場所は…!
僕は走りながら必死に隠れる場所を探す。
すると都合の良さそうな茂みが目に入った。
少しは余裕をよこせ!
取りあえずあの茂みに…!
狼の一瞬の隙をついて茂みへと飛び込む。
よし!取りあえずは成功したようだ。
でもこんなのは気休めでしか…
ん?
この森にこんな物あったか…?
僕が見た先には大きな石板のようなものがあった。
それには見たこともない文字彫られていたが…
「…読め、る…?」
その石板のようなものにはこの森に伝わる詩が彫られていて、更にその先には聞いた事のない詩の一部分が彫られていた。
「私は最後の最後にやり残してしまったことがある。叶うことなら、それを君に託したい」
僕が目の前の謎に悩んでいると途端辺りが急に騒がしくなり、近くの茂みから…
どこから引き連れてきたのか、先程の狼が仲間と共に僕の元へとやってきた。
「しまった!こいつの事忘れて…!」
狼達がウォン!と大きく吠えたのと同時に僕を目掛けて襲いかかってきた。
これはもう、助からないだろう。
これからすぐに訪れる死を前にし、僕の意識は遠退いていった。