圧縮悪役令嬢――婚約破棄から次の婚約まで三分でした
「ヴィオレーヌ・デュセル。君との婚約を、ここに破棄する!」
卒業夜会の大広間に、王太子エドガールの声が響いた。
その隣には男爵令嬢ミレイユ。
ヴィオレーヌは一度だけ瞬きをした。
「承知いたしました」
「……は?」
「婚約破棄を承知いたしました」
「いや、待て。理由を聞かないのか」
「ミレイユ様を虐げ、嫉妬し、陰湿な嫌がらせを繰り返したから――では?」
「そうだ!」
「証拠は?」
「……証拠?」
三十五秒。
エドガールがミレイユを見る。
「ミレイユ?」
「え、ええと……わたくし、冷たい目で見られましたわ!」
「それ以外は?」
「……」
五十秒。
ヴィオレーヌは父、デュセル公爵へ向き直った。
「お父様。殿下ご本人が公の場で婚約破棄を宣言されました。王家との婚約契約は終了したと考えてよろしいですね」
「ああ。陛下からも、本人が破棄を宣言した場合はその意思を尊重すると聞いている」
「では、わたくしの婚姻相手は自由に?」
「なる」
一分十秒。
ヴィオレーヌは壁際を見る。
そこにいたのは侯爵家嫡男、シリル・ラヴェル。
幼い頃からの友人。
そして、十年前からずっと好きだった男。
シリルも彼女を見ている。
ヴィオレーヌは迷わず歩み寄った。
「シリル様」
「なんだ」
「結婚してくださいます?」
「喜んで」
「待て!」
一分三十秒。
エドガールがようやく追いついた。
「なぜそうなる!」
「婚約がなくなりましたので」
「早すぎるだろう!」
「十年待ちました」
「十年!?」
シリルが肩をすくめる。
「殿下。私は十一歳の時に彼女へ求婚しております」
「聞いていないぞ!」
「断られましたから」
「王太子殿下との婚約がございましたので」
「では、ずっとこいつが好きだったのか?」
「はい」
「私と婚約していたのに?」
「殿下も今、別の女性をお選びになったところでは?」
「……」
二分。
そこで初めて、流れが止まった。
シリルが上着の内側へ手を入れる。
取り出したのは、小さな指輪だった。
ヴィオレーヌが目を見開く。
ほんの数秒。
それまで淀みなく進んでいた時間が、そこだけ妙に長く感じられた。
「……持っていらしたの?」
「十年前から」
「ずっと?」
「ああ」
ヴィオレーヌは指輪とシリルの顔を交互に見る。
「重いですわ」
「知っている」
「十年ですものね」
「だから捨てられなかった」
彼が差し出した手に、ヴィオレーヌは自分の左手を重ねた。
「ヴィオレーヌ」
「はい」
「十年待った。もういいだろう?」
彼女は笑った。
王太子の婚約者として過ごした十年間、一度も見せなかったほど自然な笑顔だった。
「ええ。お待たせしました」
二分三十五秒。
「ラヴェル侯爵」
デュセル公爵が壁際へ声をかける。
「息子殿と娘の婚約について、異存は?」
「あるものか。こちらは十年間待たされている」
「では成立ということで」
「ああ」
エドガールが口を開いた。
「いや、父親まで――」
二人の父親が同時に答えた。
「十年前から知っていたので」
二分五十五秒。
シリルが、十年間しまわれていた指輪をヴィオレーヌの指へ通す。
三分。
婚約破棄から、新たな婚約成立まで、きっかり三分だった。
結婚式は、その三か月後。
悪役令嬢の物語としては、たぶんかなり短い。
けれど彼女の恋だけは、十年前からずっと続いていた。
例のごとく、夜勤明けの夜に書いております。
明日は7:00から仕事なのですが、現在アヒージョをつまみにビールを飲んでおります。
三分で婚約破棄から結婚まで行くなら、書くほうも勢いで行こうということで。
お楽しみいただけましたら幸いです。




