椅子が用意されていないなら、空気椅子に座れば良いじゃない ~嫌がらせはすべて筋肉で跳ね返して差し上げますわ――!!~
ロマネスカの町では毎年、闘技会という恒例行事が行われる。
腕っぷしに自信を持つ者たちを集めて、トーナメント方式で優勝者を決めるのだ。毎年白熱し、大いに盛り上がる。
……はずだったので、今年の決勝戦が一瞬で終わるとは、誰も予想していなかった。
そして優勝間違いなしと言われていた「オーガ殺しのダイノス」が開始十秒で敗れ、場外にぶっ飛ばされたことも、全く誰も予想出来なかった。
しかもダイノスの対戦相手は女だったのだ。
黒い長髪をヒモで無造作に束ねていた。
筋肉質の身体は引き締まっており、背中に背負った戦斧は熊を両断出来るほど巨大だ。
名をモンシロと言った。世界最強の部族、マガ族の女戦士であり、わけあって故郷を出奔して来ていた。
観衆たちから、困惑に満ちた拍手がまばらに送られる中、モンシロに一人の男が近づいていく。
マントを羽織り、胸に紋章を付けている。金色の髪を持ち、まるで絵画から飛び出してきたかのような、美しい美貌の持ち主だ。背は高いが、どちらかと言えば華奢にも見える。
モンシロは得意げに眉を上げた。
「お前がお偉いさんか? この通り、優勝した私には賞金があるのだろう?」
「おい、無礼だぞ貴様!」
「口を慎め! そのお方は領主であり、騎士団副団長のフランツ・ホーエンベルク様だぞ!」
兵士たちから一斉に非難の声が飛ぶ。しかしフランツが右手を上げると、ピタリと止まった。
「我が名はフランツ・ホーエンベルク。貴女は?」
「モンシロだ。以後よろしく頼む」
「以後よろしく頼む」と彼女が言ったのは、この闘技会の優勝報酬が賞金に加え、「騎士団の入隊許可」も含んでいたからだ。要するに、召し抱えられることになると彼女は思っていた。
握手のためにモンシロは右手を差し出す。
フランツは急に傅いた。差し出された右手をそっと握る。そして優しく手の甲に口づけ、低く大きな声で言った。
「モンシロ嬢。俺と結婚してくれないか」
事の成り行きを見ていた観衆たちからは今日一番のどよめきが起こっていた。
「よし、分かった。お前と結婚しよう」
モンシロの、即答。
さらに大きなどよめきに変わった。
◆
こうして彼らの結婚式はスピーディーに執り行われた。モンシロとしては、これから毎日適度に体を動かし、腹が減ったら飯を食い、眠くなったら眠るぐうたら生活が始まるのだと楽観していた。
しかしそれは希望的観測だったと思い知ることになる。
彼女は、女戦士から「貴族の妻」にジョブチェンジしなければならなかったのだ。
こうしてモンシロの人生とモンシロ自身も、これまでと激変することになる。
***
そして、なんやかんやあって半年後。
「お待ちになって、旦那様~」
公務で屋敷を出ようとしたフランツを、甘ったるい声が呼び止めた。階段を一段ずつ、しかしピアノの鍵盤をなぞるような速さで駆け下りてくるのは、薄いピンク色のドレスに身を包んだ人物。少女のようなハーフツインの黒髪をたなびかせつつ、あっという間にフランツの前まで来た筋肉の発達した女性。
あの闘技会で全員瞬殺して優勝した、モンシロであった。
彼女は口に手を運び、潤んだ上目遣いでフランツを見つめている。だが身長はフランツより高いので睨んでいるような威圧感。
「もうお出かけになるのですか?」
本来の彼女の声より3オクターブほど高い声で鳴いた。
「ああ。農地の視察に行ってい来る」
「早く帰ってきてくださいね。旦那様が居ないと、私寂しくて死んでしまいますわ」
無論、そんなことはない。モンシロはオークに棍棒で顔面フルスイングされても、ピンピンしていた女である。
「寂しくて死んでしまうとは、我が妻はどうやらウサギらしいな」
「ウサギだなんて、んもう、旦那様ったら」
モンシロはそっと、そっと夫の肩を押した。前に「ちょっと旦那様~w」くらいのノリで肩を叩いたらフランツが脱臼したためだ。
「そういえばモンシロ、今日はイグナーツ辺境伯殿の屋敷に行くのだろう?」
「はい。辺境伯夫人からお茶会のお誘いを受けているのです。緊張しますわ」
ここぞとばかりに、不安げな顔を突貫工事で組み立てるモンシロ。
「ストレスになるなら、行かなくて良いんだよ」
フランツに抱きしめられ、モンシロは満足げに頬を上げる。
「いいえ、行きます! 私、こういう時のために半年間頑張ってきたのですから!」
その言葉は真実だった。モンシロはフランツの顔に泥を塗らないよう、淑女になろうと努めた。なろうとし過ぎた結果、一周回って前衛的なぶりっ子が完成したのだった。
紆余曲折があった。
カーテシーを習った時は「要するに、スクワットをすれば良いんだな」と脳に筋肉が詰まっていないと飛び出さない発言をして、家庭教師を悩ませた。
テーブルマナーの授業では、マナーを身に着けるどころか、皿、カップをことごとく粉砕してしまう。お行儀の悪いパワーを調節することから始めなければならなかった。
それでもモンシロが貴族令嬢になろうと努めたのは、ひとえにフランツのためだった。この半年の間に、戦士だったモンシロは愛を知ってしまったのだ。
フランツはモンシロを一人の恋人のように扱った。
夫婦となったのだから、彼の行動は不自然ではない。
しかし結婚を繁殖行為のためとしか考えていなかったモンシロは「愛される」という体験を初めて味わった。フランツは彼女を毎日抱きしめ、耳元で愛を囁いた。「君を危険に晒したくない。騎士団に入隊する必要はない」とも言ってくれた。
また、その見た目や出生から、貴族たちの間で噂の種になっていたモンシロを、かばい続けて来てくれていた。
フランツの愛を毎日浴び続けたモンシロは、次第に年頃の乙女らしい反応を見せるようになり、いつしか彼女の心はトロトロに溶かされていた。
自分がちゃんとしていないと、フランツが恥をかいてしまう。その思いが彼女を苦手な淑女教育と向き合わせた。
そして今日、集大成を見せる時だ。
イグナーツ辺境伯は騎士団において、フランツの直属の上司にあたるのだが、フランツを嫌っているらしく、いつも嫌味を言ってくる。どうやらモンスター討伐で優秀な手柄を立て、国王からも気に入られているフランツのことが面白くないようだ。
今回呼ばれたのは、恐らく何か裏がある。それはモンシロにも感じられていた。
だからこそ決して失敗することは許されない。
「絶対に、このお茶会で良い印象を残して見せるわ!」
モンシロは意気込んで手指をボキボキ鳴らしていた。
◆
モンシロは戸惑っていた。
中庭で開催された茶会に、案内されたテーブルが目の前にある。
しかし自分の椅子が無いのだ。
他の席には既に令嬢たちが座り、まるでモンシロなど見えていないかのように、会話を楽しんでいる。
モンシロの椅子を取り除けるように指示したのはイグナーツ辺境伯の娘、オデットだった。辺境伯がフランツ夫妻を目の敵にしているように、オデットもモンシロを敵視していた。
このオデットという娘。生粋のいじめっ子だ。
商人の令嬢であるとか、自分より可愛い令嬢、位の低い令嬢は、取り巻きと結託し、あらゆる手段を使っていじめ、のけ者にすることを生きがいとしていた。
そして、今回のターゲットは憎きフランツ子爵の妻、モンシロ。
この茶会で徹底的にイジメると決めていた。
元々平民ですらない彼女は格好のターゲットだったのだ。
彼女はモンシロが椅子を探して困惑している様子を見て、扇子の下でほくそ笑んだ。「さあ、困りなさい。そして情けなく泣くと良いわ。ほら、その図体から想像できないくらいの情けない涙を見せるのよ!」
***
※ここからはモンシロ視点中心の話とオデット視点中心の話を交互に書いています。
モンシロは考えた――。
イグナーツ家の使用人には確かにここへ案内されたはず。 オデット嬢の隣という席順も確認してきた。 ここで間違いないはず! では何故……?
その時、脳裏にペカッと光るものがあった。
「あ、そういうことですのね」
モンシロはポンッ! と手を打った。
ここは貴族の茶会。何ら不自然な事ではない。
「失礼いたしますわ」
モンシロ、甘ったるい声。
そしてオデットのその隣。さっきまで無かったはずの席へ、ドカリと座る。
周りの令嬢はギョッとした。
「誰があいつの席を用意したの?!」
目で問い合う――。
勿論、他の令嬢が用意したのではない。使用人でもない。
だが確かにモンシロは、椅子に座っているように見える。
――そもそも、そこに、椅子は無かった。
そう、モンシロは座っていたのは、『空』――!
空気椅子で、あたかも座っているように見せかけていた。
あまりに微動だにしない姿勢。伸びきった背筋。
それを可能にする、正解最強、戦士の筋肉――!
「これもきっと淑女教育の一環。初参加の私に対する叱咤激励なのだわ」
モンシロは信じて疑わないのだった。
***
オデットは気を取り直し、計画を第二段階い進めることにした。
「モンシロ様、これをお食べになって」
気を取り直したオデットは一皿をモンシロの前に置く。皿には色とりどりのマカロンが盛り付けられていて、甘い匂いが漂ってくる。
一見、普通の美味しそうなマカロンだ。しかし中にはリグドと呼ばれる木の実がふんだんに入っている。美味だが、固くて有名であり、虫さえ食べない。
石で長時間すりつぶして、ようやく食べられるようになるものだ。
煮沸処理はされているが、硬さはそのまま。噛めば歯の方がが先に悲鳴を上げる。
勿論、この「お上品な」場で吐き出せば大問題になる。どんな風に噂されるか分かったものではない。
『さあ、今度こそほえ面をかきなさい。吐き出して、負けを認めるのよ』
オデットはまたもや扇子の下でほくそ笑んでいた。
***
オデットの意図など1㎜も知らないモンシロ、マカロンを前に目を輝かせる――!
他所でいただくお菓子。まだ食べたことの無い味。これを最も楽しみにしていた――。
食いしん坊――!
「まあ、美味しそう。頂きますわ!」
可愛らしく手を合わせたモンシロ。マカロンを一齧り。
オデットも取り巻きの令嬢もニヤニヤとモンシロを見守る。
「さあ恥をかきないさい」と顔に書いて張っているよう。
バキィ――!! バキバキィ――!!!!!
大木が切り倒されるような轟音――!
モンシロの口の中から聞こえる。
響くたび、ほくそ笑んでいた令嬢たちの笑顔が消えていく。
咬合力――!! ワニをも凌ぐ、マッシブな咬合力――!!!
「美味しい! 歯ごたえがあって、食べやすいですわ!」
嫌がらせのつもりが――モンシロの顎が強すぎて――適度な歯ごたえになってしまったのである――。
***
周りの令嬢の顔に怯えの顔が浮かぶ。「こいつに手を出したらやばい」と全員が縮こまっている。モンシロを怒らせたら、次、リグドのように噛み潰されるのは、きっと自分だと。
しかしオデットだけは諦めていなかった。ムキになっていた。
モンシロは我がイグナーツ家の憎き敵の嫁。絶対にこの茶会で恥をかかせるのだと、断固たる決意をしていた。
オデットは考えた。
彼女の力が常人離れしているのなら、それを利用すれば良いのだと。
オデットは、取り巻きの令嬢を使い、ロビーに入って直ぐの場所にある階段に呼び出した。そして自分は階段の上で待機する。
そう、令嬢バトルで毎度おなじみ、「階段から突き落とされた作戦」である。もし成功すれば、彼女に恥をかかせるどころか、社交界からも追放出来る。そうすればフランツの立場は急速に悪化する。
『さあ、来なさい。素直にやられていれば良いものを、あなたが抵抗したから、こんな手段を取らざるを得なくなったのだから』
オデットは心の中で言い訳をしながら、モンシロが来るのを待った。
目には異常な光が宿っている。
***
モンシロ、登場――!
階上にオデットを見つける――。
「オデット様、私に何の用かしら?」
浮かぶ疑問。しかし、罠だと気付く由もなし――。
オデットはイグナーツ辺境伯の娘。絶対仲良くしなければならない――。
モンシロ、手を振りながら階段を駆け上がる!
その時、オデット、重心を階段の方へ移す――!
まさに捨て身――!
敵を陥れるためには何でもする女、それがオデット――。
眼前、階段が迫る!
…………。
衝撃が――来ない――。
アリバイ要員として用意した令嬢たちが、次々に悲鳴を上げる。
目を開けたオデット。
その時初めて! 彼女は衝撃を受ける――!
足を、掴まれている――!
オデットの両足の足首を――、モンシロが片手で――!
まるで魚――! 吊り上げられた魚――! まるでマグロ――! 中とろ美味しい――!
グイッ。
モンシロ、掴んだ手を持ち上げる。
自然とオデットと、視線がぶつかる――!
ギギッ――。
モンシロの発達した表情筋が作る、バキバキの笑顔――!
「オデット様、足元に注意しないと、危ないですわ。次は無いですよ」
次は無いですよ――!!?
次は無いですよ――!!?!!?
バレている――!!
この女、オデットの策略に気付きながら! 敢えてやって来たというのか――!?
※違う。
単純に、次、あなたが足を踏み外しても、その場に自分は居ないので助けられないという意味だった――。
しかし、曲解――!
恐怖――! 圧倒的な生物格差――!
この生き物には勝てない――!
オデット、悟る――!
格付け、これにて終了――!!!
◆
自宅に戻ったモンシロは早速、フランツに茶会でのことを報告した。
「イグナーツ辺境伯様のご息女、オデット様は色々と私に気を使ってくださって、とても楽しゅうございましたわ!」
「オデット嬢が……?」
フランツは首を傾げたが、楽しそうに話すモンシロを見て表情を和らげた。彼はモンシロが不遇な扱いを受けることを心配していた。しかし彼女は本心から嬉しそうだ。
「そうか、後日、辺境伯にはお礼状を送ろう」
「お願いします。またオデット様にお会いしたいですわ!」
言いながら、モンシロは階段から落ちそうになっていたオデットの表情を思い出していた。怯えた表情で、今にも泣き出しそうだった。
あの時、自分が咄嗟に足を掴まなければ彼女は落ちていただろう。怖かったに違いない。ただ、あの顔は可愛かった。
自分もあのくらいの表情が出来るようになれば、旦那様はまた「可愛い」と言ってくれるだろうか。
彼女なりにオデットの真似をして、ギギッと眉を下げ、困り顔を作ってみた。
「ひっ!」と、小さく侍女が悲鳴を上げたことに、モンシロは気付かなかったようだ。
おわり




