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⒈師弟関係が決まる大事なときにに百人一首が浮かんできた件

 この世界のことを簡潔に説明しなさい。


 そんな問題が出て、答えられる人が何人いるだろうか。簡潔に、でなくてもいい。とにかく、説明できる人が、この世にいるのだろうか。


 いないと思う。

 

 勿論のことだが、平凡な私ができる訳もない。


「えっ? 世界、ですか?」

 驚きと戸惑いで、敬語を外しかけた。

「うん、そう。世界の仕組みとか、この街の決まりとか。あと、」

 

 プププー!

 車のクラクションが鳴った。気付けば、赤信号になっていた。

 私と女の子は小走りをした。正確には、私が走り出して、女の子が付いていった。

 

 私達は最後の白線を越えて、浅く呼吸をする。そのとき、私は膝に付いた女の子の手が、黒い手袋に包まれているのを見た。

 見た目からすると、私と同じくらいの年齢に見える。でも、身なりは日本のものじゃないし、どこかの外国のものにも見えない。

 この子、どこ出身なんだろう?

 少しだけ興味が湧いてくる。

 

 私は息を整えると、中断されていた言葉の続きを促す。

「あと?」


「キミの、名前とか」


 彼女は悪戯っぽく、ニヤッと笑った。そういう笑顔が似合う顔だ。決して見下している訳ではない。褒めてる!


 私の、名前。嫌いじゃないけど、好きでもない、名前。

「私は水野清良です。水に、野原の野、清いに、良いって書きます」

 少女は目を丸くして、「ふへっ?」という感じの抜けた声を上げた。何かおかしかっただろうか。


「私の名前はアージ・エクォームなんだけど、え? 書くって何? 名前に書き方とかあるの?」

 

 そこまで聞いて、私はようやく、今までの記憶が繋がった気がした。


「……これ、異世界転移の、逆バージョンだ」

 

 私は読書が好きだ。本は、私の唯一の友達とも言える。特にファンタジー系が大好きだ。引っ込み思案だった少女が自分の得意な魔法で勇気を貰う話なんかは、自分に重ねて空想を広げられるから楽しい。

 その中でも、異世界転移には、強い憧れがある。だって、突然の非現実とか、最高じゃん!


「異世界転移……? 異世界に、移ること?」


「そうです! 異世界に転移して、最初の方は戸惑うんですけど、努力して魔法を身に付けていって、少しずつランクが上がって、それで、いつの間にか王国を巻き込む事態になってて、勿論失敗もするんですけど、周りの人とも仲良くなって、最終的には世界を平和にしていって……。つまり、現実世界で引け目を感じていた人が、異世界で才能開花させるんです! それで、それで、」


「うん、言わんとしていることは大体分かった。分かったからさ……」


 目の前の少女、アージが私の演説を止め、私は頬を引き攣らせた。

 静かに生活して、目立たないようにするって、決めてたのに……。私は何をやっているんだろう。突然オタク話を繰り広げようとしてたんだろう。長所が一つもない私なんかに、本当の友達なんてできっこないよ。

「……ごめんなさ、」

「ねぇ、なんで謝るの?」


 へ?

 私は思わず、アージと目を合わせた。アージは、純真無垢な透き通った目で、不思議そうに私を見ていた。


 ネェ、ナンデ、アヤマルノ?


「セラちゃんは、何一つ悪いことしてないでしょ? 好きなことがあるって、すごく凄いと思うんだ私。だからさ、謝ったら損だよ」


 私の視界が、大きく広がる。

 え、今、すごいって言った。私に対して、すごい、と。 


「あ、セラちゃん呼び、イヤだった?」

 アージはオロオロしてしまった。私が言葉を失ったせいだ。

「いいえ、ありがとうございます」

 もっと感謝の気持ちを伝えたかったのに、人見知りな私は、それを言うので精一杯だった。


「セラちゃんも、そんな堅苦しい話し方しなくても良いのに」

 アージの言葉は、私の心をドキッとさせる。

「いや、流石にそれは。ハードルが、高いです」

「ふ〜ん」


 鴉が鳴いた。空を見上げると、東の地平線は青紫色になっていた。そこで私はようやく、時間が進んでいることを知った。

 お母さんにテスト勉強をしていた、と誤魔化しても、疑いが掛けられてしまいそうだ。一刻も早く家に着かないと。


「あの、そろそろ、帰らないと、なので」

「魔術に興味があるんだよね」

 私の言葉はガン無視で、アージは話題を振った。


「はい……?」

「それで、この世界には魔術は存在しない」

「そう、ですけど?」


「ならさ、一年間だけ、私の弟子にならない?」


 私はたっぷり十秒フリーズした。


 そして、私はうっとりした。

 シャボン玉のような、何色かを表現するのは難しい、でも美しい輝きの中に吸い込まれた気分だ。

 でも、私なんかが魔法、使えるんだろうか。でも、もしかしたら、実は天才だったという展開も有り得る。

 魔法が使えたら、何をしよう。まずは、空を飛びたい。どこまでも遠くへ、思いのままに。そして、人差し指の先から火を作ってみたい。あとは……。


 しかし、膨らんだ妄想は大きすぎて、『不安』の針に刺されて割れてしまった。

 一年間だけ、ってどういうこと? 期日が来たら師弟関係が壊れるの? それに、アージは無邪気な笑顔を保っているけど、何か企んでいるんじゃないの? 話が速いのは、用心が必要。


「ほぉ〜ら、魔術を学びたいなら、そうと言ってくれたら良いのにぃ〜」

 アージが、悶々と悩む私の思考をストップさせる。

 盛大に煽られていると感じるのは、私だけだろうか。


「滅茶苦茶悩んでるみたいだけど、本当は、新しいことやってみたいんでしょ?」

 

 〜しのぶれど色に出でにけり我が恋は物や思ふと人の問ふまで〜


 なぜか、その句が頭に浮かんだ。小倉百人一首四十番、作者は平兼盛。

 密かに隠していたけれど、顔色に出てしまっていたらしい、僕の恋心は。悩み事をしているのかと人が聞くほどまでに。

 これが、ざっくりな意味だ。女性に対する忍ぶ恋が題材なのだが、私の場合は対象はファンタジーになる。


 そう、私は大の古文好きの、顕著な文系である。


「反対はしないね? よし、決定だね」

 そして、私が百人一首の世界観に入り浸っている隙に、重要なことが議決されてしまった。


「え、うん?」


「今、確実に『うん』と言ったね? 肯定したね? 後で取り消しは効かないからね?」


 肯定、してないっ‼︎


「改めてよろしく、セラ」

 

 いつの間にか、“ちゃん”まで外れていた。

 

「え? いや、えぇ〜〜⁉︎」

 私の叫び声は、空に吸収されてしまった。

 繰り返すが、私は肯定していないし、確かに興味は持っていたけれど、現実に起こるとか聞いてない。心の準備ができてない。


 そして、私が望んでいた輝く未来だけど、でもやっぱり望んでいた未来じゃない、ちょっと強引ではちゃめちゃな、そんな見習い魔女生活が始まったのである。


はちゃめちゃ感を表現するのって意外と難しいですね、頑張ります。

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