プロローグ
初めましてで久しぶりです、海鈴ひなたです。
「星影の道案内」と「高2A組、転生しました!」という二つの作品と同時進行でこちらも書くという、頭おかしいことをしています。よければ、その二作も読んで頂けると幸いです。
私の名前は水野清良。典型的な中学二年生だ。
スポーツも、勉強も、お絵描きも、習字も、なんならゲームも。どれをやっても良い具合に平均以下。周りのみんなは将来の夢をきちんと決めているのに、私は何も分からない。推しも、趣味も、特技も、ない。
そう言う意味では、典型的ではないのかもしれない。一芸持っている人が大多数だから。
あ〜ぁ。友達は勿論いるけど、なんとなく引き離されてる感じ、嫌だなぁ。賑やかな孤独、って表すとピッタリかな。
今日も友達と半歩遅れて帰路に着きながら、大きく溜め息を吐いた。息は、風に流されて溶け込んで、そうしたらただの空気と同じだ。
つまんない、な。
推しについて熱く語られて、私は適当な相槌を打つ。感想を求められたときは、無難な答えを返す。今度見てみてよ、と誘われたら、やんわりと断る。
これが、本当に友達と言えるのだろうか?
違うと思う。
そう分かっているなら、一人でいれば良い。寄り道に付き合わずにまっすぐ帰宅して、テスト対策をしていれば良い。
何度、そう考えたことか。
でも、無理なのだ。教室で一人寂しく昼食を摂る気力なんてない。
だから、仮初めの"友達"と一緒に行動して、交差点でまた明日の挨拶をする。"友達"の騒ぐ声が彼方に消える瞬間、私はまた溜め息を吐く。今度は、安堵の溜め息だ。
アイドルの良さが分かって、周りと同じようにできるみんな、羨ましいな。
自分だって努力はしてる。授業は誰よりも真面目に、メモを取ったり質問したりしてるし、宿題を忘れたことはない。人気の動画を見て、どの子が可愛いか、考えようともしてる。
なのに、報われないし、理解ができないんだ。要するに、才能がないんだと思う。
私が足元を見つめてトボトボと歩いている間に、地面の水溜まりは空色になって、桃色になって、朱色になった。
私もあんなふうに、私もあの太陽みたいに、一人だけの力でも景色を変えられるようになりたい。ふと、そう思った。
自分が景色を変えられたとしたら、どんな景色にするだろうか。風景を思い描いてみる。取り柄のない自分にも、たくさんの人が拍手をしてくれる景色?
そんなの、いらない。
それは、建前の賞賛でしかない。
私が欲しいのは、自分に何か、特別な才能が生まれて、世界に希望が見える景色。
頭上でカラスが鳴く。
いっそ、カラスに遠くに連れて行って欲しい。クラスメートのことなんか忘れられる、ずっと遠くのどこかへ。
三歩先にある横断歩道の信号が点滅して、直立した赤い人間が光る。私は足を止めた。車が競い合うように流れていくのを、ぼんやりと眺める。
「ねぇねぇそこのキミ!」
背後で、おかしなテンションで話しかけている声が聞こえて来た。いるであろう相方の声はしない。無言で頷いただけなのだろうか。あまりにも楽しそうな声に、相方の反応が気になって振り向きたい衝動に駆られたが、関わると変な目で見られそうなので我慢だ。
「キミのことを言っているんだよ?」
その子は再び同じようなことを言った。相方が、何も反応しなかったんだろう。心なしか声量が萎んだ。もしかしたら、相方は自分と同じような性格なのかもしれない。明るすぎる隣の子に、引け目を感じているような。
分かる、分かるよその気持ち。
私は心の中で同情した。
車の流れが再び止まり、緑の歩く人が光った。私は目だけで左右を確認して、横断歩道を渡る。
例の後ろの子の、駆け足の音が聞こえる。
と、その子は私の肩を叩いた。
反射的に、私はそちらの方を向いた。
その子は、黒に近い茶色を基調としたワンピースを着ている。胴の部分は体のサイズに合わせてきっちりと締められているが、袖は、手首に向かって広がる形だ。短パンに、背中側だけ風に靡く裾が付いているから、マントと表現した方が適切だろう。
そして、服装よりもさらに現実離れしているのが、髪と目の色だ。
二つに括られた髪は落ち着いたトーンの胡桃色だが、染めているようには感じられない。
自分を見つめる目は紅葉色だが、これまたカラコンとは違う。
有り得ない身なりなのに、全体を見たらとても似合っている、と思った。
その子は、連れなどいなかった。
私はようやく、初めから自分に話しかけていたことを理解する。
「あのさ、ここの世界のこと、教えてくれない?」
それが、私たちの最初の出会いになった。