学習指導要領の策定
僕達はふたたび王都に呼ばれた。
今回委員会に集められたメンバーはおよそ10人。
前回の5分の1だ。
レポートでまた絞られたようだ。
会場には、あのクロガーネもいた。
クロガーネは会釈してきた。
あのオッサン堅物だが、悪い奴じゃないのかもしれない。
中央の扉が開かれ、国王達が入ってきた。
「一同静粛に」
その一言にみな振り返り、
膝をついた。
国王が、手で合図をした。
「みな。席につけ」
その場にいる全員が着席する。
じゃあゼロ、任せたよ。と僕はいった。
OK相棒。ゼロはそう答えた。
「今回は、我が国の教育体制についてだ。
一言で聞こう。
なぜこんなに格差がある」
そう国王は言った。
「生徒の能力が違います」
「やる気が違います」
「貧富の格差でしょう」
「集中力だと思います」
「体力だと思います」
「教科書の質ではないでしょうか」
いろいろな意見が出てきた。
―――
「なぁお前の前いた世界でも格差はあったか」
とゼロは僕に問いかける。
「そうですね。格差はあったけど、ここまでひどくはなかったかな」
と僕は答えた。
「それはなぜだ」
「僕の前いた世界では学習指導要領というものがあり、それが最低限の教えるラインというの明確にしていたんです。そういうものがこの国にはなくって…」
「なるほどな。じゃあ。それがあれば、あれか……。
教え方が足りないってのはなくなるのか?」
「そうですね。あくまで最低限の指導ってことになるので、底上げにはなるかなと」
「OKありがとうよ。相棒」
―――
「あの~。皆さんが言っているのも確かにあると思うんですが、ようは教え方のマニュアルみたいなので、最低限、これだけは教えようぜ!ってのがないからじゃないですか?」
とゼロは言った。
その場にいる者はみんなうつむき考えだした。
「その教え方のマニュアルというのは、どう作るんだ」
とクロガーネは身を乗り出して来た。
…
「あ~。どうしよ。雨水……。
お前でれるか?」
「えっ……。
じゃあ、ちょっとゼロさんっぽい口調にして、
やってみます。
詰まったら、助けてくださいね」
「OK。頼むぜ相棒」
…
「そうだなぁ」
わーめちゃ緊張する。
仕方ない。
丁寧にいってもいいや。
自分のスタイルでやってみよう。
「まず各授業内容をABCのランクにわけます。
Aは優秀な人にはここまで理解して欲しい分量
Bは普通の人にはここまで理解して欲しい分量
Cは最低でもここまで理解して欲しい分量
という風にわけて、学習指導要領ではこのCの学習を、
ちゃんとカバーできるように記述します」
「おー」
と会場から感嘆の声が上がった。
「この三層構造なら、教員の負担も調整できる。
Aまで教えたければ教えてよい。Cまででよければそれも自由。
現場裁量が残る構造だ。悪くない」
とクロガーネは言った。
「教科書の記述はCまでということ?」
と若い男が質問してきた。
「いえ。教科書はAまで一応カバーしています。
ただAは応用力を試す問題とかになってきます」
と僕は答えた。
あれ僕普通に答えれている。
すごい。えー泣きそう。感動なんだけど。
「ではBは?」
と今度はクロガーネで聞いてきた。
「Bも教科書でカバーしています。これは応用というほどでもない感じです」
周囲がざわつきだした。
「なるほど。これなら学習レベルの平準化は可能かもしれない」
そんな声が高まった。
「わかった。じゃあその学習指導要領とやらを作れ。
ゼロ。お前が頭をやれ。クロガーネはその補佐。その他の者も、ゼロの指示に従え」
そう国王は言った。
「ちょっと待ってください。俺、学校の校長やってるし、それに細かい事とかわからねぇよ」
とゼロは言った。
「そうだな。お前に私の配下を貸し出そう。おい!カターメ。ゼロの手伝いをしてやれ」
と言い国王は去っていった。
「よろしくお願いいたします。ゼロ様。カターメです。何なりとお申し付けください」
とカターメ。
「じゃあ。こういうのやった事がないんだけど、どうしたらいいんだろうか?」
とゼロは言った。
「そうですね。まずはどのくらいのレベルまで引き上げたいか。そういう基準の策定をする必要がありますね。」。
「そういうの、苦手なんだよな……」
「では、私がやっておきます。ゼロ様は、大雑把な指示を出していただければ」
とカタ―メ。
「わかった。じゃあ頼んだよ。カタ―メさん」
「はっ」
そんなこんなで、学習指導要領をいきなり全振りされ、
それをカタ―メさんに、ほぼ振るというという、怒涛の展開は幕を閉じた。
学習指導要領の策定には、のべ500人以上の教師がかりだされ、3か月で形になった。
出来上がった学習指導要領を目の前にゼロは言った。
「これは“縛り”じゃない。
“最低限、命綱になる”設計書だ。
これがあるから、教育って“人によって運が変わる”って状態を減らせるんだよ」
…
しかし、中には指導要領について批判的な人物もいた。
ゼロは昨晩、街中で卵を投げつけられた。
「自由に教えて何が悪い」
そう男は訴えた。
「オレも自由に教えるのが好きだ。
けどな、それができる教師は限られてんだよ。
だから指導要領がある。
生活保護や福祉と同じで、教育にも“最低限”のラインが必要なんだ。
子どもは、生まれた家や教師で人生決まっちゃいけねぇ。
それを守るのが指導要領だ。なめんなよ」
ゼロは言った。
ゼロの迫力に、男は肩をうなだれた。
学習指導要領は、数多くの教育者の愛と希望によって、
『子供を守るという魂のこもった盾』となったのだった。