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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase1 「君のいない日々」
9/56

Episode 8.「覚悟とエクスプロージョン」


 ***


 私たちは、叫ぶことすらもできないまま、まるでミキサーの中に詰められたかのように、激しく揺さぶられた。


 上も、下も、右も、左もわからない。あちこちに打ち付けた体が、一秒遅れで痛みを訴えかけてくる。


 それが止むまでに、たっぷり数十秒。私の意識は、そこで一度途切れてしまった。


 そして、次に目を開けたとき。

 私の目の前で、"キミ"は炎に包まれていた。


 肉が焼ける匂い。きっと、ひしゃげたバスの燃料が引火してしまったのだろう。辺りには乗客と思しき人たちの、一部だったものがあちこちに散乱していた。


 そんな中で、私だけが。

 私だけが息をしていた。



 彼は、優しいから。

 私だけを【ARC】の力で、守ってくれたのだ――。



 ***



「――っ!」

 私は頭蓋骨を締め上げられるかのような痛みに、思わず目を瞑ってしまう。


 それが私の目を、ほんの少しだけ覚まさせてくれた。


 ここで怯えているのは、それが一番楽なのだろう。あまつさえ、この場を離れて逃げ出してしまうことすら容易にできる。


 それをしていないのは、目の前で戦う友人を置いていけないからだ。


 薄弱な私は、独善的になることすらできない。自分のためにと、割り切ることもできない。


 けれど。


「――くっ!」

 サクラは、再び放たれた炎を避けきれずに盾で受ける。綺麗だった長い髪の端が、焦げているのが見えた。


 と、それを捌き切る前に、男は素早く動いた。防御のために盾を上げたサクラの胴。そこに、鋭い蹴りが突き刺さる。


 衝撃をいなそうとしたようだが、それすらも十全とはいかず、細い彼女の身体は大きくバランスを崩し、その場に屈み込んでしまった。


 マズい。


 サクラは顔を上げ、男を睨みつける。が、それだけだ。すぐには立ち上がれない。男は下卑た笑みを浮かべながら、炎が燻る手のひらを、彼女に向けようとしていた。


 また。

 また、私の目の前で、親しい誰かが焼け焦げてゆく――。



「――させない!」



 それだけは、御免だった。


 私は両手を突き出す。そして、イメージ。ほんの一瞬、サクラが立ち上がるための隙が作れればいい。


 "想像開始"。ならば、凝ったデザインはいらない。シンプルな四角柱を、一直線に伸ばす。距離はここから10メートルほどだろうか。柱の底面も、1メートル四方ほどでいいだろう。


 「――"工程完了"」

 ここまで来れば、もう不安はなかった。 フル回転する脳髄が、あっという間にイメージを作り上げた。あとはこれを、出力するだけ。


 私は頭の中に生まれた像が揺らがぬうちに、ただ、その引き金を引いた。



「"創造開始"……っ!」



 途端、私の隠れていた柱から、枝分かれするようにして、何かが伸びていった。


 それは、巨大な角柱。私のイメージしたものと寸分違わぬそれは、見る間に男へと接近してゆく。


「……なっ!」

 男が気が付くのは、一瞬だけ遅かった。避けることも、サクラにトドメを刺すことも、どちらも間に合いそうにない。


 両手を交差させて、どうにか頭部に飛来したそれを受け止める。手応えは、ない。


 けれど、それだけで十分だった。


「――好機っ!」

 バネ細工のように、サクラが立ち上がる。その手には再び、カタナが握られていた。


 相手が体制を立て直すよりも早く、サクラは武器を振りかぶる。そして、横薙ぎの一閃。



 その一撃は、男の鳩尾に深く突き刺さり――それが、決め手となった。



 倒れ込むテロリスト。そして、その傍らに、サクラもカタナを杖のようにしながら、へたり込んでしまった。



「サクラ! 大丈夫!?」

 私は思わず駆け寄る。近付いて見てみれば、彼女の体には痛々しい傷がいくつも奔っていた。


「うん、少し休めば平気だよ……。それより、あいつを……」



 私は、彼女の指示に従って、テロの主犯格に手枷と足枷を嵌めた。かなりの強度のものを創造したので、そう簡単には抜けられないだろう。少なくとも、風紀委員が駆け付けるまでは動けないはずだ。


「……一旦、ここを出よう。まだ連中の仲間、いるかもしれないし」


 サクラは静かに頷いた。一難去ったとはいえ、まだ安心とはほど遠い。彼女に肩を貸して、出口に向かうことにした。


 ちらりと、彼女の方に視線をやる。白い肌にいくつも浮かぶ擦過傷、打撲痕。酷いものだ。どこか、安全な所まで連れて行かなければ。


 そして、エントランスを抜けようとした時に――不意に、サクラが声を上げた。


「……嘘でしょ、あれ」

 彼女の声は、ひどく震えていた。怯えている、と表現して差し支えないだろう。


 私も、彼女の視線を追ってみる。すると、それは休憩用のベンチの上に置かれているようだった。縦横30センチほどの、小さくて黒い箱のような物体。


 変わったところがあるとするのなら――その物体を中心に、黒いシミのようなものが、ベンチの上に広がっていることだろうか。


「なに、あれがどうかしたの?」


 私は不用心にも、近付こうとした。あのテロリストの持ち物なのかもしれないが、それなら一緒に【ARC】で無力化してしまおうと思ったのだ。


 そんな私の腕を、サクラが強く掴んだ。


「だめ、シオン。それに近付かないで」


 彼女の声には、鬼気迫るものがあった。必死、という言葉がよく似合う形相だ。



「どうしたの、サクラ。あれが一体――」


「あれはね、"侵食火薬"っていうの。触れたものをじわじわと蝕んで、それ自体も火薬に変えてしまう。ヒトも、モノも、区別無く……」


「なに……、それ……!」



 そんな危なっかしいもの、どうしてここに置いてあるのだろうか。


 見れば、"火薬"は既にベンチを全て覆い尽くしてしまっていた。そして、その魔の手は床に伸びつつある。



「このまま放っておけば、これは建物ごと爆弾に変えてしまうかも……」


「えっ……!? そんな……」



 私は背後を振り返った。気絶したテロリストたち、まだ拘束が解けていない人質たち。多くの人が、館内に取り残されている。


 それに、この建物全てが爆弾になったりしたら――中央地区そのものが、危険に晒されてしまう。


「……ま、かせて。私が、なんとかするから……」


 ふらふらと、頼りない足取りでサクラが歩み出る。しかし、傷だらけの彼女は二・三歩ほど歩いたところで、倒れ込んでしまった。


「サクラ!」

 抱き上げようとするが、脱力した人間は存外に重くて、私の細腕では上手く担ぎ上げられなかった。


 どうやら、気を失ってしまったようだ。私には彼女を運び出すことなどできない。


 私がどうにかしなければ、彼女はこのまま――。



『くれぐれも人前で大きな力は使うなよ。まだ不安定だし、人目に触れると――君にとっても、不都合なことが多いだろう』



「――ッ!」

 踏み出した足が、止まってしまう。胸に去来するフウリンの言葉。


 私の力は、まだ不安定。もしかすると、もっと酷い結果を招いてしまうかもしれない。


 ……けれど。


「……やだよ、もう。何もできずに、目の前で亡くすのは……!」


 両足に絡みつく、躊躇の鎖を引き千切る。

 やらなければ。私は決意を固めて――"火薬"を睨みつけた。


 

 



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