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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase1 「君のいない日々」
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Episode 5.「セントラル・モール」

 【スクールヤード】は五つの地区に分けられる。


 学生寮の建ち並ぶ東地区。私たちの通う高校や研究施設が集まった西地区。アミューズメント施設が固まった南地区。コロニー内のエネルギーや食糧を賄うためのプラントが密集した北地区。


 そして、学生省の省庁を初めとする、コロニーにおける主要施設が集められた中央地区、だ。


 他の地区と比べても町並みからして派手だし、何より遊ぶところも食べるところもたくさんある。学生は皆、休暇の度にここか南区に遊びに行くのだ。



 ポーターから降りると、そこはサクラとの待ち合わせ場所の正面だった。



 中央地区、学生省前広場。その中心にある噴水の前に、彼女はいた。


「おーい、シオン! こっちこっち!」


 ぴょんぴょんと跳び跳ねながら手を振る彼女は、休日だというのに制服だった。かくいう私もそうなのだが。校則で、中央地区に外出する際は制服の着用が義務づけられているのだ。



「ごめんごめん、待った?」


「ううん、今来たとこ。って、言えばいい?」


「あはは、文句はポーターかフウリンに言ってよ、どっちものんびりしすぎなんだからさ」



 言わないよ、と彼女は笑った。本当に楽しそうに笑う子だ。もちろん、今日は私も楽しみではあるのだが。


 ここからショッピングモールまでは、徒歩で十分というところだろうか。自然と浮き立ってしまう足は、その道程をどんどんと縮めようとしてくる。


 慌てず、急がず。私はひとつ、深呼吸を挟んだ。


「ねえねえ、シオン。そういえば、この間の試験の結果、どうだったの?」


 追い越すようにして、顔を覗き込みながら、サクラが問いかけてくる。

 私はそんな彼女に、げっ、と大袈裟に舌を出しつつ答えた。


「えぇ……それ聞くの? こないだ、みんなの前で怒られたばっかなんだけど」


 脳裏に、先日の小テストに関する、苦い記憶が過ぎる。

 そんな私の様子を察したのか、サクラは眉をハの字にした。


「違う、違うよ。そうじゃなくて、ほら、【ARC】の試験」


 あー、と適当に濁す言葉を口にしながら、私は彼女から目を逸らした。


 その話題は、少しだけ都合が悪い。フウリンから釘も刺されているし、適当に誤魔化すことにした。



「別に、なんてことないよ。私は万年二級。サクラは?」


「私は今年も一級だったわ。今年もまた、私の勝ちね」



 無邪気に笑う彼女に愛想笑いを返しながら、私は抑えていた歩調を、少しだけ早めることにした。


 【ARC】。

 私たちには、特別な力がある。


 それは、この時代に生まれた人間であれば、強弱はあれど先天的に誰でも持っている力だ。


 それは、終末の世界で私たちが、これだけ文明的な生活をできている最大の――。


「――うわっ!?」

 私は思わずそこで、素っ頓狂な声を上げてしまった。


 唐突に、一陣の風が吹いた。どうやら、辺りの背の高い商業施設のせいで、ビル風のようなものが発生したらしい。


 反射的に目を閉じる刹那、前髪の辺りを強く引っ張られる感覚とともに、何かが外れていくような違和感があった。



「ちょっと、シオン、大丈夫? すごい風だったね」


「うん、平気……。でも、ヘアピンが飛ばされちゃったかも」


 風の吹きゆく背後を振り返ってはみるが、もう既に、背景に紛れてしまい、見つかりそうもない。


 突風に乱された前髪は無秩序に荒れてしまっており、手櫛で整えた程度では、どうにもならなさそうだ。



「そう、なら、私が"創造"しようか?」


「ううん、大丈夫、自分でやるよ」



 そう言って、私は目を瞑る。

 頭の中に、ぼんやりとした形を思い浮かべる。それはやがて、薄っすらと輪郭線をハッキリとさせてゆく。


 イメージが固まりきったら、次の段階。それを頭の中から、現実に持ってくるのだ。手のひらの上に意識を向けて、息を吸って吐いて、一心拍。


 そして、ゆっくりと瞼を開くと、そこには可愛らしくデザインされた、白く小さなヘアピンがちょこんと乗っていた。



 ――よし。成功だ。



 【ARC】能力。

 この世界に生きる私たちに与えられたそれは、「自分の想像したものを、創造することができる」力だ。


 空気中に存在する"造源"と呼ばれる物体に、脳波によって干渉して……とか何とか習ったが、詳しい原理までは知らない。


 とはいえ、何でも創れるというわけではない。あくまで「創る過程を想像できるもの」に限られるし、機械や液体なんかの複雑なものは、あまりにも難しくて創造することができない。


 また、想像力が足りないと失敗するし、逆にイメージが明確だと簡単に創造できる。要するに、センスの問題なのだ。



「へえ、シオン、上手くなったね! 昔はこういうの創るの、すごく苦手だったのに」


「そんなことないよ、普通だって」



 横から聞こえた、サクラの感嘆の声がなんだか照れ臭くて、私はそそくさとヘアピンを着け、そのまま歩き出した。


「あ、待ってよシオン、置いてかないでってばー!」


 後ろから聞こえるサクラの声を聞き流しながら、私はふと、空を見上げた。


 雲ひとつない青空に、太陽だけがぽつりと浮かんでいる。人工太陽。今日の天気は、雲一つない青空に設定されているようだ。


「なんだか、すっかり夏って感じだよね」


 歩きながら、サクラがぽつりと呟く。



「何言ってるの、もうひと月も前から、季節は夏に切り替わってるじゃん」


「ううん、そうじゃなくて、なんかこう、雰囲気っていうかさ。夏にしかない独特の気配があるじゃない?」



 言われて、私は辺りを見回す。けれど、彼女の言葉の真意はわからないままだ。


 周りの飲食店の看板が、アイスやジェラートの新メニューを大々的に掲げているからか、少しばかり涼しげな色合いになってはいたが、それくらいだろうか。



「……でも、冷たいものは昨日食べたしなぁ」


「もう、シオンったら食べることばっかり。そうじゃなくて、この陽射しの中を友達と遊びに行くっていうのが、なんだか特別感があって好きなの!」



 彼女の言うことは、時々わからなかった。もしかすると、コロニー:【キョウト】生まれの彼女は情緒を重んじる性格なのかもしれない。


「サクラは、夏が好きなんだね」


 思わず、そんな言葉が口を衝いた。止めることはできなかった。言ってから「しまった」と思っても、もう拾い上げることはできない。


「うん、好きだよ。シオンは?」


 屈託なく返す彼女に。

 私は、ほんの少しだけ迷ってから。


「……そうだね、私も、好きかな」


 大嫌い、を飲み込むことにした。

 だって、夏は何もかもを奪っていく季節だから。



 ――"キミ"を奪っていった、季節だから。



 そんなことを考えつつも歩を進めれば、やがて、目的地が見えてくる。



「――ねえ、サクラ」


「ん、なに?」


「ここ、こんなに大きかったっけ?」



 目の前に広がる巨大な建造物を前にして、私は思わずそう呟いた。


 中央地区の一角に位置するこの建物こそが、コロニー内で最大級を誇るショッピング施設、【セントラル・モール】だ。


 学生省の省庁が軒を連ねる中央地区の中でも、ここだけは別格だ。その敷地面積の広さもさることながら、様々な店舗が入り乱れている。洋服店、アクセサリーショップ、雑貨屋さんなど、ありとあらゆる店が所狭しと並んでおり、しかもそのどれもが繁盛しているように見える。


 もちろん、今日が休日だから、学生たちがこぞって集まっている。という事情もあるだろうけれど。



「うん、ずっと建設中だった西側の棟が、この間完成したんだ。それで、いくつも新しいお店が入ったの」


「へぇ、そうだったんだ。ここに来るの、久しぶりだからさ」



 確かに、よく見てみれば西側のエリアは随分と壁が新しいように見える。


 しばらく見ないうちに、景色は変わってゆくということだろうか。私が最後にこの辺りに来たのは――2年前のことだ。


「さ、シオン、早く行こ。私もお腹減ったし、まずはフードコートから回ろうよ!」


 一瞬曇った私の顔を察してかどうかはわからないが、彼女は私の手を取った。

 そしてそのままぐいぐいと引っ張っていく。



「ちょ、ちょっと待ってよ、サクラ! そんなに急がなくたっていいでしょ!?」


「だめ。ほら、早く行くよ!」


「もう……。いい? 私、めちゃくちゃ楽しむからね!」


「あはは、そのくらいなら付き合うよ!」



 そう返しながら、にこやかに笑う彼女の顔を見ていると、なんだか、私の気分も上向きになってきた。


 せっかく来たのだ。楽しまなければ損というものだろう。日頃退屈な授業を耐え忍んでいるんだから、こういうときくらい羽目を外したい。


 そんな気持ちを抱えつつ、私は彼女と共に、セントラル・モールの中へと足を踏み入れたのだった。


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