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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase5 「さよならの日に」
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Episode 58.「送り出されて」

 途端、真っ赤なライトと警報灯が、廊下を照らし出す。チカチカと視界を行き来する赤と黄色の群れが、私の心臓を大きく跳ねさせた。


「……っ、警備システムか。まあ、動かないほうがおかしいよね……!」


 苦々しげに、ソーヤが吐き捨てる。センサーのようなものがあったのか、モニタールー厶か何かからの遠隔起動か。どうあれ、ここまでと同じように、安穏な道のりでは無さそうだ。


 すぐに、どこか遠くから足音が駆けてくるのがわかった。曲がり角の向こうから、一人や二人ではない。少なくとも1ダースほどの靴音が、こちらに向かってきている。


 いや――1ダースでは済まない。あらゆる方向から、まるで、私たちがいる場所を完全に把握しているかのように。


「……これ、マズくない? いくらなんでも、このままじゃ――」


 外から見た限りでは、警備は手薄に見えたものの、二人で相手するには、少しばかりしんどい人数のように思える。


「そうだね、囲まれでもしたら、僕たちは一巻の終わりだ」


 冷静に言うソーヤだったが、窮していることに変わりはない。


 ソーヤは、ある程度戦えるやつだ。たぶん、風紀委員が相手でも、それなりの立ち回りができると思う。


 しかし、私は違う。"創造"を除けば、何の力も持たない女子高生だ。逃げたり、隠れたり、そうしなければ、あっという間に制圧されるだろう。


 そして、都合の悪いことに、この廊下には隠れられる場所などありそうにない。逃げ切ろうにも、廊下の突き当たりはまだ遠い。彼一人ならともかく、私は追いつかれてしまうだろう。


 逃げることも、戦うことも難しい。なら、残された道は、そう多くない。


「……私が大規模創造を使う。そりゃ、力は温存したほうがいいけど、ここで捕まったら元も子もないし……」


 もう、それしかない。


 追手を根こそぎにするような、巨大な柱か壁か――あらゆる破壊を厭わずに、纏めて吹き飛ばすような大量破壊兵器じみた"創造"。それを行うのなら、私が適任だ。


 そう、覚悟を決めた私の肩を掴んで、ソーヤがゆるゆると首を振る。



「いや、止めておいたほうがいいかな。ここは、それなりに演算炉の炉心に近い。こんな所で大暴れすれば、何が起こるかわかったものじゃない」


「……そんなの、私が封じ込める手はずだったじゃん」


「大規模創造で茹だった頭じゃ、流石に厳しいんじゃないかな。少なくとも、僕はそのリスクを飲めないよ」



 なら、どうすればいいのだろうか?

 目的地は、もう、目と鼻の先だというのに。


 流石にここから助けが来ることはないだろう。さっきの倉庫での出来事だって、本当ならあり得ないような、奇跡めいたものだ。


 奇跡は、何度も続かない。私たちは、目の前に現れた理不尽を、自分たちの力で乗り越えていかなければならない。


 いつだって、世界はそうだ。

 簡単な消去法と、残酷な結論で回っている。


「――シオン、君は、先に行って」


 ソーヤの足が止まる。


 なんの躊躇もなく、そうするのが当然だとでも言いたげに、彼はそこで、駆けるのを止めた。



「この廊下をまっすぐ進んでいけば、炉心にアクセスできる部屋に繋がっているはずだ。もう、ここからは一人でも大丈夫」


「……ソーヤは、どうするの?」


「そうだね、僕は少しでも長く、踏ん張ってみる。君の下に追手が行かないように、食い止めてみせるさ」



 本音を言えば、止めたかった。


 最期の一瞬まで一緒にいて、私が成し遂げる様を見届けてほしい。その気持ちが全く、無いわけじゃない。


 一方で、理解していた。

 私たちのお話は、ここでおしまい。


 ロスタイムすらも終わって、私は、嘘みたいに綺麗な夢から、覚めるべきなんだって――。



「――そう、じゃあ、ここでお別れだね」



 私は、努めて事もなげに言う。できるだけ、なんてことないように。当たり前のように、傷ついてなどいないと、これ以上、彼に心配をかけないように。


 その気持ちが、伝わったのかはわからない。


 けれど、ソーヤはそんな私を、軽く手を振って見送った。まるで、放課後の分かれ道、当然の再会を前提にして、別の道を選ぶかのような気安さで。


 そして、その意味を誰よりも強く理解した声色で――最後の一言を紡ぐ。



「……うん、じゃあね、シオン。どうか、君は――」


 

 文末は、聞き取ることができなかった。


 押し寄せる足音、警報、耳障りな環境音の数々が、私の鼓膜を打ち据え、甘く痺れさせる。


 それは、焦燥を煽った。駆け出さなければ、私が捕まってしまったら、全てが無駄になる。


 もたつく足を、無理矢理に動かして走り出す。もう、振り返ることはしなかった。背後から聞こえた轟音、白い"造源"がひらひらと、宙を舞い、その後には、鉄の扉を乱暴に叩くような音が聞こえた。


 何が起こっているのか、確認したかった。その気持ちを何度も振り切って、私は走る、走る、走る。みんなに繋いでもらったものを、無駄にしないように。


「ふっ……はっ、はっ……!」


 肺は酸素を丸ごと吐き出して、萎むようにキリキリと痛んだ。苦しさが喉をせり上がってきて、咳き込みそうになるのを、必死で飲み込む。


 感覚の遠い足は、何度か蹴躓いたかもしれない。それでも、無理矢理に体勢を立て直して――。


「――っ、ここ、だ!」


 ついに、伸ばした指先が、金属製の扉に触れた。


 私は、その扉を迷うことなく引き開けて、そのまま倒れるようにして、中に飛び込んだ。

 



 

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