Episode 58.「送り出されて」
途端、真っ赤なライトと警報灯が、廊下を照らし出す。チカチカと視界を行き来する赤と黄色の群れが、私の心臓を大きく跳ねさせた。
「……っ、警備システムか。まあ、動かないほうがおかしいよね……!」
苦々しげに、ソーヤが吐き捨てる。センサーのようなものがあったのか、モニタールー厶か何かからの遠隔起動か。どうあれ、ここまでと同じように、安穏な道のりでは無さそうだ。
すぐに、どこか遠くから足音が駆けてくるのがわかった。曲がり角の向こうから、一人や二人ではない。少なくとも1ダースほどの靴音が、こちらに向かってきている。
いや――1ダースでは済まない。あらゆる方向から、まるで、私たちがいる場所を完全に把握しているかのように。
「……これ、マズくない? いくらなんでも、このままじゃ――」
外から見た限りでは、警備は手薄に見えたものの、二人で相手するには、少しばかりしんどい人数のように思える。
「そうだね、囲まれでもしたら、僕たちは一巻の終わりだ」
冷静に言うソーヤだったが、窮していることに変わりはない。
ソーヤは、ある程度戦えるやつだ。たぶん、風紀委員が相手でも、それなりの立ち回りができると思う。
しかし、私は違う。"創造"を除けば、何の力も持たない女子高生だ。逃げたり、隠れたり、そうしなければ、あっという間に制圧されるだろう。
そして、都合の悪いことに、この廊下には隠れられる場所などありそうにない。逃げ切ろうにも、廊下の突き当たりはまだ遠い。彼一人ならともかく、私は追いつかれてしまうだろう。
逃げることも、戦うことも難しい。なら、残された道は、そう多くない。
「……私が大規模創造を使う。そりゃ、力は温存したほうがいいけど、ここで捕まったら元も子もないし……」
もう、それしかない。
追手を根こそぎにするような、巨大な柱か壁か――あらゆる破壊を厭わずに、纏めて吹き飛ばすような大量破壊兵器じみた"創造"。それを行うのなら、私が適任だ。
そう、覚悟を決めた私の肩を掴んで、ソーヤがゆるゆると首を振る。
「いや、止めておいたほうがいいかな。ここは、それなりに演算炉の炉心に近い。こんな所で大暴れすれば、何が起こるかわかったものじゃない」
「……そんなの、私が封じ込める手はずだったじゃん」
「大規模創造で茹だった頭じゃ、流石に厳しいんじゃないかな。少なくとも、僕はそのリスクを飲めないよ」
なら、どうすればいいのだろうか?
目的地は、もう、目と鼻の先だというのに。
流石にここから助けが来ることはないだろう。さっきの倉庫での出来事だって、本当ならあり得ないような、奇跡めいたものだ。
奇跡は、何度も続かない。私たちは、目の前に現れた理不尽を、自分たちの力で乗り越えていかなければならない。
いつだって、世界はそうだ。
簡単な消去法と、残酷な結論で回っている。
「――シオン、君は、先に行って」
ソーヤの足が止まる。
なんの躊躇もなく、そうするのが当然だとでも言いたげに、彼はそこで、駆けるのを止めた。
「この廊下をまっすぐ進んでいけば、炉心にアクセスできる部屋に繋がっているはずだ。もう、ここからは一人でも大丈夫」
「……ソーヤは、どうするの?」
「そうだね、僕は少しでも長く、踏ん張ってみる。君の下に追手が行かないように、食い止めてみせるさ」
本音を言えば、止めたかった。
最期の一瞬まで一緒にいて、私が成し遂げる様を見届けてほしい。その気持ちが全く、無いわけじゃない。
一方で、理解していた。
私たちのお話は、ここでおしまい。
ロスタイムすらも終わって、私は、嘘みたいに綺麗な夢から、覚めるべきなんだって――。
「――そう、じゃあ、ここでお別れだね」
私は、努めて事もなげに言う。できるだけ、なんてことないように。当たり前のように、傷ついてなどいないと、これ以上、彼に心配をかけないように。
その気持ちが、伝わったのかはわからない。
けれど、ソーヤはそんな私を、軽く手を振って見送った。まるで、放課後の分かれ道、当然の再会を前提にして、別の道を選ぶかのような気安さで。
そして、その意味を誰よりも強く理解した声色で――最後の一言を紡ぐ。
「……うん、じゃあね、シオン。どうか、君は――」
文末は、聞き取ることができなかった。
押し寄せる足音、警報、耳障りな環境音の数々が、私の鼓膜を打ち据え、甘く痺れさせる。
それは、焦燥を煽った。駆け出さなければ、私が捕まってしまったら、全てが無駄になる。
もたつく足を、無理矢理に動かして走り出す。もう、振り返ることはしなかった。背後から聞こえた轟音、白い"造源"がひらひらと、宙を舞い、その後には、鉄の扉を乱暴に叩くような音が聞こえた。
何が起こっているのか、確認したかった。その気持ちを何度も振り切って、私は走る、走る、走る。みんなに繋いでもらったものを、無駄にしないように。
「ふっ……はっ、はっ……!」
肺は酸素を丸ごと吐き出して、萎むようにキリキリと痛んだ。苦しさが喉をせり上がってきて、咳き込みそうになるのを、必死で飲み込む。
感覚の遠い足は、何度か蹴躓いたかもしれない。それでも、無理矢理に体勢を立て直して――。
「――っ、ここ、だ!」
ついに、伸ばした指先が、金属製の扉に触れた。
私は、その扉を迷うことなく引き開けて、そのまま倒れるようにして、中に飛び込んだ。




