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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase3 「私の指が触れてしまう」
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Episode 31.「勃発」

 自分の選択を一瞬で後悔してしまうほどに、コースターの待機列は過酷だった。


 私たちが抜けてから、列の長さは三割増くらいになっていた。それだけではなく、気温がピークに向けてジリジリと上がっていく。


 空から降り注ぐ人工の陽光が、容赦なく私の頭頂を焼いた。耐えきれずにソーヤとお揃いの帽子を"創造"してみるも、焼け石に水だ。


「……あひゅい」


 並び始めて、はや一時間半。私は汗のせいでべちゃべちゃになった額を拭いつつ、そう絞り出す。


 傍らでは、ソーヤが小さなうちわのようなものを"創造"し、私を扇いでくれていたが――こちらも、生温い空気を送り込む程度の効果しかなかった。



「シオン、大丈夫かい? 今日の暑さは、随分と堪えるね」


「……本当だよう。まったく、なんで天気も気温も自在に変えられるのに、わざわざこんな馬鹿みたいに暑くする必要があるのさ……!」



 もっとこう、通年過ごしやすい気温にしてくれればいいのだ。


 というか、そうあるべきではないだろうか。わざわざ季節が"夏"だからといって、こんなに暑くするなんて、どう考えても無駄だ。



「あはは……確か、僕たち人類が季節を忘れないように、わざとやっているって聞いたことがあるよ。それに、気温がずっと一緒だったら、夏物の洋服だって着る機会がなくなっちゃうし」


「……ソーヤはなんで余裕そうなんだよう、よく見たら、ほとんど汗もかいてないし」



 これは、ソーヤが"レプリカント"の疑いがあるから――というわけではない。こいつは昔から、ずっとこうだった。夏も冬も、暑さも寒さも、平気な顔をしているのだ。


 一方で、私は暑さにも寒さにも弱い。夏は茹だるし、冬は凍える。メイクを頑張っても一瞬でドロドロ。世界は致命的に不平等だ。



「それじゃ、少し抜けて飲み物でも……って訳にはいかないか。やっぱり、僕もそのデバイスが無いと不便だね」


「デバイス……ああ、【Helper】ね。大丈夫だよ、市民IDの交付さえできれば、支給してもらえるはずだし」



 そう、忘れそうになるが、今日私がここに来た第一目的は、それなのだ。


 この遊園地のどこかに、【全身鎧】が現れる。警戒を怠ってはいけない。緩んだ気を引き締めつつ、私は辺りに視線を巡らせて――。


「――あれ?」


 ふと、視界の端を掠めた、見覚えのある顔に、素っ頓狂な声を出してしまった。



「ん、どうかした?」


「いや、別に大したことじゃないんだけど……ほら、あっちの人混みに……」



 そこにいたのは、リンドウ先生だった。


 彼は誰かと連れ合うこともなく、一人で園内を歩いていた。何がそんなに気に入らないのか、いつもの仏頂面も標準装備。こちらに顔を向けようとした途端、半ば反射のように、私は目を逸らそうとしてしまう。



「あの人? もしかして、知り合いなの?」


「うん、まあ。学校の先生……っていうか、担任」


「そうなんだ。でも、先生って言っても、この町にいるってことは学生だろうし……休日は遊びに来ててもおかしくないんじゃない?」


「……リンドウ先生が、遊園地に?」



 しかも、一人で?

 全く想像ができない。


 かといって、友人や恋人がいる姿も同様だ。全くもって、普段の彼からすればイメージできない。


 とはいえ、追いかけるわけにもいかないし、追いついたところで、問い詰めるのもおかしな話だ。いくら無愛想な先生でも、遊園地を楽しむ資格くらいはある。


 ――と、そこで、列が大きく動く気配がした。


「――ん、シオン、動くみたいだよ」


 ソーヤの声に曖昧に頷いて、私は人並みに流されるようにして前に進む。そこから列の終着までは、そう時間がかからなかった。


 アトラクションの入口に立つレプリカントの青年に誘導され、私たちはゴンドラの乗り場まで向かうことになる。


 停車したコースターは、どこか、教科書で見た旧時代の戦闘機を思わせるような、細身で洗練されたデザインだった。


 客席は一列に二人ずつ、それが横に十ほど連なっており、安全バーが上がったまま、私たちを待ち受けていた。 


「……うぅ」


 やはり目の前にすると、恐怖が勝る。


 人間は、あんな速度で上下していいのだろうか? このバーは外れないだろうか。コースターは、レールを飛び越えてしまわないだろうか?


 杞憂だとわかっていても、頭を過ってしまう。竦む足をどうにか前に進めて、搭乗の用意を進める。


 私とソーヤは幸か不幸か、最前列の席だった。彼は嬉しそうにはしゃいでいたものの、私は気が気ではない。


「先頭のお客様、折角なので一番前のお席にどうぞ!」


 と、元気よく言ってきたレプリカントのスタッフに、思わず手が出そうになってしまった。何が"折角"なのだ。こちとら、心が折れる寸前だというのに。


「いやあ、楽しみだね、シオン!」


 コースターに乗り込んで、バーが降りる刹那、興奮を隠しきれぬ様子で、ソーヤが口にする。


 せめてもの救いは、彼が喜んでいることくらいだろうか。曖昧な返事をして、私は目と口を固く瞑った。


 我慢、ほんの数分の我慢だ。これでソーヤが悔いなく今日を楽しめるなら、いいじゃないか。そう言い聞かせ続ける。


「それでは、発車となりまーす! 皆様、いってらっしゃーい!」


 スタッフの小気味良い声が響き、腰の下でモーターか何かが動くような振動音。


「う、うわ……っ!」


 それはやがて、風を切り、加速していく。薄く開けた瞼から見える景色は流れてゆき、頬を冷たさが打つ。


 先ほどまで散々求めていたはずの涼が、僅かに髪の間を吹き抜けていったのも束の間。私の感覚は、すぐに置き去りにされた。


「ぎ、ぎゃーーーーーっ!」


 自分のものとは思えない悲鳴が、喉の奥から放たれる。慣性が私の体を右に左に揺さぶって、場景が目まぐるしく移り変わっていく。


「あはははははははは! すごいねー!」


 かろうじて、両耳が捉えたのは、能天気なソーヤの笑い声。どうやら、意識を保つので精一杯な私と違って、彼はこの状況を楽しめているらしい。


 実に羨ましい限りだが、今は皮肉の一つも出てこない。ただ、安全バーにしがみついて、慣性と浮遊感の暴力が終わるのを待つばかりだ――。



 ――そう、考えていた私の視界を、何かが掠める。



「――え」


 思わず、悲鳴が止む。凄まじい速度で流れていく景色の中、私が目にしたのは、明らかに異様な存在。



 ――向かいのアトラクションの上に佇む、純白の甲冑。



 この、遊園地の景色とはどうあっても馴染まない異物。かき混ぜられた私の頭が、誤認識でもしてしまったのかと、一瞬逃避しようとした――。


 ――次の瞬間、私の両耳を、爆発音が叩いた。


 同時に、振動。未だに定まらぬ眼球を、どうにか動かして、私はその音の正体を探る。


 聞こえてきたのは、私たちの走る道の上。恐らく、数秒後に通過するであろう、大きなループ状のレールの手前。


 ――その部分のレールが、まるでひしゃげるようにして、大きく破損していた。


「……っ、レールが!」


 ソーヤも、異常事態に気が付いたようだった。声からは先ほどの楽しさは抜け落ちており、緊張感のある声色で、横合いから聞こえてくる。


 それを皮切りに、再びコースターの中には乗客たちの悲鳴が響き渡った。しかし、今回はアトラクションのスリルによるものではないだろう。


 このままでは、私たちは猛スピードのまま、あの壊れたレールに突っ込むことになる。そうなれば、一体どんなことになるのか、想像もつかない。


 しかし、想像がつかなくても――経験したことならば、思い出すことはできる。


「――っ!」


 私の脳裏に、いつかの記憶が過ぎる。

 壁にぶつかった衝撃で潰れたバス。引火した燃料のせいで起きた火災と、人の肉が焼ける臭い。


 ここで私が何もしなければ、あの時と同じ、凄惨な事故がまた、起きることになる。また、私はソーヤを、目の前で――。



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