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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase2 「協奏の余韻」
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Episode 18.「追及」

 私の通う学校、庭立第四高校は二つの棟に分かれている。


 一つは、私たちが授業を受ける教室棟。そして、もう一つは職員室や保健室、他にも管理者との面談を行ったりする際に使う会議室なんかがある、職員棟だ。


 私はそこに向かうための渡り廊下を歩きながら、胸が重くなるのを感じていた。


 職員棟に私たちが用事もなく立ち入ることはない。よって、向かわなければいけない事情がある時は大体、面倒ごとがある時なのだ。


 けれど、行かなければ終わらない。お説教は、往々にして後回しにするほど大変なことになるのだ。


 今日は、お昼ごはんも抜きになるかもしれないな……と、覚悟を決めた私は、その扉の前に立つ。


 

 第三会議室――いつも、リンドウ先生は生徒をここに呼び出すのだ。



 生唾を飲み込んで、控えめにノックを三つ。ややあって、返事が返ってきた。


 こうなってしまったら、もう逃げられない。私は一息に、扉を開いた。


「し、失礼しまーす……」


 まずは、中の様子を伺う。会議室には、輪を描くように並べられた机たち以外には、何も用意されていない。先生たちが会議をするときは議題を掲示するボードを用意するようだが、いつも持ち回りで創造しているそうだ。


 けれど、大切なのはそこではない。私は正面に掛ける、リンドウ先生に目をやった。


「よし、来たな、ヴィオレット。お前とは一度、ゆっくりと話をしなければならないと思っていたんだ」


 先生の表情は――少なくとも、怒っているようには見えなかった。むしろ、落ち着いているようにすら見える。


 それがなんだか――余計に恐ろしい。



「せ、先生。話って、一体……」


「まあ、立ち話もなんだろう。まずは掛けなさい」



 静かに促された私は、それに従うしかなかった。彼が何を考えているのか、その表情からはまるっきり読み取れなかった。


 私が腰を下ろして、間に沈黙が流れる。先生も、切り出し方を考えているようだった。


 そして、彼は口を開く。私が着座してから、十秒ほどが経過してからのことだった。


「ヴィオレット、お前は一昨日のあの事件、現場にいたんだったな」


 突然始まった意外な話に、私は思わず眉を上げてしまった。


 さっきの居眠りしかけてたことの、お説教ではないのだろうか? 意図が読めず、とりあえず「は、はい……」と頷くことしかできなかった。



「……そうか、そして、本当に、お前もサクラも、よく無事で帰ってきたものだ」


「いや、前にも言いましたけど、無事ってわけじゃないんですって。特に、サクラはボロボロでしたし、私もあと一歩間違えば、危なかったです」



 そう、あの時に、ソーヤが助けに来てくれなければ。

 私たちはきっとやられてしまっていたのだ――あの、【全身鎧】に。



「とはいえ、一昨日も言っていたが、【全身鎧】と遭遇して大事なかったのは、幸運というほかあるまい」


「……【全身鎧】。先生は、あいつについて何か知っているんですか?」



 それは、ふと湧いて出た疑問だった。

 レジスタンスの元締め、サクラはそう言っていた。全身を装甲で固めた、現実離れした姿。


 前にその話をしたとき、先生も、何かを知っている様子だった。一体、あいつは何者なのだろうか。


 先生は少しだけ、私と目を合わせたまま黙り込んだ。まるで、何かを見透かそうとしているのか、あるいは、どこまで話すべきかと思考しているのか。


 それから、たっぷりと数秒を置いて。


「……お前らは、気にしなくてもいいことだよ」


 と、誤魔化すことにしたようだった。


 大人はいつでもそうだ。私たちに、肝心なことは話してくれない。子供扱いには慣れているが、不服なことには変わりなかった。


 むくれる私に、先生はさらに言葉を投げてくる。


「僕が話したいのは、そんなことじゃない。お前、あの現場で他に何か見なかったか?」


 ギクリ、と。背筋が伸びる。



「何か……って、いや、だから【全身鎧】……」


「その他、だ。万年二級のお前と、ボロボロのミッドウェーだけでは、逃げ切ることなどできなかっただろう」



 ずい、と。彼はさらに、詰め寄ってくる。


 どうして、こんなことを聞いてくるのだろうか。まさか、風紀委員伝いにソーヤのことがバレていて、それを聞き出そうとして、私をここに呼び出したのだろうか?


「さあ、正直に話せ。お前はあの時、どうやって――」


 ぐるぐると回る頭の中。


 ソーヤのこと、【全身鎧】、私の【ARC】能力。話せることと話せないことと、先生の圧力と、それでもという気持ちと。何もかもがない混ぜになって、もうなんだか、分からなくなり始めた――。




 ――その時だった。




 勢いよく、扉がノックされる。それと同時に、ハキハキとした声が、扉の向こうから聞こえてきた。


「うい、うい! リンドウ先生、いますかー?」


 女子生徒のものと思われる、その声の主は、間髪入れず、勢いよく扉を開けた。 


 キラキラと光る、二つ結びの金髪。そして、大きな目が特徴的なその顔には、どこかで見覚えがある。


「……カレン、返事をしてから扉を開けてくれるか」


 先生が頭を抱えながら息を吐く。私が言えたものじゃないが、どうやら、この子も問題児らしい。


 それを裏付けるように、カレンと呼ばれた彼女は、わざとらしくポーズを取りながら口を開く。


「うい! 一年、カレン=ノヴァローズ! 今日もニコニコ元気いっぱいに、先生にお届けものをしにきたっす!」


 そう口にした彼女は、先生に『Helper』を向ける。恐らく、何かのデータを送ったのだろう。



「む、何だ……このくらいなら、ネットワークで送ってくれればよかっただろうに」


「そうもいかないっす! 機密データを運ぶなら、やっぱ、アナログな手法に限るっすからね!」



 無邪気そうに言い放った彼女は、次に、その大きなアーモンド型の瞳を、私に向けた。


 完全に無関係だと思ってた私は、思わずビクリと、肩を震わせてしまう。



「そ、れ、に〜、丁度、この人にも用があったんす。風紀委員的な意味で」


「わ、私……? そんな、風紀委員に呼び出されることなんて……」



 思い当たる節は――ある。

 もうめちゃくちゃある。節しか無さすぎて、真っ直ぐなところを探すのが難しいくらいだ。


「それじゃ、先輩は借りてくっすね! リンドウ先生、送ったやつ、ちゃんと確認しといてくださいね〜!」


 カレンは、私の手を引いて、そのまま教室から駆け出した。


 引き留めようとしたのだろう。先生は立ち上がり、手を伸ばしたが――その指先は、虚しく空を切るばかりだった。


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