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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase2 「協奏の余韻」
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Episode 14.「喧騒とジョコーソ」

 昨日に引き続き、休日の街はとても賑わっていた。


 商業の中心地である南地区。踏み入ってすぐ、真正面にそびえ立つのは、多くのアクティビティの複合施設である、"タイムズ・ステーション"。


 その正面モニターに映されたニュース番組では、ネクタイを巻いたブロンドの男性が、何かのインタビューに答えていた。学生省のトップ、デルフィン・コフィン。名実ともに、このコロニーのトップに立つ大人だ。


 レプリカントの人権について云々、と話している彼の言葉は、辺りのざわめきに紛れてロクに聞こえはしない。そうしているうちに、アイキャッチが挟まれて、夏の訪れを告げる脳天気な報道が垂れ流され始めた。


 そのまましばらく聞き流していれば、昨日の事件の内容も流れてきたような気がしたが、学生の國では、良くも悪くも情報の風化は早い。


 そんな喧騒に身を預けながら、私たちは大通りを歩いていた。サクラとソーヤはズンズンと先を行ってしまうため、なんとか歩調を合わせて、それについて行く。


「こうして歩くのも、久しぶりってことになるのかな」


 辺りを嬉々とした様子で見渡しながら、ソーヤは呟いた。


「僕はずっと眠っていたから、あまりそんな気がしないけど。でも、二人からしたら2年ぶりってことになるんだよね」


 何気ない様子の彼の言葉だったが、私は表情を隠すので精一杯だった。


 彼は、死んだはずだったのだ。

 それが急に現れたのだから、私ではなくとも、平静を保つことはできないだろう。


「ふふふ、そうね。シオンったら寂しがっちゃって、大変だったのよ?」


 そこで、くるりと彼女が振り返りながら、私を隠すようにして歩み出た。そして、再び目配せをしてくる。


 合わせろ、ということらしい。



「……そんなことないよ、サクラだって、心配してたし」


「ふふ、でも私は、あなたみたいに毎日泣いたりはしなかったもの」



 そんな私たちのやり取りを見ながら、ソーヤは満足そうに何度か頷いた。そして、少しだけ眉を下げながら、ばつが悪そうに口を開く。


「……本当に、二人には心配をかけちゃったね」


 と、そこで彼は両手を大仰に広げた。おどけたような様子ではあったが、それはわざとらしく、場を曇らせまいとしていることが容易に透けて見えるようだった。



「でも、ほら、この通りピンピンして戻ってきたから、もう大丈夫だよ。サクラもシオンも、本当にごめんね」


「いいのよ。っていうか、ずっと聞きたかったんだけど、何なのその髪の色? あんまり似合わないわよ」



 自然と、私の視線も彼の頭部に向かう。そういえばずっと、気になっていた。私の記憶が正しければ、彼はこんな奇抜な髪色はしていなかったと思う。



「そう、私も聞きたかったんだ。もしかして、イメチェン?」


「違うよ」照れくさそうに、彼は言う。

「僕、結構生きるか死ぬかの境だったみたいでさ。厳しい治療の副作用で、こうなっちゃったんだって」



 私は相槌を打ちながら、少なからず驚いた。髪の色が変わるほど激しい治療とは、どんなものだったのだろうか。


「そうだったのね。本当に、あなたが戻ってきてくれてよかったわ……」


 そうして、サクラは一歩だけ下がると、私とソーヤを視界に収めて、嫋やかに微笑んだ。それはどこか、妹や弟を見るような、慈愛に満ちた視線だった。


 けれど、そこには僅かな鋭さも混ざっている。彼が不審な行動を取れば、きっとサクラは風紀委員として動くつもりなのだろう。


 そんなことにも気がついていないのか、「大袈裟だな」と、ソーヤは少しだけ困ったような、照れたような表情を浮かべた。



「それで、今日は買い物に来たんだろ。最初はどこから回るの? 荷物持ちは、病み上がりだから、勘弁してくれよ」


「ふふ、そうね、それじゃあまずは……」



 サクラの視線が、ソーヤの頭のてっぺんから、つま先までを通過する。


 私もそれに倣ってみるが、改めて見てみるまでもなく、彼の格好は目立つ。一応、私のジャージを羽織らせてはきたものの、その下は入院着なのだ。


 創造で服を造ってあげようかとも思ったが、柔らかい、特に布のような滑らかいものは作るのが難しいのだ。特に、細かいことが苦手な私には、着心地の良いものは造れないだろう。


 だから。


「うん、そうだね。ソーヤ、服を見に行こうよ」


 サクラの言おうとしていたであろうことを、私が代わりに告げることにした。



「服? いいけど、女の子の服なんてわからないよ」


「何言ってるの、あんたの服を見に行くの!」



 そこでようやく、彼は自分の服装に思い至ったらしい。このままでは、本当に街に迷い出てきた入院患者にしか見えない。


「……でも、僕、お金持ってないよ」


 そう言って、彼は自分の手首に目を落とす。


 彼の手には、【Helper】が巻かれていなかった。これが普及し始めたのは、私が高校に入った頃だから……。ちょうど、ソーヤがいなくなってから半年ほどが経ってからなのだ。


 今のコロニーは、ほとんどが【Helper】の決済機能を使ったキャッシュレスになっている。それを持っていない彼は、正真正銘、映えある一文無しなのだ。


「いいの、そんなの。ほら、私が――」


 ――と、そこまで口にしてから、昨日のことを思い出す。


 ウォレットの残額はどのくらいだっただろうか……? 昨日のショッピングモールで、随分と遣ってしまった記憶がある。


 でも、ソーヤのためなら多少は我慢して、服くらいは買ってあげても……いや、そもそも男物の服ってどのくらいするのだろう……?


 くそぅ、こんなことなら、昨日無駄遣いなんてするんじゃなかった。私の頭の中を、そんな後悔の言葉がぐるぐると回り始める。


 それを見かねたのか、横合いから小さな笑い声が聞こえた。「ほら、だから言ったじゃない」と言外に隠すように、サクラが微笑みを浮かべていた。


「ふふ、いいわよ。私が出してあげる。折角ソーヤが帰ってきてくれたんだし、そのくらいのお祝いは、ね」


 それでも、助け舟をしっかりと出してくれるのが、彼女のいいところだ。



「えっ、でも……」

 申し訳無さそうに、彼の眉が下がる。けれど、こうなってしまえば、サクラはもう聞かないだろう。


「ふふ、気にしないで。私が好きでやってることだから」


「ありがと、サクラ。助かるよ」



 だから、私はとりあえずお礼を返すだけにした。それ以上口を挟むのは、無駄だと知っているからだ。


 そんな話をしていると、ちょうど目的地であるファッションビルに到着した。入り口の自動ドアを潜ると、冷気と共に、軽快なBGMが流れてくる。


 休日ということもあってか、家族連れやカップルなどで賑わっていた。私にとっては初めての場所だが、サクラは何度か来たことがあるらしい。


「さ、それじゃあ行きましょう。休日は短いもの、無駄にしたくないわ」


 自然と弾む足取りを押さえることもせずに、サクラは入り口を抜けてゆく。即断、即決。その迷いのなさは、少し羨ましくなってしまう。


「ほら、私たちも行こうよ!」


 まだ躊躇している様子のソーヤの手を取る。彼の手は、なんだかとてもひんやりとしていた。


 そうして私たちは、人混みの中へと足を踏み入れたのだった。





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