Episode 11.「後奏はいつまでも」
風紀委員はとても優秀だ。
コロニー内の各校から選ばれる彼らは、その選定基準からいって並ではない。成績、素行、運動能力。そして何より、【ARC】能力。全てが整っていないと、任命されることはない。
そうでなければコロニー全体の警察組織としては成り立たないのだろう。教師や管理者の言うことも聞かない、やんちゃな学生たちも、彼らが訪れれば皆、襟を正す。
だからというか、今回の一件も、私が思うよりもずっと呆気なく、片が付いた。
テロリストたちは皆、移送用のポーターに連行。あれのほかに物騒なものは隠し持っていなかったようで、一様に観念した様子で乗り込んでいった。
怪我人こそ出たものの、軒並み軽傷。死者や重傷者が一人も出なかったというのは、ある意味奇跡的だったのではないだろうか。
「……結局、私の休日は、ものの見事に台無しになっちゃったんだけどね」
冷たい革張りのベンチに腰掛けながら、私は独りごちる。
ここは中央地区の風紀委員会館。あれから、私は駆けつけた風紀委員たちに、ここまで連れてこられた。
なんでも、今回の件について、事情を話さなければならないとのことだった。それも、たっぷり数時間。
根掘り葉掘り聞かれた私が開放された頃には、日はとっぷりと暮れてしまっていたし、私はすっかり抜け殻のようになってしまっていた。
本当に、ひどい目に遭った……。サクラはすぐに搬送されてしまったから、あの場であったことや、どうやって解決したのかを話せるのは私だけだったのだ。その上で、フウリンからの口止めもあったから、話せることも限られていた。
どうやって誤魔化そうかと考えながら喋っていたから、脳味噌はもうオーバーヒート寸前だ。
特に、【全身鎧】についてのヒアリングが酷かった。詰問の時間の大半があのコスプレ崩れに関する問いかけであり、それを「はい」「いいえ」「わかりません」の三手だけで捌き続けるのには、酷く体力を使った。
「……それに」私は呟く。
全身の疲労も、大規模創造を使った感触も、何もかもがどうでもよくなるような懸案を、今の私はひとつだけ抱えているのだ。
ソーヤ。
彼は、あの後すぐに姿を消してしまった。雪崩込んできた風紀委員たちの人混みに紛れるようにして、まるで、幻か何かであったかのように、いなくなってしまった。
髪も肌の色も白く、そのせいでどこか冷たい雰囲気を帯びてはいたが、彼の顔を、私が見逃すはずがない。
しかし、今となっては窮地に陥った私が見た幻覚だったのだろうか、と思えてしまうほどだ。
「……いや、でも、私だけじゃなくて、サクラも見たわけだし、それはないか」
それなら、すごく似た他人だったのだろうか?
それも、ない。彼は確かに私の名前を呼んでいた。だから、あれは間違いなくソーヤだったはずなのだ――。
「……お前、一人で何をブツブツ言ってるんだ?」
聞き覚えのある声に思わず顔を上げる。そこにいたのは、リンドウ先生だった。
私たちが制服を纏っているのとは裏腹に、先生はラフな私服姿だった。地味な色のチノパンとチェックのシャツが、何だかいつもと違って違和感がある。
「え、先生? どうしてここにいるのさ」
「どうしてもこうしても、だ。フウリンさんが急用で来られなかったから、俺が代理でお前の身元引受人になったんだ」
うげ、と舌を出したいのを堪えた。フウリンめ、よりによってリンドウ先生にお願いしなくてもいいじゃないか。
口うるさくて、厳しくて、そして何より無表情。何を考えているのか汲み取りづらい彼のことが、私は率直に、少しだけ苦手なのだ。
「どうした、渋い顔をして。やはりどこか怪我でもしているのか?」
「……なんでもないですよ」
そんなやり取りを挟みつつ、彼に連れられて、私は会館を後にした。
時刻は23時近いだろうか。深夜徘徊は私たち学生にとっては厳罰に値する。だからこそ、先生が保護者代わりに同行していなければ、私はきっと、あの場所で一晩を過ごすことになっただろう。
風紀委員会館は、決して汚い施設ではない。けれど、館内に漂う重々しい空気は、悪いことをして怒られるときのあの感覚に近い。
あんなところで夜を明かすなんて、考えただけで、ゾッとする話だ。
「……おい、ヴィオレット」
不意に、背後から呼びかけられる。
振り返れば、仏頂面のリンドウ先生が、こちらを睨みつけていた。
「なんですか、先生。っていうかいつまでついてくるんですか」
「お前が寮へのポーターに乗り込むまで見送る必要があるからな。それに、聞きたいこともある」
「聞きたいこと……って?」
彼はしばらく、私のことを見つめてきた。意志の強い瞳は切れ長に引き絞られていて、必要以上に怜悧な印象を受ける。
まるで心の中を見透かされるかのような一瞬の後、薄い唇が、躊躇いがちに震えた。
「……お前、あのショッピングモールで何か、変わったものを見なかったか?」
「変わったもの……?」
私は繰り返しながら頭を捻るが、駄目だ。該当するものが多すぎる。
テロリスト、両手を火炎放射器にした男、侵食火薬、そして――蘇ったソーヤ。
けれど、最後の一つを口にしてはいけないということは、なんだか本能的に理解していた。
だから、少しだけ考えてから――それを選び取ることにした。
「……【全身鎧】、サクラは、レジスタンスの元締めって言ってた」
ぽつりと呟けば、先生の目が大きく見開かれたのがわかった。
「……奴に遭遇したのか。よく無事に帰ってきたな」
「いや、全然無事じゃないけど。サクラなんか、大怪我しちゃったし……」
ああ見えて、わりとフィジカルが強い彼女のことだ。心配はしていないが、それにしても恐ろしい体験だったことには変わりない。
あの仰々しい鎧から放たれる殺気を、私は今でも覚えている。対峙した私が、こうして大事なく帰ってこられたのは、幸運だったのかもしれない。
「……そうか、すまないな」
私の言葉を聞いたリンドウ先生は、何故かそこで少しだけ目を伏せた。
物憂げな瞳は、迷うように揺れている。真面目で歯切れのいい先生には似合わない、どこか煮え切らないような態度に、私は思わず疑問符を浮かべる。
「なんで、先生が謝るの? 悪いのはどう考えてもレジスタンスの連中でしょ、暴力で解決しようなんて、サイテー!」
おどけた調子で言った甲斐があり、先生の表情は少しだけ綻んだ。困ったような笑いを挟んでから、彼は続ける。
「いや、そういう連中が出てきてしまうのも、僕たち大人の責任だよ」
「大人の、って、格好つけないでよ。先生も私たちと三つしか変わらないじゃん」
「それでも大人で、お前の先生だよ。だからお前たちの生活に、僕らは責任を負っている」
ふうん、と私は適当な相槌を打った。
難しいことはわからなかったし、わかりたいとも思わなかった。賢いふりをしていいことなど、一つもないと知っていたのだ。
そうして歩くうち、私たちは目的地に到着する。節電対策として半ばほど明かりの落ちた乗り場の脇には、数台のポーターが停車している。
あとは、これに乗って帰るだけ。それで、いつもの日常に帰ることができる。
できる、のに。
「……どうした、ヴィオレット。乗らないのか?」
背後から先生の声が聞こえる。急に足を止めた私を訝しんだのだろう。
私の歩みを縫い留めたものの正体は、自分でもよくわからなかった。そして、それに答えを出すつもりもない。
「……なんでもないよ、先生、また週明けね!」
できるだけ大きな声で誤魔化した私は、そのままポーターに乗り込んで、扉を閉めた。
先生は何かを言っていたが、もう聞こえない。今はとにかく頭がぐちゃぐちゃなのだ、少し、整理する時間もほしい。
「……出して、場所は、東地区第020番女子寮。もう遅いから、できるだけ急いで」
AIからの応答音を挟んで、ポーターがゆっくりと加速していく。
発進する直前、ドアミラー越しにこちらを見つめる先生の姿が見えた。何が言いたげに佇む彼からも逃げるようにして、私は到着まで、目を閉じることにしたのだった。