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偽りの花にくちづけを ― Replica;Cantata ―  作者: 文海マヤ
Phase1 「君のいない日々」
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Episode 10.「勿忘草の帰還」



 ズン、と音を起てて、何かがサクラの背後辺りに降り立った。


 

 恐らくは、ショッピングモールの上層階から飛び降りて来たのだろう。巻き上げられた砂埃の中、"それ"はガチャガチャと金属のようなものが擦れる音を撒き散らしながら、ゆっくりと歩いてくる。


 その姿が鮮明になると同時――背中に、冷たい汗が流れる。


「――っ、【全身鎧】……!」


 振り返ったサクラが、絞り出すようにそう口にする。

 その名前には聞き覚えがあった。昨日、カフェでカレンと呼ばれていた後輩が口にしていた名称だ。


 彼女の言う通り、私たちの目の前に現れたのは、全身に鎧のようなものを纏った人影だった。


 とはいえ、教科書で見るような中世の頃の西洋鎧とは違い、どこか旧時代のSFコミックを思わせる、先鋭的なデザインの鎧だ。表面の色が純白なのは、造源によって構築されたものだからだろう。


「ね、ねえ、サクラ。【全身鎧】って、何……?」


 私の問いかけに、彼女は一瞬だけ逡巡するような様子を見せた。けれど、観念したのか、諦めたようにひとつ、息を吐く。



「……あれは、この町に蔓延るレジスタンスの元締めみたいなものよ。いつも、あの鎧を着て現れるから、識別名はそのまま【全身鎧】」


「あれが、レジスタンスの元締め……?」



 ガシャン、ガシャンと音を起てつつ、【全身鎧】はその歩を進める。迷いなく、私たちのことなど、気にも留めていないかのように。


 彼(?)の目的は、倒れ伏したテロリストにあるようだった。ぐったりと倒れるその体を確認すると、そのまま担ぎ上げ、くるりと背を向ける。


 どうやら立ち去ってくれるようだ、と安心した私だったが、そうでない者もいる。


「――待ちなさい、【全身鎧】!」


 凛としたサクラの声が、辺りに響く。彼女は先程まで杖代わりにしていたカタナを青眼に構えた。



「まさか、今回もあなたの仕業だとは思わなかったわ。どっちにしても、逃がすわけにはいかない……!」


「や、やめなよサクラ、無理だって、ボロボロなんだから!」



 私は必死に止めようとしたが、もはや聞く耳は持っていないようだった。


 【全身鎧】が片手を上げる。収束していく白い粒子は、やがて鍔を持たない巨大な西洋剣の形をとった。


 睨み合いは一瞬、先に仕掛けたのはサクラだった。満身創痍だったとは思えない鋭い踏み込みと共に加速した体は、刀身と一体化したかのように鋭く、相手の兜に突き刺さる――。


 ――しかし、一瞬だけ、甲冑の腕が閃くほうが速い。


 まるでバネ仕掛けの人形が動くかのような、不可思議な動きだった。不可思議で、不条理な、それでいて何よりも合理的な動き。


 そうして放たれた一撃が――サクラの胴体を捉えた。


「が、ああ……っ!」

 苦悶の呻きと共に、サクラの体が軽々と吹っ飛ぶ。


「サクラっ!」


 カラン、カランと地面を転がるカタナは、その勢いを失うと同時、ほどけて宙に消えていく。


 壁にぶつかり、動かなくなったサクラに、ゆっくりと【全身鎧】が近付いていく。それを見ていられず、私は思わず駆け出していた。


 そして、二人の間に割り込んで、目一杯に両手を広げる。


「ち、ちょっと待ってよ、ぼ、暴力反対! そんなの振り回すの止めようって、ね!?」


 必死に訴えかける。私の【ARC】はさっきの大規模創造で焼け付いてしまっている。それに、サクラのように戦う力もない。


 しかし、見ているだけ、というわけにはいかなかった。これ以上、目の前で誰かを失うなんて、まっぴらごめんだったのだ。


「……」


 【全身鎧】は、少しだけ考え込むようにこちらを見つめてきた。その兜の奥に見える瞳は、何を考えているのか。暗がりの中に光るそれを見通すことは、今の私にはできそうにない。


 ただ、その答えだけは窺い知ることができた。


「――っ」


 大剣を握った腕が、緩やかな動きで振り上げられる。それはどこか、余裕すらも感じさせるような、そんな所作である。


 斬られたサクラも、真っ二つにはなっていない。恐らく刃はつけられていないのだろうと推測はできるものの、一撃を食らえば、私の貧弱な体では耐えられないかもしれない。


 せっかく、あの爆弾を処理することができたのだ。生き残ることができたと、そう思ったのに。サクラや他の人たちを救えたと思ったのに、これじゃあ、駄目だ――。


 その間にも、大剣は加速する。せめて飛び退けば、被害を抑えられるかもしれないが、私の手足は思ったよりもずっと動きが鈍い。


 頭に、いくつもの思い出が過りだした。走馬灯というやつだろうか。無数の記憶が、刹那のうちに甦っては消えていく。


 その中で、一際強い言葉が響く。



『シオン、君は、幸せってなんだと思う?』



 懐かしい声。これは『キミ』の声だ。もう聞くことなんてないと思っていた。


 幸せ、その意味を私はついに知らないままだった。いや、意味とかそれ以前に、幸せなんてものがあるのかどうかもわからないままだった。


 私は、幸せだったのだろうか。


 なんて思う間もなく、大剣が私の直ぐ側まで迫る。身近に感じる死と痛みの気配は、どこか"あの日"を想起させる。


 だけど、あの時と違って私を守ってくれる人などいないのだと、目を閉じて――。




「――させない」




 しかし、いつになっても私の身が打ち据えられることはなかった。


 ゆっくりと目を開ける。すると、大剣は何かに抑え込まれたように空中で静止しているのが見えた。


 そして、私を守るようにして立ちはだかる、真っ白な人影も。


 背丈は、私たちより頭ひとつ大きいくらい。入院着のような簡素な服に身を包んだ、痩躯の少年。髪の色が透き通るように真っ白なのが印象的だった。


 白い少年は、恐らくは創造したと思われる、細身の剣で【全身鎧】の一撃を受け止めていた。鍔迫りは僅か数秒で弾け、警戒したのか、飛び退いた甲冑が耳障りな音を起てる。


 それを見逃さず、少年は右手の剣で素早い打突を仕掛けた。僅かに身を捻り、胸元のプレートでいなされてしまうが、すぐさま左手にも細身の片手剣を創造。それを薙ぐようにして振るえば、派手な衝突音が鳴り響いた。


「な、いったい……なにが……」


 よろよろと、サクラが立ち上がる。私はそれに肩を貸しながら、首を傾げることしかできなかった。



「わ、わかんない。誰かが、助けに来てくれた……のかな?」


「誰かって、誰が? たぶんあの子、風紀委員とも違うと思うし……」



 私たちの疑問をよそに、白い少年は鎧の隙間目掛けて刺突を放つ。それを警戒してか、振るわれた大剣の一撃で払われてしまうが、創造した盾を用いて、どうにか逸らし、自らもくるりと身を翻す。


 そうして、何合か打ち合った末――先に音を上げたのは、【全身鎧】の方だった。


 彼は手にしていた大剣を思い切り投擲する、と同時に、再びバネ人形のような不可思議な動きで駆け出した。そして、足元に転がるテロリストに一瞥をくれると、そのままゆうに数メートルは跳躍し、その場から逃げ出そうとする。


「……な、待ちなさ……!」


 サクラが追おうとするが、流石にこの怪我では無理だった。膝をつき、恨めしそうに去っていく背中を見送ることしかできない。


 そして、それは白い少年も同じだった。追跡をしようとはせず、ただ、逃げていく鎧が遠ざかっていくのを眺めているばかり。


 彼は、やがて興味を失ったように目を逸らすと、こちらに視線を向けた。


「……誰なの、あなた」


 サクラが警戒の色を見せる。助けてくれたのだから、私たちに害を為す者ではないだろう。しかし、突如として現れたその姿は、明らかに不審なものだった。


 なのに、不思議と私は、その姿に見覚えがあるような気がしていたのだ。


 理由はわからない。いや、わからなかった。少なくともこの時点では。


 一陣の風が吹く。私が開けた天井の穴から、吹き込んできたのかもしれない。とにかく、それは少年の前髪をふわりと押し上げて、その色素の薄い瞳と私の瞳が、線で結ばれる。


 結ばれ、て。


「……うそでしょ?」


 私は、驚きを隠せなかった。疲労によって押し寄せていた睡魔が、一気に退いていくのを感じる。驚愕によって覚醒した意識は、それでも目の前の現実を受け入れられなかった。


 だって、この人は。

 私たちを、守ってくれたのは。




「やあ、ただいま――シオン」




 2年前に死んだはずの、"キミ"。


 

 ソーヤ=フォルガットが、確かにそこに立っていた。





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