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さすがに疲れた

 いろいろと黄昏れていくね。すっかり推進力を失ってしまって、じりじりと衰退してゆく様を橋の上から眺めていたよ。じっとりとした熱気だが、そこにエロスはなかった。なんて様だ。こりゃひでえ。

 橋を下って、地虫の大合唱の中で煙草を吸った。何の工場だかはわからないが、気ままに肥大した工場が青い光を放っている。もくもく煙を出している。人間ってのは何でも作っちまう。好むと好まざるとにかかわらず。凄まじいエネルギー。あまりにも巨大でなんだか頭がクラクラするし、自分の卑小さ無力さに虚しくなってしまうけど、それでもやっぱり踏みとどまらなければならないのだろう。目を逸らしてはいけないのだろう。わかっちゃいるけど、本当に心からすべてがどうでもよくなる時がある。最近はずっとそうだ。おれはきっと負けるだろう。そもそも最初から勝負になどなっちゃいなかった。やぶにらみの景色が交差し、何重にも渦を巻いていた。泣けるものなら泣きたい気分だ。おれはどうでもいいことでは泣けるが、こういうマジなやつでは泣けないんだ。身体中が重かった。どこにも力が入らなかった。おれは疲れていた。

 ずいぶん長いこと、おれはこうしているみたいだ。すべては無意味だ、なんて誰もが思うことで、誰もが言えることだ。つまり、本当にすべては無意味なんだってことだ。だからと言ってだ。何もかもを許してしまっていいのかい? あまりにも出鱈目でめちゃくちゃで、みえみえのイカサマを通して堂々と居直っている。そんな連中がいまくりやがる。馬鹿だの間抜けだの、もはやそんな問題じゃない。狂っている。マジで狂っているんだ。

 まあこんな時だってあるさ。悲観的になるのに材料は困らない。とにかくイカれたことばっかりが起こるのだから。イカれたやつらばかりが目につくのだから。しょうがないよ。ヤバいだのまずいだの言っている場合じゃないが、それくらいしか言葉が出てきやしないのだから。そりゃ気分も沈みゆく。

 元々からして社会というものに仄かな敵意を抱いていたおれではあるが、社会的安定性ってやつにはある程度の敬意を払っていたつもりだ。おれがどのような言動をしようが、どのような態度を示そうが、結局のところ……安定した社会の保護なしではやっていけないのであって、ありとあらゆる場面で――たとえ違法行為を働いている時でさえ――人間社会というものの影響が減じることはなかったと言える。

 それはいまだって何ら変わることはない。だが、決定的に何かが変わってしまったと感じる。あるいは、おれが人間というものを大きく誤解していたのかもしれない。そんなこんなでギャップは広がるばかり。それが寂しいというわけではない。ただまあ、見限ったって部分はあるね。やっぱり人生に期待などはするべきではない。人生なんてものは悪いことしか起こらないのだから。唯一期待に値するものは自分自身だけだ。おれはおれがいるからこそ、かろうじて生きてゆける。かろうじて書く。好むと好まざるとにかかわらず。


 痛みだけが恐怖で、それ以外のことは端的に言えば怖くない。どいつもこいつも、身体的な痛み、ただそれだけを病的に恐れている。それゆえに痛み止めを過剰に摂取して死んでゆくのだ。ハードなヤツあるよ……飛べるヤツ……死ぬまでぶっ飛んでいけるヤツ……そんなことを耳元で囁かれたら、おれだって心が揺らぐ。後戻りはできないかもしれない。でも後戻りしたってしょうがない。だって、今ここ、この場所こそが不幸の源なのだから。

 そんな時に、手を引いて一緒に帰ってくれる人がそばにいてくれたなら、急な坂道をふたりでゆっくりと上がれば、夜空にはぽっかりお月様。おれにだって、誰にだって、そんな瞬間があったのかもしれない。なかったのかもしれない。この期に及んではどうでもいいことだが、不意のフラッシュバックでいたたまれない気分になり、悲痛なまでの不可逆性、すべては過ぎ去ってしまったし、今だってまだその途中だし。

 おれがまだ生きていることを不思議に思う。あっという間に激流に呑まれて消え去ってしまう予定だった。それでもおれは現在を生きるほかない。錆びつき、のたうち、恐る恐る一歩を、そしてまた次の一歩を踏み出してゆくのだ。いつだって救いを求めている。おれを救えるのは、悲しいことだが、おれだけだ。そんなクソみたいな役目を他人に押し付けるわけにもいかない。

 夜毎の寝言が増え続けている。その色調は怒りから虚しさに変わりつつあった。それでもだ。まだまだだ。跳ね返らなければならない。迎合するわけにはいかないんだよばかやろう。おれのこの意気込みが、たとえ実態を伴わない幻影であろうとも、おれだけはそいつを信じてやらねば。

 今夜もまた、おとぼけビ~バ~はどこかでライヴをやっているのだろう。やっていないのかもしれない。やっているとしよう。そんな些細なことで、まだ大丈夫だ、まだまだ大丈夫だ、そんなふうに言い聞かせることができる。ありがとう、おとぼけビ~バ~。


 そして朝が来れば、またもそもそと動き出す。まだものすごく眠いというのに。まったく変なところに迷い込んでしまったものだ。朝というものはこんなにも眠たくあるべきなのでしょうか。いや、自己管理がどうとか言いますけどね、そんなもん管理できるわけがねえんですよ。おれは管理をされたくもなければ、したくもないわけだ。どうしてこんな簡単なことがわからないのだろう。

 とかなんとか言ってますけど、結局は従順に動いてしまう眠りの森の阿部千代だった。自己を管理できているのかできていないのか、ギリギリのところで、どうにかこうにか。辛い。眠い。つまりはこのまま死んでしまいたい。まるで脳みそが死んだようだ。本当に最期まで使えないヤツだった。くされ脳みそめ。くたばれ。くたばってしまえ。

 くたばってしまえ。だから、二葉亭四迷。意味がわからない。が、二葉亭四迷を名前だと言い張るその根性は気に入った。もちろん読んだことはない。読むべきだろうか。そりゃ読んだ方がいいに決まっている。読めるものならなんだって読むべきだ。読めなくたって読むべきだ。結局のところ、書くやつ、書けるやつっていうのは、読むやつ、読めるやつなんだってことだ。本当の意味で読めるやつってのは、それがどんなスタイルであれ、読めるものを書く。

 書くというのは大事なことだ。それがどんなに酷い出来であろうとも、書こうとするやつは大したもんだよ。それってつまりは、おれのことなんだ。もうおれは諦めた。いつまで経っても、おれの設定したハードルをおれが超えてくれないものだから、もうめちゃくちゃにハードルを下げてやった。書いているだけ偉いよ、おれは。書こうとしているだけ凄いよ。だって書いちゃうんだもん。驚いたね。

 また脳が死んだフリをしている。本当に死んでしまったのかもしれない。それならそれで、脳なんかに頼らず書くだけだ。おれにはまだ、手がある。指がある。爪だってあるし、ホクロだってあるぜ。よく見てごらん。ほら、こんなにたくさんのホクロがある。知らなかったでしょう。きみの身体はずっと前からこんなにもホクロだらけだったんだ。本当だ。凄い。知らなかった。ここにも、ここにも、あ、こんなところにも。目を凝らさなければ見えない、ちっちゃなホクロの世界。あなたの知らない世界。いかがわしくもかぐわしい世界。ところでおれの脳はどこに行ってしまったのだろう。ヨソにお邪魔して迷惑掛けてなければ良いけれど。

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