夜はまだまだ遠く、ただただ歯は痛む
小説を書いたことはないが、書こうとはしていた。そんな自分を茶化してみたくなって横道にそれ続けた結果、ここ最近は挑もうとする姿勢すら忘れてしまって、そろそろチャレンジングな精神を思い出そうとしてみるのだけど何ひとつ覚えていないから、手なりで書くことしかできなくなってしまった哀れな金玉の出来上がりというわけだ。
仕事らしい仕事だってしたことがない。おれがどうやって生計を立てているのかがわからない。たまに外食をすると、決まって鮨屋か焼き肉屋で、本当にここ最近のこの国のしみったれ具合がよくわかる。明らかに食材の質が落ちているし、そのうえ量だって少なくなっているから、満足しようとすると注文を繰り返さざるを得なくなり、会計時に仰天することになる。なんと言いましょうか、巨大な詐欺事件におれたち全員が巻き込まれているような気がする。もちろん、ただ騙されているだけではなく、時には騙す側にもまわらなければならない。持ちつ持たれつ、刺しつ刺されつ、騙し騙され、犯し犯され、この世は本当に忙しい。
嗤われる側には回りたくない。その気持ちはよくわかる。だが、嗤われたことのない人間などは存在しない。馬鹿にされ、踏みにじられ、やりきれない気持ちになる夜が、誰にだってある。どんなにすみっコぐらしを心がけようが、息を潜めて無味無臭に努めようが、まったく無駄なことだ。草の根をかき分けて嘲笑者はやってくる。ガイフォークスの仮面を被り、鉈をぶんぶん振りまわして追い詰めてくる恐ろしい嘲笑者の正体は、誰あろう、自分自身だった。
飽きていた。もう飽き飽きだ。飽きには明確な処方箋が存在せず、一瞬で絶望と手を組んでしまう。一流ブランドの洋服を買い漁ろうが、高級ワインのコレクションを収めたワインセラーを自宅に設置しようが、モンスターバイクに跨がろうが、いや……モンスターバイクはなかなかイイ線をついているのかもしれない……。スピードのただ中に身を晒し、飽きの侵食を突き放すのだ。緩めるわけにはいかない。緩めれば、精神に捕らえられてしまう。スピードの発明こそが、人類を救う鍵だった。昨夜だって、おれはものすごいスピードの中にいる夢をみた。死と隣り合わせの恐怖と興奮。それもただの陰気な死じゃない。身体がどうなってしまうのか想像もできないほどの衝撃を伴う死だ。人体という構造物が、かくもあっさりめちゃくちゃにぶっ壊れてしまうとはね。そんな死だ。
凄まじいスピードはスローモーションと見紛うほどの馬鹿らしい速さで、突風を伴い駆け抜けてゆく。ゴールなんてものはない。その瞬間が、その瞬間だけが、無理やりにでも生を実感させ、だからこそ緩めるわけにはいかないのだ。
そんなわけで、スピード……つまりは覚せい剤にハマってしまうやつが後を絶たないことが、ずっと理解できないでいたが、何となくわかったような気になった。それにしても覚せい剤の「せい」ってなんだ。覚醒剤でいいだろう。これは文字変換システムへの文句だ。変なことをするな、と言いたいが、まあ何か理由があるのかもしれない。あまりのどうでもよさに拍子抜けしてしまうような理由が。その理由を知りたいとは思わない。日常で使える雑学なんてものは死に絶えてしまえばいい。薄っぺらい指先エンサイクロペディアンの隆盛はとどまるところを知らないが、結局のところ、いつかはとどまってしまうのだ。
何となくわかったような気になった理解は、どこかの時点で当事者たちに否定されてしまう。しかし、否定や拒絶の声がクソペディアンたちの心に届くことはないだろう。やつらはわかったような気になっただけで目標は達成しているし、その先のことなどはどうでもいいことだ。どんなに神聖な場所にだって遠慮なしに土足で踏み入る侵略者ども。乱暴に振る舞うのはさぞや気持ちがいいだろう。
ウィー・アー・トップス。おれたちゃ最強。そんな落書きをするのは簡単だし楽しいだろうが、落書きをなんとか薄めようと雑巾を絞っている人たちがいるってこと、そいつを消すのはとても大変だしやりきれないってことを芯から理解できる人間は少ない。気がする。まあ、減りつつあるのは確かだ。だって馬鹿らしいものな。楽勝で生きる方が良いに決まっている。誰だってそうだ。おれだってそうだ。
ちょれえ、まったくもって、ちょれえちょれえ、世の中ってのはちょろすぎてたまらんぜ。そんな顔して胸張ってチョロチョロ動きまわる自称勝者どもにいずれくるであろう破滅を今か今かと指を咥えて待つだけのおまえたちにはもうウンザリだ。調子こいた誰かさんの破滅によって飛躍的にウマくなるメシにがっつく亡者。シャブってシコってガンギマって、それだけのことで大満足のようだ。もっと品良く生きてみたらどうだ。一度でいいから覚悟を決めて、目を逸らさずにしっかりと鏡を見てみろよ。
どうだ? 間抜けなツラだ。それ以上でもそれ以下でもない。そうそう、それだよ。まずはそこから始めるんだ。そして、そのままくたばっていくんだ。
後悔は先に立たない。先立つものだってありゃしない。それでも勃起は収まりそうもないし、跡を濁さずに飛び立っていった小鳥を見上げるおれの足下は人糞だらけだ。ぽっかりと開いた空の中、みるみるうちに小さくなってゆくひとつのシルエットに向かって手を伸ばす。なあ、おれを置いていかないでおくれよ。
いつだって何か取り返しのつかないことをやらかしてしまった気になって背筋が凍る。一瞬、息が止まっちまったような恐怖だ。心臓をがっちり掴まれたような。
落ち着いて考えてみよう。そうすれば、何もなかった、何も起こらなかった、何も変わらず、何も問題はなく、いつも通りの平坦な日常が続いていて、それは退屈極まりないかもしれないが、そいつはまったくのラッキーなんだってことがわかるはずだ。そうとも。冷房のバッチリ効いた部屋の中、冷蔵庫の中には麦茶がポットにたっぷりと、財布の中には現金だってそれなりに入っている。それなりの生活と、それなりの人生。それなりからの逸脱? 馬鹿野郎、これ以上何を望むと言うんだ。
気怠い午後は、まるで南仏の砂漠地帯の風景のように乾ききっていたが、ジガバチは飛んでいないし、窓を開ければ顔をしかめるくらいの湿気が襲いかかってくるに違いない。
膝丈くらいの地面の穴に、似我似我、そう唱えながら死体を埋めた。おれの神経はとっくに麻痺していて、きっとそれは、刺青を入れた時に入り込んだ毒のせいに違いない。白く埃っぽい熱気の中で、葉っぱはしょんぼりしょげ返り、蝶や鳥、蜂に藪蚊、コウモリは防空壕の奥で眠っていたし、虻に飛行機、空飛ぶ生物は自分がどこをどう飛んでいいのやら、まるでわかっていないようだった。
二時間くらいじっと座っていて、もちろんその間の進捗は何もなかったが、そんな瞬間を重ねておれは生きているし、死んでいくだろうし、書いているってわけなのだが、もはや何も飛び出てきやしないし、飛び出てくるのはため息とクソぐらいのもので、もうこんなことを考えるのはよそう。物事は何も期待しなくなった頃にそろそろと動き出すものだし、そして、それはやっぱり期待どおりとはいかないもので、休日ってのはそんなふうに終わってゆくのだから、おれはそろそろ買い物にでも行こうと思う。ゆっくりと歩いて目的地に向かおうと思う。とにかく財布の中の現金を使い切らなければならん。話はきっとそれからだ。邪魔くさいものは捨てるに限る。問題は、すべてを邪魔くさく感じる瞬間が、確かにあるってことだ。
雨が降りそうで降らない、光に溢れたこの土地で、おれは以前よりもずっと自由に振る舞うし、自分をとことん戒めるし、とっても面倒だが雨が降ってきたので洗濯物を取り込もうとするだろう、きっと。




