悪臭腐臭トロピカル
さあ、盛り上がってまいりました。ああだこうだとだらだら続けてきましたスリップ&スラップも佳境に入り、クライマックス間近という様相を呈しておりますが、実を言いますと、おれはもうこんなことは止めにしたい。次こそは普通の? 真っ当な? 万人にああこれは小説だねと認めてもらえるような? そういうものを書くつもりでいるのだが、まあこれは半分本気で半分嘘で、仮に全部が本気だとしたってですよ、どう書いたらいいのかさっぱりわからんのですよ。通うか。小説講座。
当講座では、受講者の書いた小説を、プロ作家でもある講師が丁寧に添削し、心を込めて指導いたします。あなたの小説には何が足りていないのか、あるいは何が過剰なのか、プロの目を通して課題を浮き彫りにし、最善の作品になるための具体的かつ実践的なアドバイスで、あなたの小説力をさらにパワーアップさせましょう。
小説力、ねえ……。ステータス画面を開いて探してみましたが、そのような項目はありませんでした。無いものをねだってもしょうがない。内なるノヴェル・パワーを解放せよ! モンスターエナジーの新作はもう試してくれたかな? その名も、モンスターエナジー・リッパー。「果汁モンスターは自由と解放の証」を合い言葉に、トロピカルフレーバーとモンスターの最強のエナジーブレンドが巻き起こす暴動の渦中で拳を振り上げよう。しかも、しかもだ。モンスターエナジー・リッパーの能書きは、タメ口が待望の復活だ。今年の夏は黄色い怪物の三本爪でキメるっきゃない! とかなんとか言っているうちにもう九月だ。だが、まだまだ夏は終わらないんだ。実際問題、おれの頭の中は一年中が夏なんだ。褐色の肌! プリプリのケツ! 胸の谷間を滑り落ちる汗! 結んだTシャツの裾! ヘソ! 死にかけたクマゼミ! 首都圏を主な生息地としているおれは、いまだにクマゼミを見かけるとしげしげと観察してしまうのだった。今日も港区でオスのクマゼミを手に取りじっくり眺める機会があったのだが、やっぱりデカいね、クマゼミ。クマと冠されることはある。おれの住んでいる埼玉県ソドム市ゴモラ区では、あのワシャワシャワシャ……っていう鳴き声はまだ聴こえてこないので、西から東へと急速に生息域を広げているクマゼミであるが、こっちではまだ海沿いが活動の中心なのかなって感じですね。
ちっとも飼い慣らせやしない慢性的な退屈を紛らわすために、なんかブチ上がることない? 質問が悪かったようだ。空気は震えず、弛緩した精神は溶けた時計のようにダレたまま。結局のところ、現代人の逃亡先は差別かドラッグくらいのものだろう。まあ、おれは差別は勘弁なんで、断然ドラッグを選びたいのだが、金もない、ツテもない、仮にすべてが揃っていたとしたって、この国では海外のセレブみたいに大量のヘロインを自宅に隠しておくことなどできやしないし、切れた時にどうやってすぐに調達するのか、この売人は本当に信頼できるのか、なんだか四六時中誰かに見張られている気がするし、ここ最近ヘリコプターがおれん家の上空をずっと飛び回っているが一体これはどういうことなのか、などなど色々なことに心を砕かなければならないことを考えるとやっぱり面倒だという結論になってしまう。
最近気づいたことがある。書くことは退屈の極みだ。はっきり言って、ロクなもんじゃないね。誰も読みたいと思わないゴミを書きたい放題しているにも関わらずなにも発散できていないし、勝手にくたびれてセックスはおろかマスタベすらせずに眠ってしまうのは堕落そのものって感じだ。なんなら書きながら眠っていることもあるし、こうなるともうオワコンだよね。終わりの見えないコンセプション。
今朝の話をするけどさ。列車の向かいの席にメチャクチャおれ好みの娘が座っていてね。ほんのり光浦靖子似で可愛いとか綺麗とかじゃないんだけど、なんかすげえイイんだよ。そそられるってやつ。で、おれは彼女を見ながら武装したラディカルフェミニストがおれの頭の中を覗いたらソッコーで射殺されてしまうようなことを考えていたわけだけど、市ヶ谷あたりで乗り込んできた冴えないリーマンがおれの視界を塞ぐように立ちはだかった瞬間のやるせなくも激烈な怒りだよね。マジで殴りつけたくなった。ああいう時にはどうすればいいのだろう。誰も教えてくれやしないよね。だから書いてみるって部分はある。書いてみたって、おれの最低性が際立つだけなんだけど、結局彼女は溜池山王で降りていっちまって、おれはその様子を目で追うでもなく追って、まあ実際はガン見していたんだけど、モスグリーンのブラウス、薄青とピンク、左右で縁取りの色の違う靴、丸レンズのメガネ、ゾウのぬいぐるみのついたアークテリクスのリュック、まあそんなものを記憶に刻みつけるだけ刻みつけて、この話はこれでお終い。
さっきから視界の隅でちらちらと黒い点がアクロバティックな動きで、最初はおれもトシだし目がイカれ始めているんだろうと思っていたんだが、ついにバッチリと瞳で捉えた。虫だった。とても目障りだ。どうしてくれようか。だが、目障りだという理由だけで殺してしまうのはどうなんだろう。こんなにデッカい身体で、こんなに小っちゃい存在を許せないって、それってなんだかすごく病気っぽい。
こうやって一旦止まってちゃんと考えてみるから、おれってやつはなかなか偉いと思う。いきなりバチンと潰してしまうやつが世の中には余りにも多く、そういう光景を目撃する度におれは嫌な気持ちになってしまうのだった。連中、なんで躊躇らわずに殺せるのだろう。とても残酷だと思う。つまりは、虫ケラだと認識したものは、いつでもどこでもどんな存在でも即殺せるってことなわけで、それってやっぱりちょっとヤバくね? なんて思ってしまうおれはあまりにもナイーヴが過ぎて、本当に生きづらい世の中だよ。
順番待ちの列がどこまでも続いている。おれは列に並ぶことがとても嫌いで、もし虫を殺せば列に並ばなくてもいいことにしてあげる、そんな提案をされたら、おれだって躊躇わずに小虫を殺してしまうだろう。結局はそんなもんだ。それでも、後でめちゃくちゃ後悔しそうな気もする。後から後から罪悪感が湧いてきて、結果的にはそのことがおれの寿命を縮めることになりそうな気がする。だから、もしかしたらおれの目から見て躊躇せずに虫をぶち殺す連中も、夜ともなれば自らの殺戮行為によって苦しめられているのかもしれない。
列は遅々として先に進まず、おれは早くも並んだことを後悔している。抜け出すなら今だ、そう思う。だが、抜け出してどこに行くのだろうか。後ろを振り向くと、既に最後尾が見えなくなっていた。いつの間にかあまりにもデカいイモムシの一部となっていたのだった。おれだけじゃない。イライラしているのは。だけどそんなの何の救いにもなりゃしない。
モスグリーンのブラウス、薄青とピンク、左右で縁取りの色の違う靴、丸レンズのメガネ、ゾウのぬいぐるみのついたアークテリクスのリュック。それは思い出せる。だが、肝心のあの娘の顔、そいつがまったく思い出せやしない。まったく辛すぎる。これじゃあんまりだ。
ひと息つくこともできず、ぎゅうぎゅうに押し合いへし合いしながら、うかうかしているとこのまま腐ってしまいそうだ。はやく羽化しないかな。今すぐ蝶になって、美しい野辺を、きらめく小川を、緑の草海を、どこまでも飛んでゆきたい。きっと皆がそう思っているに違いなかった。




