ノイジー・チュージー・クレイジー
意識が戻った時には、すべてが過ぎ去った後だった。きっちりと後片付けも済まされた後だった。けれどもけれどもそんなことはまるでまるで夢のようでした。さながら硬雪かんこ、しみ雪しんこ、野原のおそばはホッホッホといった感じで、ふと横を見やればオツベルさんがのんのんのんと目を細めて悪巧みをしている最中だった。大人というものは嘘をつくことを仕事にしているから本当に業が深い。厄介なのは連中には罪の意識というものがまったく無いってことで、それってどういう精神状態?
「え、普通だよ」
ああ普通なんだ。まあ、言われてみればそれはそうで、嘘をつくことにいちいち傷つくようなやつは例外なく狂ってゆく。行動力が減少の一途を辿り、いっさいの表情というものが消え失せ、瞳がぐにょぐにょに溶け始めて白目が濁ってきたら、それでいっちょうあがりだ。固く閉ざされた扉の向こう、ひと筋の光すら届かない場所で息を潜める。何かしらの行動を起こせば、不安が襲ってくる。自意識に見つからないように気配を消し、最小限の動きで活動する。予備動作がないうえにスピードもない何かしらのプロフェッショナルを思わせるその動きは、目にも止まらぬ遅さと小ささで、そういう動きで世間の目を欺くその姿はなにがしかのプロフェッショナルと言われれば思わず納得してしまいそうになる凄みがあった。
ああいう人間って何のために生まれてくるんだろう? ああいう人間っていうのは、つまりはそういう人間のことだ。人間を何だと思っているんだろう。死んで当然というよりも、そもそも生まれてきたのが何かの間違いだったというか、消えるべき、跡形もなく消失すべき、ああいう人間の存在そのものを無に戻すべき、最初から存在すらしなかったという状態にするべき。ああいう人間っていうのは、勝手に人の上に立ったような気分で嫌らしい意地悪ばかりしてくるくせに、一発くらわせられると、すぐに警察だ裁判だと騒ぎ出すような手合いのことだ。国家権力の威を借るキツネだかタヌキだか、石丸だか立花だか、つまりはそっちの方にいる人間のことだ。
そういう人間がものすごい勢いで増え続けている。おれの体感だと15年前くらい前からだね、ちょっとした揉めごとでもすぐに警察を呼ぼうとするようなやつが増え出したのは。それと並行して増えてきたのが、狂ってるとしか言いようのない連中、臆面もなく人種差別をしたり陰謀論を振りかざすようなやつ、そういった連中の頭がパンデミックでスパークして、最近ではこの世の春とばかりに大勢を巻き込んではしゃいでいるね。まあ、あれだね。はっきり言ってSNSとYouTubeのせいだね。ニューメディアとか言ってもてはやしている連中もいるけどさ、あんなもん迷信と真偽不明の噂話と悪意に基づく思い込みが蔓延する田舎の井戸端会議と変わらんわな。どこがニューなんだか。中世に先祖返りしようとしているだけ、っていうか、人間の本質は何も変わっていなかったってことなんだよね。いつまでも粗野で卑小で臆病な田舎者なんだよね、おれたちは。
キック、キック、トントン。キックトントン。コロナ渦の最中におれが繰り返し思い浮かべていたのは、AKIRAのミヤコだった。元ナンバーズとして強者の存在感を放っていたマンガの方のミヤコではなく、単なるインチキカルト宗教の頭で、あ~れ~なんて間抜けな声を出しながら、モブのひとりとしてあっさりと死んでゆく映画のミヤコだ。
おれたちが生きているのはアニメの中でも映画の中でもなく、わかりやすい結末もわかりにくい結末もない、大小様々おびただしい数の摩擦と衝突が繰り返される円環地獄だ。その中で摩耗され、陳腐化し、最終的にはあ~れ~なんて間抜けな声を出しながら、塵と化す。
おれはさりげなくきみの手を取り言った。
「本当の人生にようこそ。ウェルカム・トゥー・リアル・ライフ」
冷えた空気の支配する場が召喚され、おれの顔がみるみるうちに熱く、そしてたぶん赤くなってゆく。負けるものか。おれはそう思った。負けてたまるか。心からそう思おうとした。心頭滅却! 火もまた涼しっ! 自我を捨て、自己を消せば、恥も後悔も心配も不安も、きれいさっぱり。だが、どうしても手放せないものがある。ゆえに書く。書けば書くほど、ますます遠ざかってゆくのをますます実感するけれども、それすらもう、あたかも快感フレーズであるかのように優雅に振る舞う。泥まみれで舞い狂う。
なにもかもが冗談のようで、まったく冗談じゃないぜ。みんな真剣なんだ。真剣な顔で言う馬鹿丸出しの言葉は冗談と非常に近い位置にあるように錯覚するが、やっぱり冗談ではない。冗談は人を笑顔にする。真剣な馬鹿は人の顔を引きつらせる。おいおい、冗談だろう? だから冗談じゃないんだって。あいつら、あれでもマジなんだぜ。マジで冗談じゃないぜ。
なんだか眠くなってきちゃいました。そのうちとうとう虫まで鳴き始めて、音だけ聴きますとさらば夏の日という感じですが、すさまじい熱気で季節感がバグります。まあでも、なんやかんやで夏が一番好きな季節です。セクシャルな予感のする季節です。そんな予感は当たった試しがありませんでした。
月がせせら笑っています。自分では輝くこともできないくせに、いい気なものです。それを言ったら地球だって同じですけどね。しかし、地球には水がある。大気がある。色とりどりの色があり、それはつまり、生命があるということです。ふうむ、わかるようなわからんような、でも考えてみるとよくわからんですな、なかなかわからんことが多いようです。
そうこうしているうちに、いよいよ本格的に眠くなってきてしまって、眠くなった時は眠るのが一番とは言いますけれども、あと少しもう少しという考えが逃してくれないのでした。それでも、ずいぶんとあるなあ、という印象です。あと少しもう少しとは言うけれども。けれどもけれどもそんなことはまるでまるで夢のようでした。まさにいま、一瞬、夢の中にいたようです。このままずっと夢の中にいられたらなあ、そう思うと鼻の奥がつんとしてきます。もはや自動筆記に近い様相を呈していますが、こう書いた瞬間、自動筆記モードは解除の憂き目にあい、自己というものが現出してきます。自意識に見つかってしまったのでした。
自意識とは何か。知るかそんなもん。まったくこんな時間になにをしていると言うのか。こんな時間に行動しているのは物盗りやら物の怪やらそういった類いと決まっておるじゃ。そんな決まりは知らん。なにを。やるか。
おいおい、喧嘩はよしなさい、まんまる大将に笑われてしまうぞ。そう言って割って入ってきたのは郵便配達夫でしたが、それほど言うこことはなかったらしく、すぐにスクーターに跨がり仕事に戻っていってしまいました。今日中に配達しなければならない手紙と小包が山ほどあるのだ。この小包は揺らすと、からから小気味のよい音がなる小包です。おそらく、どんぐりでしょう。穴の空いていない上質でぴかぴかのどんぐりがいくつか入っているのだと思います。きっと坊やへのプレゼントです。もしくは坊やからのプレゼントです。いずれにしたって素敵な話です。まったく素敵な話ですが、中身も見ずにどんぐりと判断するのはいささか乱暴な気もしますが、他にからから音がするものに思い当たりもないし、ここでいよいよ眠ることに決めましたが、ただいま入ってきたニュースによりますと、猫の事務所の解散発表があったようです。ぼくは半分獅子に賛成ですが、もう半分が反対というわけでもありません。




