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赤い女とロカビリー

 まったく、どこまでも退屈だ。目のさめるようなことはもう何もありゃしない。どこまでも、単調で、からっぽで。おまけに金がない。あるところには、たんまりとありやがるのに。途方もないくらいの金が唸っているところがあるというのに。なぜだろう、ここには金がないんだ。こんなのって間違っている。

 こんな気分に、ファック野郎はつけ込んでくる。ニヤニヤ笑って、親しげに、ぬるりと入り込んでくる。そんな光景はここらじゃありふれている。溜まりに溜まったルサンチマンが、醜悪な風に煽られ、狂乱のムードを作り出す。海の向こうでは世界最強国家が爆速でイカれ始めている。狂気の炎が世界中のあちこちでボヤ騒ぎを起こしている。気分だ。すべてが気分の問題だ。地球環境も、倫理も、法も、気分によって吹き飛ばされ、こつこつと積み重ねてきたものがあっという間に無に帰す。アホらしい。まったくアホらしい。

 ボスたちは言う。最大効率で利益を上げろ。それ以上に大切なことなど何もないんだ。それ以外に必要なことなど何もないんだ。

 アホらしい。マジでアホらしい。何かに取り憑かれているようにしか思えない。過去の遺物の断末魔の叫び。その叫びは、素朴な知性の持ち主には効果テキメンだ。何かすっげえ新しい風が吹いているような気になっちまう。ルサンチマンをいい感じに刺激されて、気持ちよくなっちまっている。イキそうになっているところ悪いが、あんたら、キチガイカルトどものヒステリーに付き合わされているだけだぜ。まったく合理的じゃない集団自殺に付き合わされているだけだぜ。なあ、死ぬときくらいはひとりでいたいって思わないか? 死に方くらいは自分で決めたいって思わないか? 連れション感覚で地獄に道連れにされちゃたまらんぜ。そうは思わないのか?


 というわけで、おれはまた書き始めた。なぜならおれは書くために生まれてきたからだ。たぶん。この場所に存在する理由、それ以外にはちょっと思いつかない。これが勘違いであるなら、どれだけ気が楽になることか。なにも、おれだってこんな……室内でカタカタとキイを叩き続ける、こんな辛気くさいマネを進んでやりたいわけがないじゃないか。実際、もう書かなくたっていいんじゃないかな。そんな気分で一日が流されてゆく。でも、それだとなんだか糞詰まりな感じが続いているような気になってしまうんだ。わかるだろう? わからないやつは馬鹿だ。馬鹿はいいよな。マジで人生楽しそうだ。あるいは、とことん惨めか。どちらかだ。どちらにせよ、自分のことだけを考えていればいいのだから、気楽なもんだ。おれみたいに、人間を死ぬほど嫌悪しながら、同時に、愛に溢れているようなヤツ。そういうのが一番ダメだ。毎日が失望と絶望の繰り返しだ。酒かクスリが必要だ。音楽と女も。光線とビート。たまには霧で煙る夜明けの湖でボートを漕ぐのもいい。そんな場所で、こっそりめそめそするのもいい。おれが思うに、ヘミングウェイってそんなやつだった。陰に隠れてめそめそしていたに違いない。ボク、悲しいの……。そう独り言を言っていたと見ている。

 うるっせえ。ヘミングウェイだかイングウェイだかインゲンだか知らないが、陰険な人間ばかりが世に溢れていて、おれはもう爆発しそうだ。だから書くんだろう? クソを溜め込んでいたら爆発してしまうから。それにしてもだ。豪の部屋で、MAD3のEDDIEが最近のお気に入りのバンドに、おとぼけビ~バ~を挙げていたのは嬉しかったな。吉田豪は一言も触れずに流していたが、やっぱりおとぼけビ~バ~は最高だってことなんだ。

 やっぱり、おれはどこかで間違えたのかもしれん。そうだとしたって、いまさらどうにもできん。不様にじたばたと足掻く。足が宙を蹴る。手が空を掴む。そのまま身体は底の底の方へ。どうやら本当におれは何かを間違えてしまったようだった。


 その夜は満足に眠れなかった。トシは取りたくないもんだ。かと言って、いつまでも青二才のままでいるのもごめんだ。丁度良いって状態がないんだ。世の中には二種類の人間しかいない。アホとポンコツ。それだけだ。いや、両方兼ね備えている惨めなやつもいるから、三種類かもしれない。まあいい。書くということは飛ぶことだ。自分自身を統合することやカテゴライズすることを放棄することであり、どのような種類の人間にもならず、自分の不在に頼り、宇宙の秩序から自分を排除し、ただそこにあるものを記し、認識できない不在の者たちをこの身に受け入れることだ。書かないで済むなら、それは幸運だ。書かない作家こそ、誰よりも幸せな作家だと言えるだろう。

 書く。書かない。どちらにも振れながら、かすむ目を指でほぐしながら、おれはまた書いている最中だ。まただ。またこの感じだ。テンション張り詰めたこの夜に、同時多発的な夢を見る。いくつもの、あり得た、あるいはあり得なかった、今ここ、すべてがこの瞬間、ひとつに収束してゆく。それは選ばれたのか選ばされたのか、選ばれてしまったのか、少なくとも乗り気ではないまま、こうして文字を穿つ。発表の時を待つ。顔の見えないトラベラーたちの目には、おれの書いたこれはどう映るのだろうか。そんなことは知るよしもない。知る気にもならない。おれは滑り続け、顔面を平手で打たれ続けてきた。今ではすっかり慣れっこだ。おれは夜に向かって唾を吐いた。べちゃ。暗闇から音がした。


 書けばいいってものじゃない。それはまったくそのとおり。でもまあ、おれがこれでいいと言うのだから、それでいいのだった。まったくどうでもいいのだ。慢性的な倦怠が、おれにこんなものを書かせている。おれはもっと頭が良くなるべきだった。そうすれば、人間がどれだけアホなのかをちゃんと書いてやれたのに。おれとしちゃ、これが精一杯だ。これ以上だってこれ以下だって望むべくもない。

 書くべきことはなにもない。まるで身動きがとれなくなってしまった。はっとするような閃きも、燃え上がる炎も、溢れ出るような精気も。まるでなにもない。まあ、それでも。おれがこれでいいと言うのだから、仕方ない。アホらしいが、どうしようもない。

 滑落してゆく。どこまでも、どこまでも。それでも、みっともなくじたばたと足掻くしかない。抗うことを忘れてしまえば、死よりも酷い状態に陥ることになる。そんなことになったやつを何人も見てきた。やつら、当たり前のように亡者になっていった。今じゃSNSで知ったふうなクチをきくのに夢中だ。まるでなんでも知っているかのような口ぶりで。なにもかもすべてをわかっているような態度で。皮肉と嫌味の変化球しか投げられなくなっちまった。嘆かわしいことだ。


 静かな夜だ。地獄の中の静かな夜。コオオオッと見えない飛行機が飛んでいった。というわけで、今日は全然だめな一日だった。心の底まで後味が悪い。しかし、おれはまた書き出すのだろう。何度だってこんな一日を繰り返すに違いない。今までとなにも変わらずにだ。

 そんな感じで一生が終わってゆくのだった。生きるというのは、どうしてこんなに長くまだるっこしく不鮮明なのか。狙う値打ちのあるゴールが設定されているわけでもなければ、大体の夜は害されたような気分のまま更けてゆくだけだ。そしてまた、不愉快な夜明けを迎えなければならない。

 それでもまあ、ゲームがある。ゲームがあって良かった。ゲームのない時代、人々はどうやってこの恐ろしい暇を潰していたのだろう?

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