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おまえら全員クソッタレ

 休みの日に行き交う人々が目に入る。現実領域では行動ばかりが権利を持っている。動かない人間は即ち退屈で不幸な人間であると。そっち側には死んでもなりたくないと言うわけだ。だが、考えてみて欲しい。雑事から解放されている日に、追い立てられるように動きまわっていては、書くことなどできないじゃないか。書かないというのはただの時間の無駄だ。書くことでなにか大層なことが起きるわけではないけれど、それでも書かないよりはよっぽどましだ。もちろん書き続けるのは大変だ。自分がなにより信じられなくなるし、神経衰弱のようになったりもする。自分の正体をこれでもかと見せつけられてうんざりする。がっかりする。

 いくつもの影が交差し、薄れ、消え、また新しい影が生まれていた。わだかまる影の中でおれは書いている。ここは滅多に人通りのない場所だ。ここにしゃがみ込んでからどれくらいの時が経っただろうか。足下の亀裂にこの身体を投げ出してしまえばそれで済んでしまう。この身体の権利をすっかり明け渡し、おれは大地の餌となるのだ。

「まあ、そんなつもりはさらさらないがね」

 おれはおもむろに立ち上がり、裂け目の中に小便をしてやった。ついでに唾も吐いてやった。便意があればクソも垂れてやったところだ。それはとてもいいアイデアだ。この身体をくれてやるよりもよっぽど。どっちにしろ似たようなものではあるが、こっちの気分がずいぶんと違う。なんとなく元気が復活してきた気がする。反抗って素敵だ。抗うことだ。自然にも自分自身にも。当然のようにそこいらの連中にも。

 クソッタレ! 街中で叫べば、誰もが振り返る。そうだ。おまえら全員クソッタレだ。どいつもこいつも例外なくクソッタレだ。まさか文句はあるまいね。ふざけてんじゃねえ、クソッタレども。


 まず、打ちのめされる。生きているのが心底嫌になる。そのあとに怒りがふつふつと沸いてくる。上等だよ、生きてやろうじゃねえかコンチクショウ。その繰り返し。おれはそういうふうに出来ている。安定しないことで安定している。いつだって揺らいでいて、揺らぎこそが心の支えだ。脆さこそが自信であって、確固たる自信などはたわけた勘違いに過ぎない。安定とは無縁の世界を愛し、怒りだけを推進力に虚しさを打ち破ろうともがきながら、それでも道端の花に目配せすることを忘れることはない。おれはなにも怖れちゃいない。見くびっているわけでもない。覚悟はある。みっともなく抗う覚悟だけは。

 その点においてだけは信頼できる男だった。口だけの男ではあったが、口だけは最後までよく動いていた。だが言葉よりも行動と結果が重視されているこの社会では、口だけ男、それも詐欺師ではない口だけ男の出る幕などは用意されていなかった。だから男は書くのだ。こうして書いているわけだ。こうして書きながら、いったい自分がなにを書いているのか不思議に思うこともよくあることだった。知れたことか。なにを書いているのか重々理解しながら書くものほど退屈なものはない。などと心にも無いことも書いてしまう。とにかくなんでもいいのだ。書いてあるものならなんでも。書いている時以外は存在している実感もないし、生きるに値することなどなにもない。男はニヒリストでもペシミストでもない。なにイストでもないのだ。男の考えていることは男にもよくわからない。


 人類は間違いなく滅亡へとひた走っている。誰もがうんざりしているのだろう。その気持ちはわからないでもない。だが、やり方がちょっとお粗末過ぎやしないだろうか。あまりに直情的で、憎しみや妬み嫉みをベースにした言葉が飛び交っている。人間とはここまで弱い生き物だったのだろうか。弱い。脆弱すぎる。

 それでも社会はなにひとつ問題がないかのように振る舞い、一応は回っている。しかし、果たしてその中身は? 肌感覚でもわかるヤバさ。ビリビリきている。これでもなにも感じないと言うのなら、あなたはきっと幸せなアホなのだろう。アホどもがすべてをぶっ壊そうとしている。殺そうとしている。アホは最弱ゆえに強い。痛みを感じず、理屈に左右されない。自己を省みることもしないし、このグロテスクな状況に疑問を持たない。

 連中がなにより許せないのは現状に疑問を持つこと。事実を突きつけられること。自分がアホだと気づかされること。それらを避けるためなら、手段を選ばずなんだって捻じ曲げる。そして、その性質は現状と相性ぴったりときている。

 繰り返す。繰り返される蛮行と悲劇。おれは打ちのめされ、生きているのが心底嫌になる。それでも徹底的に抗うことだ。二重思考の舐め腐ったアホどもへの対抗策はそれしかない。冗談じゃないんだ。クソッタレになってまで生き延びようとは思わない。おれの命に価値などはない。ただ生まれてきてしまっただけだ。ただでさえおれの人生は不機嫌なんだ。そのうえ気持ち悪い連中の仲間入りをしてまで生きていられるか。


 そして、これはおれの視点での物語であること。おれはいま、このように視ているということ。それをいま、書かずにはいられないこと。書きながらも、自分への不信感で心は潰されそうになってしまうが、そんなことはどうでもいいこと。書くことができれば、誰でもおれ足り得る。そういった意味ではおれは個別の存在ではなく、この領域に漂う意識の集合体のようなものだ。もちろん書いているのはおれ個人ではあるけれども、書かれたおれは個人的ではなく集合的である、っていうそういうこと。

 

 憂鬱ではあるが愉快を演じながら過ごしていた。なにしろおれが愉快でなければ周囲の人間が不安になってしまう。それほどの道化師だ、おれは。タケちゃんならわかるはずだ。おれがどれだけ道化者であるか。どれだけずっと笑い続けているか。目の前の人間を笑わせようと仕掛けていくか。手当たり次第に、野放図に、すべての人間にサービスを振りまく。

 だが、おれは憂鬱なんだ。寝付きの悪い夜が続く。と言うのは嘘で、とにかく眠っている時間が長くなった。憂鬱なのは本当だ。目を瞑るのが、眠るのが幸せでたまらない。目を開けば、嫌ったらしいことばかりが目につく季節だ。寝る間も惜しい時代は完全に過ぎ去った。もはや起きているのが惜しい。と言うか、もううんざりだ。一生を眠って過ごしたい。たまに起きるとこんなものを書いて。飽きればまた眠りの森へと還っていく。そんな野生動物になりたい。獏のように鼻を突き出して、半開きの目はやぶにらみで、もそもそとつまらなそうにそこらの草を食む。そしてまた、寝る。その繰り返しで一生を終えます。繁殖行動はしません。ゆえに近い将来彼らは絶滅するでしょう。それでいいのです。生存競争にエントリーさえしない種の存続などは神が許さないからです。怠惰は罪です。怠惰に比べれば、アホであることなどいかほどの問題でありましょうや?

 いや、問題も問題、大問題だろう。怠け者はひっそりと朽ちていくだけだが、アホは大勢を巻き込むからな。地球全体さえも巻き込むんだ。いくら怠け者だってアホどもの派手な自滅に付き合いたくはないぜ。死にたきゃ勝手に死ねばいい。滅びたけりゃご自由に。気持ち良くなりたいだけならアホ同士でしゃぶり合っていればいいよ。そりゃ醜悪ではあるけれど、それだけならおれだってなにも。なにも文句はないぜ。

 おれが問題視するのは、アホはアホであるがゆえに簡単に殺し、そしてアホゆえに自分が殺したことにいつまで経っても気づかないってことなんだ。アホってつまりは想像力の欠如だ。生きている価値がない。でも堂々と胸張って生きる。アホだからね。

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