真っ赤な目で今までなにを見てきたんだオッサン
昼の間をオフビートで刻んでいた。これといった怒りもなく、悦びもなく、のんきなツラを下げてのらりくらりとやっていた。なんだか怖いものがなくなったような気がする。なにが起こったって動じないような自信がある。二年以上も引き籠もっている間に、おれは以前よりもずっと図太く、さらにふてぶてしく変化していたようだ。
とは言え、粗暴ってわけじゃない。まったく乱暴なところはない。おれの素行は、いまが人生でぶっちぎりに良い。どんなに探られたって腹は傷まない。なにも罪を犯していない真っ白な状態。もちろん、原罪がどうとかそういう面倒な話はナシにしてだ。
でもよく考えてみれば、いままでもずっとそうだった気もしてきた。じゃあ、なんでだろう。どうして、ちょっと前までのおれは、なんだか後ろめたい気持ちを拭えやしなかったのだろう。本当になにもかもがどうでもよくなってきたのかもしれない。どうでもいい。なんでもいい。そんな気分は錯覚だ。所詮、錯覚に踊らされるおれたちだ。
それを証拠に、YOU THE ROCKのクルド人ヘイト投稿にガックリきているおれがいる。そりゃないぜユウちゃん。そりゃあ~ないぜ、マジでよ。どいつもこいつも狂ってゆく。差別や偏見は着実に日常を侵食している。目には見えないところが恐ろしい。ラブとピースを唱えながら憎悪を煽る。おまえらはいったい何がしたいんだ。その先になにを夢見ているんだ。真っ赤な目をしたフクロウ。今夜、おれはあんたを見限ろう。おれは真っ赤な血が流れるところなんて見たくはないんだよ。
軽々しくラブ。浅薄にピース。国益にキッス。セーブ・ザ・ニッポン。馬鹿が。いっぺん死んどけや。馬鹿は罪だ。気づかぬうちに大罪を犯す。それもまるっきり自分が正義だと信じ込みながらだ。この国の連中の根っこに巣食うカルト気質にはいい加減にウンザリだ。周りばっかり見ていないで、自分自身を見つめてみたらどうなんだ。おまえは何をしているんだ。おまえは何を信じているんだ。おまえは何のつもりなんだ。国籍とか血筋とか育ちとか、そういったコード処理された情報よりも前に、おまえもおれも一匹のみすぼらしい猿モドキじゃないか。それとも、おまえだけは違うとでも? じゃあ、おまえは何なんだ。ニッポン人なのか。何よりも大切なのが、ニッポン人であるおまえだとでも言うのか。価値観が合わないなんてもんじゃないな。実際はニッポンなんて存在しないよ。どいつもこいつも存在している体で動いているだけだ。
錯覚だ。所詮、錯覚に踊らされているだけのおれたちだ。なにも、踊るのが悪いことだとは言わない。踊らされるのも結構だろう。ただ、踊らされている違和感にちっとも気づきやしないのは、そりゃ馬鹿だぜ。馬鹿は罪だぜ。いっぺん死んでもいいくらいの大罪だぜ。馬鹿のせいで流れなくてもいい血が流れる。死ぬ必要のない死者が出る。潜在的カルトのおぞましい人殺しどもめ。おれはおまえたちが大嫌いだ。惨劇の後には知らぬ存ぜぬを決め込む態度も含めて大嫌いだ。
やっぱりおれは何もどうでもよくなかった。怒りがおれを生かす。息を吹き返させる。文章に水分が含まれる。そして読み手は離れてゆく……。ふん、それこそどうでもいいことだ。解っていてワザとやっているんだ。調子はどうだ? おれは絶好調だ。くたばれ。くたばっちまえ。
おれからすれば、連中は太陽系以外の宇宙空間からやってきた生き物のようなものだった。なにもかも意味不明だった。どうしてそんなところに行き着いてしまうのか。理解も共感もできない。これっぽっちもだ。連中から見れば、おれもそんなもんなのだろうか。
だが、考えてみればいい。ニッポン人に従わない連中はこの土地から追い出せ、出て行かないのなら殺してしまえ。こんな主張が狂気以外のなんだと言うんだ。キチガイの妄言でなくてなんだと言うんだ。
いわゆるニッポン人である、おれやおまえは、この土地で生まれて、この土地で生きてきた。当たり前のように良いヤツだって悪いヤツだっている。金持ちも貧乏人もいる。この土地で生まれて、他の土地に旅立ったやつもいる。それがなんだ? それがなんなんだ? 他の土地で生まれて、この土地に流れ着くやつらだっているだろうさ。その中には良いヤツも悪いヤツもいるだろうさ。金持ちだって貧乏人だっているだろうさ。それがなんだ? それがなんなんだ? なにが問題なんだ? なにを恐れているんだ?
おれに言わせれば、変てこな考えで頭がいっぱいになってしまったニッポン人はさっさと太陽系外の宇宙空間へと帰ればいいんだ。純ニッポン人だけで、どこか遠くの、安息の地へと旅立てばいい。おまえたちが幸せに暮らすことのできる土地は、すでにこの星にはないよ。
ただ、もし、連中のようなやつらが大手を振ってそこいらを練り歩いているような、臆病者のクソ野郎どもがこの世界の大半を占めるような、そんなことにもしなったりすれば、おれはもうこの世界に未練なんてなくなるだろうな。その時は迷わずにこの世を去ってやろう。そんな世界は極めて退屈で、馬鹿らしくて、生きる必要なんてものは存在しなくなっているに違いない。
いまだって未練があるのか怪しいってのに。楽しいことなんて、蜘蛛の観察と、女の子と喋るくらいのもんだ。おれはもう少し元気を出した方がいいのかもしれない。こんな考えをしていたら体に毒だ。それでもクソッタレなことが次から次へとおれの目に耳に飛び込んでくるんだ。おれが求めているわけじゃない。誰が求めるもんかよ。何の得にもなりゃしない。
実際、お互いに何の得にだってなりゃしないんだ。地獄化が加速するだけだ。自分で自分の首をゆっくり撥ね飛ばそうとしているみたいなものだ。それによって、どこかの誰かが得をしているのかもしれないが、それだって長い目で見れば破滅の未来しか予想できないよ。差別の先にあるのは暴力、そして殺戮だ。現時点でそれを望まないとしても、終着駅はそこしかあり得ないのは歴史が証明しているだろう。だが、馬鹿どもは歴史すら好き勝手にねじ曲げるからな。場合によっては目の前のことすらも見ないフリをしやがる二重思考の持ち主だからな。馬に説法だ。アホらしい。本当にアホらしい。
つまり、おれは選択を迫られているってわけだ。ひとつは若い女の子たちと仲良くやって、楽しく浮かれて生きる道。もうひとつは、貝になって閉じ籠もって生きる道。
どちらも魅力的だ。甲乙つけがたい。だから、保留だ。都度都度で。浮かれたり、黙ったり。たまにクソ野郎を罵ったり。歩いたり、止まったり。眠ったり、起きたり。夢を見たり、見なかったり。煙草を吸ったり、止めてみたり。
そして、最後の旅はおれの墓場へと続く。誰にも見つからない墓場へと。いつの間にか消えているんだ。いつ頃からか、不明。でも、誰も居場所を探したりはしなかった。心配すらしなかった。突然、どこかに消えてしまうのはよくあることだから。そういった前例をいまの時点から作っておかなければならない。面倒だが、仕方ない。そのうちひょっこり戻ってくるさ。いつだってそうだったじゃないか。
そして、ある日ふと気づくんだ。もしかしたら、あいつ死んじまったのかもしれない。おれの親父がまさにそんな死に方だった。いや、死んでいるかどうかもわからないが、なんとなく死んでいるような気がする。おれもきっとそうなる。血は争えん。散々、抗ってはみたが、結局は和解してしまうのだった。