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井戸の中からこんばんは

 さて。ここからだ。おれはもうすべての手を使い切ってしまった気がする。誤魔化し誤魔化しでここまでどうにかやってきたが、そろそろハッタリや冗談の類いではどうにもならなくなってきたというわけだ。そうだ。おれはすべてが冗談のつもりだった。あなたをニヤリと笑わせてやろうと、そればっかりを考えていた。ただ、そう簡単に冗談だと気付かれるわけにもいかなかった。おれはギリギリのラインを攻めて、曲りきれず見事にクラッシュ、一瞬で壁に呑み込まれ、そして一夜明け、ひとつの染みとなっていた。

 朝陽に照らされながら、おれは思った。さて。ここからだ。ここからが本当の始まりなんだ。寿命を縮める昨日今日毎日、明日はいつでも遠くの幻。時間を削り、自分を殺し、痩せ細ったおまえの魂。どこか悪いのか? だったらそうだ。あるかも効果。こんな文章を書き、こんな文章を読むんだ。かすかなざわめきやため息に捧げられた朝や夜に。


 ジャンクな物語。ファストに消費され、道端に捨てられた抜け殻。こんなことをいつまで繰り返すのだろうか。おれたち人間の生はいまだに嫌になるほど長いというのに。さらに長くおぞましくなる一方だってのに。それでも連中は急ぎ足で、ひと時の停滞すら我慢ならんと言わんばかりだ。

 無理を重ね、そのうち腰や膝をやり、目も鼻も利かなくなって、口から悪臭を漂わせながら、それでも自分らがまっとうだとそう主張していた。滑稽この上ない。だが脅威でもあった。滑稽な脅威。渦巻いている。内から内へと。

 おれなら真っ向から立ち向かう準備は出来ている。でも、おれは誰にも見つからないのだった。あまりにも透明な存在だ。

 ジャンクな物語はウィルスのように広がってゆく。蝕んでゆく。圧倒的なスピードで、金と欲のパワーを内包して、どこまでもだ。対抗する術はどこかにないのだろうか。こんちくしょう、おれは書くことしかできない。書くことすらもできているのかどうかわからなくなってきた。

 つまりだ。おれはここまで辿り着くのに三日も掛かってしまったのだ。本当に自分が空っぽになってしまったかと思った。まあ、空っぽと言えばいつだって空っぽなんだが、それでも言葉だけは溢れ出てきていた。そいつがぴたりと止まったのだった。

 焦りがないわけではなかった。だが、おれにできることなどあるわけがないじゃないか。言葉を失ってしまったおれにできることなど。

 おれは延々と六本腕のポテトを操り、迫り来るウェーヴに対処し続けていた。ウェーヴは20秒から始まり、最終的には90秒だか120秒だかに達する。マジでヤバいと思った。止めたくても止められない。おい、このままじゃおれが馬鹿になっちまう! おれは生まれて初めてビデオゲームに恐怖を覚えたのだった。BROTATE。恐ろしい中毒性を持つタイトルだ。おもしろいとかおもしろくないとか、そういう問題ではない。決してそういう問題ではないのだ。ヴァンサバ系はヤバいね。なんというか本能に訴えかけてくるものがある。それでいて、手触りはライトなものだから、もう一回、あともう一回……つい手が伸びてしまう。あまりにもドラッギーでトリッピン。何も手につかなくなる。ヤバい。マジでヤバい。


 そんなこんなで、文章の書き方を忘れてしまった。いったいおれはどうやって来る日も来る日も書き続けていたのだろうか。狂っているとしか思えない。だが、おれの文章からは狂気は感じられない。瞳には理性が宿り、ちゃんとコントロールしようとしている。だからダメなんじゃないのか。おれはおれを何かの枠組みに入れようとしていた。あまりにも小説っぽく書こうとし過ぎていた。そんな気がする。

 だから、もうなんでもいいんだって。小説とおれが決めれば小説なんだから。小説に寄せて行こうとする必要はないわけだ。おれがパンクだからと言って、鋲付きの革ジャンを着たり、カットオフのTシャツを着たりしないのと一緒だ。すべてを教科書通りにやらなければならないわけではない。みんな似たような小説を書いたり似たようなフレーズを弾いたり、そんな世界はファックなんだってことだ。教則本とヤリ狂っているヤツらはおれを嗤うかもしれないが、そんなことは知ったことではないのだった。

 知ったことではないが、ムカつくものはムカつく。それって結局、知ったことではないってわけではないのでは? そんなことは知らない。どっちでもいい。単純におれは真っ向から立ち向かう準備がとっくの昔に出来ていたということだ。だが、おれは自己プロデュースみたいなことはしたくないわけだ。だってバカらしいだろう。バカらしいし情けないし、せせこましくていじらしい。まるで小さく、間抜けで、アホみたいだ。そこまでしてなりたいのか? 何者かに。自分の首にセール中の札を掛けてまで?

 商業は殺す。絶対に殺してしまうんだ。特にいまのこの国は金がないから、センス皆無の馬鹿から金をかっぱいでやろうとメチャクチャな商売が横行している。だからだ。見てみろよ、この光景を。まったく酷い有様じゃないか。せめて、おれくらいは書きたい放題に書いてオナニーの王様になって死んでやりたいね。いや、そんなヤツは昔からたくさんいたけどさ。きっと今だっているに違いない。だって、おれのようなヤツがちゃんとここにいるんだから、おれよりもの凄いオナニーマシーンがいるに決まっている。おれはそいつに捧げたいね。何を? この小説を。


 だからアレだ。書くことがないとか、そういうつまらないことで頭を悩ませる必要はない。書くことがないなんてことは当たり前のことだ。おまえにはあるのか? 書くことが。書かなければならないことがあるって言うのか? そりゃすげえや。おれにはないよ。何もありゃしない。

 それでも書いてやるんだよこの野郎。そういう気合いだけでこの言葉は綴られている。この前行ったキャバクラのお姉さんから、またお店に来てね、ってメッセージが来た。行くよ。行くとも。おれは義理で生きる男だ。来てね、そう言われたら行くしかないだろう。楽しませてやるよ。笑わせてやりますよ。金なんぞ何の問題でもない。おれは生きて、そして書けているだけで満足だ。ムカつく悪党ヅラした新札なんていくつもの夜にばら撒いてやるともさ。

 ネオンサインも消えてしまった、薄霧もやつくゲロ臭い街を、重い足どりで家まで歩いて帰るところだ。タクシーにでも乗り込みたいが、あいにく金は全部捨てちまった、投げちまった。死ぬほど喉が渇いていた。帰って水道水でも飲むさ。つい何時間か前のおれは、この街で一番の金持ちだった。いまじゃ見ての通りの一文無しだ。それでも帰る家がある。それだけでずいぶんと救われるってもんだ。この街じゃ、路上で眠る正直者だっているんだ。そんなヤツは世界中にいるんだ。おれは運が良かったんだ。この運が続く限りは、金を稼いで派手に遣って、また稼いで、また……そんな繰り返しの果てに、いつかは終わってくれるだろう。もう十月だ。早いもんだ。人生ってのは長いのか一瞬なのか、たまにわからなくなる。たぶん両方だ。おそろしく長く、おそろしいくらいに一瞬。

 おれはいつだって惨めで、いつだってふんぞり返っていた。自信なんてこれっぽっちもないが、ある意味では自信に満ち溢れていた。相反するもの同士が激突し、隆起した人型の山。それがいま、ヨタついた足どりで家まで帰ろうとしていた。それがおれだった。ある雨の夜明け頃のおれの影だった。

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